十八の五 『朝』都へ――朝都陥落*
BL性的描写があります。ご注意ください。
この夜も、碩鳳は玲爽の所にあった。欠かさぬ夜はないのである。できるなら、一日中、彼を責めていたかった。
彼には、碩鳳の奥深くに棲む未知の無限の力と強烈な欲望を呼び覚ます何かがあった。彼を無我夢中に抱いた時、それが確かに手中にあると感じる。
もう少しで手に届きそうで掴めぬ苛立ちが、玲爽を一層激しく責めたてた。
彼に抱いている感情が、果たして恋情なのか、憎悪なのかもわからない。
解っているのは、彼の肌から発する逆らいがたい誘惑の香り。
その甘美な肉への執着。
彼の全てを独占したいという凄まじいほどの所有欲。
その為には、『朝』でさえ、どうでもよくなってしまうのだ。
彼に忠誠を尽くしてくれた秋楊秋蓮を死なせたが、それに対してさえ何の感情も湧いてこない。
これはおかしい、異常だと思いはするが、玲爽の端麗な姿を目にすると、たちまち情欲の波に飲み込まれてしまう。
だが、どれほど責め、愛しても、玲爽は彼を受け入れようとはしなかった。彼は甲斐なくも、朱貴の名を呼んで助けを求める。
それが、ますます碩鳳を苛立たせ、怒りに火を注ぐ。力任せに寝台に押し潰し、息をしているのかさえ確かめず我を忘れて犯し続けた。
その時、禁を破って扉を強打し、あげくに蹴破って、親衛隊長が駆け込んできた。
信じられぬ暴挙に碩鳳は凄まじい形相で睨みつけたが、恐慌をきたしている隊長にはそれすらも目に入らない。
「朱、朱貴軍が、攻めてきましたっ! 都は炎上しています! 既に、門は破られ、敵は本拠部へ! は、早く、ご指示を! 指揮を!」
「なにっ!」
驚愕して身を起こす。
ちらりとうつ伏す玲爽を見遣ったが、彼はとっくに悶絶して人事不省になっている。碩鳳は服を身に着けながら、急いで表に走り出た。
***
碩鳳が出てくるのが遅すぎた。
装飾を施した黄金の槍を手に宮内城から朝都を見下ろすと、至る所から火の手が上がり、守るべき主要要所は既に朱貴の手に押さえられていた。
指揮系統を欠いた朝軍は、朱貴らの猛攻を支えきれず一挙に崩れたのである。
宮内の奥まった部屋で、しかも玲爽の叫びを外に漏らさない工夫が仇になり、碩鳳は外の騒ぎに全く気づけなかったのだ。
必殺の陥穽の在るべき場所が崩れ落ちた壁に埋もれて燃えているのを見て、愕然とする。
自慢の武器庫も炎上し、その火がさらに周辺に拡がっていた。破壊の跡も生々しい進入路を辿れば、まさしく新規の門を破って入ったと知れる。
思惑をことごとく外されて、碩鳳は怒りと衝撃に身体の震えが止まらない。
しばし、茫然とし、何も考えられなかった。
「大執政府総統様!」
「碩鳳様!」
「総帥様!」
周りの人々の必死の叫びに、やっと我に返った碩鳳はぎりぎりと歯噛みした。
今、ここに、秋楊がいてくれたら! と、せつに思った。
「残った兵力をまとめて、城内に退け! 城に立て籠もる。城門城壁に兵を並べ、防御を固めよ!」
***
一夜明け、朝都は惨敗して、朱貴の手に落ちた。
碩鳳の最後の砦とする宮内城を大軍で押して包囲し、朱貴はなおもじりじりと迫る。
碩鳳は自ら軍を指揮して、守備を強化し、残った兵力の立て直しと編成を行った。
朱貴は主城門の前に陣を布き、堅固な城壁を睨む。あの中に玲爽が捕らわれていると考えると、一刻も待てない思いがした。
じりじりと焦る朱貴の気持ちを汲んで、龍蘭や虎勇達は、城門を固める兵達に向かって、罵声を浴びせる。城壁を取り巻く兵に指図して、悪口雑言、腰抜け呼ばわり、言いたい放題を声の限りに叫ばせる。
城内では、大敗の後で士気が夥しく低下しているところへ、罵声の数々を浴びせられ、兵士らは気もそぞろに落ち着かない。
将軍達もこのままでは指揮統率に支障が出ると、碩鳳に訴える。中にはこっそり朱貴軍に投降する者も出て、見つけ次第首を切らせるが、士気は下がる一方で良い策も浮かんでこなかった。
苛々した碩鳳は槍を手にしたまま宮内に引き返した。宮内では文官や女官が脅えて走り回り、よりいっそう煩忙で落ち着かない。
いよいよ苛立った彼はずかずかと足音も高く踏み鳴らして、玲爽の部屋へと向かった。
***
玲爽は碩鳳が夜中に慌しく去ったことは知らなかった。が、壊れた扉が間に合わせに修理され、食事も何も来ないのを見て、何があったか推測できた。そこへ、猿喜がやってきて、朱貴の勝利を報告したのである。
昼間、碩鳳が来ることはないと安心している玲爽は猿喜を前に、いよいよ大詰めに入った宮内城攻略の最後の策を書き記した。
これをくるくると折り畳み猿喜に渡そうとしたその時、碩鳳が現れた。
ぎょっと身を強張らせて碩鳳を見る、玲爽と小男。その手には折り畳まれた書簡。
一瞬、立ち尽くした碩鳳は全てを悟ると、手にした槍で怒りも激しく猿喜に突きかかっていった。
猿喜は身も軽く、天井へと飛び移る。それを槍が追った。
天井にぶすっ、ぶすっと、続け様に槍が突き出される。
「ぎゃっ!」
と、叫びが上がり、確かな手応えを感じて引き抜くと、槍の刃にべっとりと血のりが付いていた。
碩鳳は衛兵に曲者を殺せ、と大声で下知する。
たちまち城中で、わあわあと蜂の巣をつついたような捕り物騒ぎが起こり、あっちだこっちだと声が掛かる。
だが、獲物を捕らえた様子も無く、その騒ぎは遠くへ移っていった。




