十一の五 蓋青江の戦い――青兎河港の夜*
BL描写あります。ご注意ください。
その夜、朱貴らは陣営を対岸の青兎河港の基地に移し、戦勝を祝って酒宴を張った。勝利に酔い、酒に浮かれて盛り上がる宴に、玲爽はしかし、最初に顔を出しただけで直ぐ部屋に引きこもってしまった。
傷が痛むからと朱貴には言ったが、彼が祝宴を退いた理由は別にあった。敵とは云え、大勢の人命が失われた事実が辛すぎたのだ。味方にも死傷者が出ている。有利に展開されはしたが大きな戦だったのである。それが戦争だと云ってしまえばそれまでである。
だが、無用の血を流さないためにこそ、自分はあるのだ。策次第では、もっと犠牲の数も減らせたはず。それが、肝心の時に役にたてず、結局、兵力殲滅という最も忌まわしい戦い方になってしまった。自分の失敗である。
干恢の虚偽を察していたのに、いくら強引だったとはいえ、あっさりと船に乗ってしまった自分の迂闊さ。お人好しは、軍師としての資質では弱点だ。そのために、朱貴にまで嫌な思いをさせてしまった。これに比べたら、自分の受けた暴力など何ほどであろう。
そして、さらに朱貴のみせた狂乱が、彼の心を掻き乱していた。朱貴が自分に異常なほどの愛情と執着を持っているのは知っていた。それはいいのだが、これから何があるか解らない中で、先のように正気を失うような事態が起こったらと不安になる。
玲爽は部屋を照らす燭の灯りに向かって、深々とため息をついた。郭崔はまんまと逃げおおせており、今頃兢々として、軍の建て直しを画策していることだろう。まだまだ油断はできない。戦も続く。積み重なる心労に、さすがに疲れを覚えた玲爽は、膝を抱えて顔を埋める。
彼は、基地の指令棟の司令官の私室にいた。青兎河港基地はいくつもの棟に分かれて、河を見晴らす中央指令棟の左右に並んでいる。宴会はその間の広場で開かれていた。酒宴の賑やかなざわめきが聞こえてくる。
玲爽はふと、斐神仙や兄弟子達と暮らしていた山が恋しくなった。あの頃はただ学問だけに夢中になって、何も悩みなんかなかった。
しかし、彼は恋を知ってしまった。朱貴を愛してしまった。もう、あの頃には二度と戻れない。戻りたいとも思わない。
玲爽は朱貴に噛まれた肩の傷にそっと指を這わした。最初に噛まれたここが、一番深い。朱貴の想いを彼は知っている。竜人の悲しくも凄まじい性愛を。
「朱貴様……」
玲爽は愛しい名前を小さく呟いた。
何もかも全てを投げ出して、彼と二人っきりでどこか遠くへ行ってしまえたら。あの懐かしい山奥で、朱貴と二人で暮らせたら、どんなに幸せだろう。だが、そんなことなどできないことは百も承知だし、第一そんな無責任な男だったら、始めから好きになったりなどしやしないのだ。
がたんと音がして扉が開いた。いつの間に時間が経っていたのか、夜はすっかり更けていた。外のざわめきも止んでいる。
酒に上機嫌に酔った朱貴は、身体を小さく丸めて振り返った玲爽の顔を見て、はっとする。
「どうしたのだ? 傷が痛むのか?」
心配そうに言われて、玲爽は自分が泣いていたことに気づいた。
「あ、いいえ、なんでもありません」
急いで涙を拭い、笑顔を向ける。朱貴は美しい愛しい顔を両手で挟み、そっと口付けした。その身を抱き締め、優しく撫で、
「お前を傷つけてしまった。済まんな。一番辛いのはお前なのに。許してくれ」
と、心から詫びる。
「こんな傷など……。私は、貴方に食べられてもかまわない。いいえ、食べてくださっていいのです。朱貴様、私は、ただ、貴方が愛しくて……、愛しくてなりません。ずっと、お側に置いてください。私を離さないで。朱貴様」
ぽろぽろと涙を零して訴える玲爽を、朱貴は力強く抱き締める。
「離すものか。ずっといつまでも一緒だ。玲爽、愛している」
つかの間の静かな夜の帳の空を、二つの月がゆっくりと巡って行った。




