二の二 山賊退治――山賊金猛
胡旦の父、胡録は葵花村の村長だった。葵花村は山を切り開いて花作りに丹精した村で、そこそこ暮らしていけるほどには豊かであった。
胡録は胡旦に話を聞いて、英傑達なりと朱貴達一行を下にも置かぬもてなしをした。それでも、
「金猛の手下は総勢百人近くもいると聞きます。もう、婚礼は諦めたほうが……、それよりいっそ、家屋敷もろとも引き払って、この里を離れるべきか……。ああ、もう終わりだ」
と、おいおい泣くのである。すると、朱貴がにっこり笑った。鱗と竜触覚を顕す不気味な竜人だが、もともと男らしい整った顔である。笑うと爽やかな印象になった。
「主人、我々義勇団はそのためにある。山賊金猛などいかほどか。我ら義兄弟に掛かれば、造作もないぞ」
「義勇団ですか? ひょっとして、大蜘蛛使いの賊を打ち破ったという?」
「ここまで、話が聞こえているのか」
朱貴と龍蘭が顔を見合わせた。酒を虎勇と酌み交わして飲んでいた猿喜が得意そうに肯定した。
「おうよ。その義勇団があっしらだ」
胡録の顔がぱっと期待に明るくなった。
「これは天のお導きか。ありがたい、ありがたい。ぜひぜひ、お願いいたします」
胡録、胡旦を始め、婚礼を上げる兄胡長や家族、家僕、女中一同、頭を下げた。
***
さっそくその日のうちに、猿喜ら斥候を放って金猛の様子を探らせた。
翌日、猿喜のもたらした情報をもとに、近辺の地図を引いた。
山塞は天雲山の麓の御坊山の中腹にあった。
背面は絶壁で、山塞への道は、片側は切り立つ壁、側面は谷川に落ちる細い間道しかない。
「金猛はこの道を真っすぐ降りてくるしかあるまい。まあ、自信も驕りもあるだろう。堂々と進んでくるだろうな」
龍蘭が断言する。
そこへ果門が走ってきて、金猛もいよいよ襲撃をかける様子らしいと告げた。
「ちょうどよい。こちらから迎え撃ってくれよう」
朱貴がにやりと笑った。二股の竜舌がぞろりと踊る。
「少しは、骨があるといいな」
虎勇がわくわくと嬉しそうに鉄棒をしごいた。
昨日から今日にかけて、村の鍛冶屋を半ば脅して、半強制的に作らせ、ようよう間に合って仕上がった直径三寸、十三貫の重さの鉄棒である。鍬やら鋤やら、あるたけの農機具を溶かして作らせた。村長の頼みと村の安全のため、村人達も進んで提供してくれたものである。
朱貴は背にいつもの大剣、龍蘭は先日手に入れた大槍を担ぎ、果門が剣を刷き、伯石は得意の弓を持った。酉の刻前、一同は薄暗くなってきた山道へと出発する。
念のために、村の入り口に壮年の男達を武装させて待機させた。
山塞へまっすぐ通じる崖っぷちの間道に出たところで、朱貴達一行は金猛の隊に出会った。三人の幹部を前に、その後に金猛自身が続く。
「天下も恐れぬ大悪党め。今日こそは成敗してくれるから、神妙に首を討たれるがいい!」
朱貴が響く声を放った。金猛はふんと鼻で笑った。見た所、たった五人ばかりの男達。いっぺんに蹴散らしてくれるという自信がある。
「何かと思えば、朱貴の若造か。こそ泥を二、三退治して、ちょっと意気がっているかと思えば、のこのこここまで出てくるとは、よっぽど物の分別もつかない阿呆だとみえる」
黒光りする鱗が、丁度上ってきた月に青黒く輝いた。
巨大に突き出した口はワニのように頑丈で、裂け目から乱食い歯がのぞく。身の丈十尺の怪物で、鉄の鎧兜を軽々と着けていた。四本の腕は、素手で岩くらい叩き割れそうだったし、太い尻尾も脅威的だった。
その前に、三人衆が並ぶ。一人は大入道。手に太い鉄の棒を持っていた。角入道という。
もう一人は、ゴリラのような体格のゴリラのような顔をした男だった。ほんとうにゴリラなのかもしれない。だが、手には物騒な青竜剣をもっていた。
三人目は、首の長いとかげ族、肌色は青で、獲物は鎖鎌。いずれも腕は相当たつようだった。
そして、六十人の手下たち。それが鬨の声を挙げて、朱貴達にかかって行こうとした。
その時、側面の木の上から放たれた棒手裏剣が過たずゴリラの頭蓋を射抜いた。手下たちは浮き足立った。斥候で出ていた猿喜の技である。
それを見て、龍蘭が槍を大きく構え直して彼らの前へ出てきた。虎勇も遅れまいと、鉄棒を振り回しながら躍り出る。その鉄棒が、角入道の鉄棒とぶつかった。二人は激しく打ち合いだした。
龍蘭は首長とかげ族と向き合った。鎖をびゅんびゅん振り回し、龍蘭の隙を突こうと狙う。果門が剣を抜き、伯石は正確な矢を山賊どもに射掛けていった。
朱貴は味方と敵が乱戦に入るのを眼にしながら、金猛の前に進み出た。
「しゃらくさい真似をしやがって」
金猛は七尺はありそうな巨大な剣を振り下ろしてきた。
朱貴はそれを敏捷にかわすと、背にした剣を抜いて金猛に斬りかかる。金猛の大剣がそれをがっしと受け止めた。跳ね返そうとする金猛の剣を、しかし、朱貴はぎっと押さえて動かない。見かけによらぬ凄い力である。
両者、満身の力を剣に籠めたまま動かない。
金猛の口ががっと開き、ものすごい形相となる。気の弱い者が見たら、それだけで死んでしまいそうな恐ろしさである。開いた巨大な口から乱食い歯が飛び出して、涎がねっとりと牙を伝った。吐く息が白い煙のように吹き出す。
朱貴がにやりとした。左右の二本の牙が伸びる。赤い舌がずるりと形の良い唇から這い出す。両腕の筋肉が音を立てて盛り上がった。
あろうことか、金猛の剣をじわじわと押し返していく。早春の寒さの中、金猛の額から汗が噴き出した。
ばぎっと音がして、金猛の剣が折れる。そのまま朱貴の剣は金猛の腕の一本を切り落とした。しかし、金猛もすかさず力強い尻尾をぶんと振って、朱貴を叩きのめそうとした。まともに当たれば、朱貴の頭もかぼちゃのように潰れてしまう勢い。
その尾を避けて、朱貴は軽々と身を夜空に躍らせた。金猛の頭上高く飛び上がり、頭頂から真っ二つにしてしまう。鎧のような金猛の体を裂くのだから、朱貴という竜人の力も底知れぬものがある。
龍蘭が首長青とかげを突き殺し、虎勇も角入道を叩き潰して、さらに暴れまわっていたので、頭領たちを殺された手下どもは恐れをなしてみんな降参してしまった。
朱貴達はそのまま金猛の山塞に入り、そこを守っていた残りの山賊を平らげる。頭領を欠いた手下どもはどれほどいようと龍蘭や朱貴達にはもはや敵ではなかった。