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竜人朱貴伝  作者: 霜月 幽
第1部 黎明
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一の三 化け物退治――蜘蛛使い

 地面に書いた猿喜のざっくりした絵図を見て、玲爽が考えながら言った。


「これまでの矢文で、娘さんも幾人か囚われていることでしょう。彼女達を一番に助けなくてはなりません」


 それから、と言葉を繋げる。


「大蜘蛛使いの一味と見受けられます。蜘蛛は、爆破した一匹だけではないでしょう。蜘蛛は闇に潜む物。用心として、砦の周りを守らせている可能性もあります。まずは、これを倒さねばなりません」

「大蜘蛛か。やっかいだな」


 朱貴がうなる。その隣にちゃっかりと居座って、玲爽が男を見上げた。


「策があります。あれは土蜘蛛でした。巣を張りません。餌の気配に近づいて毒液や鋭い脚で獲物を狩るのです。私が囮になり、蜘蛛が群がり集まったところを火攻めにします」

「確か、先生は蜘蛛が苦手では?」


 案じて気遣うと、


「仕方ありません。好き嫌いを言っているわけにはいきません。でも、囮は私がいいのです。朱貴殿や龍蘭殿でしたら、蜘蛛は怯えて近づきもしないでしょう」


 と、笑った。


「私が蜘蛛を惹きつけている間に、朱貴殿達は砦の中へ。賊は、蜘蛛に安心しているでしょうから、存外、砦の方の警戒は不用心でしょう」


 そして、利作と東牧にもきっちりとくぎを刺す。


「あなた方もですよ。遠く離れていても結構です。でも、賊が片付いたら来てください。首尾を見届ける責任があります。それに、怯える娘さん方も、あなた達の顔を見れば安心なさるでしょうからね」

「はあ」

「へ、へえ」


 こうまで言われれば、利作達も逃げ出すわけにはいかなかった。


 ***


 夜の山を走って谷を越え、砦へと着いたのは、明けるにはまだ早いとらの正刻。凍える早春の闇の中。砦の中はシンとして物音一つしないようだった。耳を澄ますと、気のせいかかさかさと葉を鳴らして動く気配がする。

 朱貴が玲爽に心配そうな色も隠さずに視線を向けた。玲爽はそれを受けて頷き、さあ、と言わんばかりに手を一つ振った。龍蘭達は音もたてずに闇の向こうへと消える。


 玲爽は腰に帯びた華奢な剣を抜くと、それで己の腕を切る。ばっと赤い血が噴き出るままに、落としておいた木の枝で地面を派手に叩いた。

 ざざざっと大きな音とともに、毛深く長い脚をした大蜘蛛の丸い目が幾十も赤く輝いて、玲爽をぐるりと取り巻いた。



 その頃、朱貴達は闇に乗じて砦へと入る。砦を守るはずの大蜘蛛はみんな玲爽の所へ集まっていて、彼らの足を阻む物はいなかった。砦を見張っていた義勇団の仲間の果門かもん伯石はくせきらは、猿喜とともに、娘らが囚われている小屋に向かう。

 龍蘭が爪を伸ばし、虎勇が天秤棒を構え、朱貴が大剣を背中から抜いた時、玲爽と別れた辺りで爆音と火柱が上がった。

 赤々と炎に照らされる中に、仰天した賊共が飛び出してきた。熟睡していた所への驚きでうろたえきっている賊共らは、到底朱貴らの敵ではなかった。



 の刻にはすっかり片が付いた。やっと空が滲むように明るくなる頃には娘達も助けられて砦の中に集められた。そこへ玲爽が、利作と東牧を連れてくる。

 恐ろし気な男達に囲まれて真っ青な顔で怯えていた娘達は、見知った村人を見ると、


「利作どん!」

「東牧さん!」


 と、叫んで駆け寄った。二人の照れた顔を見る限り、きっと人生の中で一番女にもてた時だったに違いない。

 焦げ痕が派手につき、所々裂かれた玲爽の娘姿に、朱貴は心配そうに眉をしかめた。その左腕に、布で巻いたまだ血が滲む傷を見て飛び出してきた。


「先生! 怪我されたのか!」


 朱貴の顔を見て、玲爽は事もなげに笑った。


「ああ、これは自分で切ったもの。蜘蛛をおびき寄せるためです。大事ありません」

「無茶をなさる」

「蜘蛛を操る賊はすっかり退治されたようですね。蜘蛛もおそらく、もう一匹も残っていないでしょう。これで、この件は落着ですね」


 最後の言葉は、でれでれ顔の利作と東牧に向けたものだった。


「先生はこれからどうなさるのだ?」


 猿喜達が賊の貯め込んでいるお宝を物色し始めていた。それに視線を飛ばしながら、朱貴が訊いて来た。


「私は一度、梨村へ戻らねばなりません。娘さん達も送ってあげなければならないですし」


 玲爽も朱貴の仲間達が集めて来た品々を眺めた。酒や肉なども運ばれ、これから宴会を始めるのだろう。

 娘姿の玲爽は少し未練の残るような視線を朱貴に投げながらも、きっぱりと告げた。


「ご縁があれば、またお会いする日もありましょう。失礼いたします」


 砦の蔵から大ぶりの槍を見つけて嬉しそうに振り回している龍蘭や、酒樽を抱えた虎勇に別れを告げて、玲爽は助けた娘達と利作、東牧らと一緒に、砦を後にした。

 朱貴は砦の門から、彼らの姿が消えてしまうまで見送っていた。

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