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竜人朱貴伝  作者: 霜月 幽
第2部 山賊討伐
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九の五 北部遠征――氷白山討伐へ

 翌日、朱貴は、本堂の軍間に将士を集め、今後の作戦について会議を開いた。重臣の席には、虎勇こゆう趙翼ちょうよくが筆頭を務め、次いで、果門や猿喜えんきらの古参の武将が並ぶ。更に俳県の将軍達が席に着いた。

 玲爽は朱貴の隣の席で彼等を眺め、強行軍にも拘わらず、意気盛んな様子を見て取った。龍蘭りゅうらんの失敗を聞き、雪辱ならんと奮い立っているのである。特に虎勇は今にも飛び出していきそうにそわそわしていた。龍蘭を案じてならないのである。


 玲爽は重い息を肩で継いだ。強行軍が響いていた。そして、作夜の朱貴の愛撫が残りの体力を奪っていた。行軍の間、ずっと精を耐えてきた朱貴は、作夜彼を抱き締めると、自制を失ってしまったのである。龍蘭の安否の心配も忘我の行為に拍車をかけた。

 まだまだ、朱貴は若く青い。朝、後悔して心配する朱貴の反対を押し切って、彼は、ふらふらする体を励まし軍議に出たのである。


 朱貴は連日の強行軍に良くついてきてくれたことに謝意を示し、労をねぎらった。それから、軍師玲爽に軍議を預けた。

 玲爽は朱貴に一礼すると、諸将へ端麗な面を向けた。このところ、血の気の薄い青ざめた顔色であるが、今日は特に透き通らんばかりに青く見えた。だが、切れ長の瞳は厳しく冷光を放っており、意志の強い繊細なあごの線とあいまって、ぞっとするほど美しい。その口が、見守る人々の前で開いた。


「まずは、安否の知れぬ龍蘭殿の捜索ですが……」


 虎勇が「俺が行く」と、身を乗り出したが、それへ目もくれずに言葉を続ける。


「果門殿と猿喜殿にお願いします。二方向に別れ、尾根と谷からかかってもらいたい。それぞれ冷舟殿が選んでくれた配下の者を数名伴い、良く忠告に従うこと。捜索は隠密裏に行い、氷白山の賊らに気取られぬよう。これを悟られますと、捜索隊の安全は無論、龍蘭殿の命も危険にさらされますので」


 不満そうに頬を膨らませている虎勇に視線を飛ばす。眼がわかりましたねと言っていた。


「それでは、準備を万全に整えてから、お発ちください。龍蘭殿を発見し次第、我等と合流するように」


 二人が後ろに控えていた冷舟の部下達と去るのを見送ると、彼は改めて虎勇の顔を見た。


「貴方には、今回の作戦の先鋒を頼みます」


 言われて、虎勇は喜色に顔を輝かせた。


厳牙げんが殿と共に、冷舟殿の全兵と本隊を引き連れて出陣してください。賊は直ぐに応戦してくるでしょうが、雪の深みには近づかないように、これだけは注意してください」

「任せておいてくれ。軍師。俺達だけで、連中を掃討してやるから、軍師殿はゆっくり養生しながら、見物していてくれや」


 虎勇が胸を張って言い切る。剛毛の虎髭が武者震いで震えた。玲爽はにっこりする。龍蘭が失敗したためにどうしても暗く陰鬱いんうつになりがちな士気に、彼は陽気な活気を与えてくれる。


「お願いします。ただ、氷白山の者達の意見によく耳を傾けてください。決して蔑ろになさらぬように。彼等はこの土地や賊の一味らに詳しいのです。それが、生死を分かつことになるでしょう」

「解った。解った。心配性だな、相変わらず。だから、傷の治りも遅いんだ。おぬしは手配を考えて指図してくれればいい。あとは、俺達がやるから。朱貴兄貴の腕の中で、安んじて待っていてくれればいいんだ」


 玲爽の青白い頬に血が昇る。だが、虎勇の言は純粋な好意からなので、腹をたてるわけにもいかない。視線を走らせると、趙翼はにやりと笑うし、伯石は下を向く。県尉の毘宣びせんらは困ったように視線を外した。


(いくら私が秘そうとしても、朱貴様自らが決してお隠しなさろうとしないから。それどころか、わざとじゃないかと疑いたくなるほど、人前でも……)


 玲爽は苦々しげに唇をそっと噛むが、実は朱貴はわざと公然と見せ付けているのである。彼は美しい玲爽が妻同然であることが嬉しくてならない。そして、所有権を主張することによって、他の者が手を出すのを牽制しているのだ。


***


 全ての手配を終えて、将軍達が準備に散ってしまうと、軍師がやりやすいように後方に下がって見守っていた朱貴が席を立って来た。玲爽は椅子の上でぐったりとしている。緊張が解けて、疲れが一挙に出たらしい。顔色は土気色に近く、朱貴は本気で心配した。


「大丈夫か? ひどく疲れているようだ」

「大丈夫です。でも、しばし、このままで……」


 だが、その声はかすれ、今にも絶え消えそうに弱々しかった。朱貴は、いきなり玲爽を腕に抱き上げた。びっくりして声も出せないでいる彼にかまわず、自室にしている奥の部屋へと歩き出す。本堂を守る兵士やまだ通路に残っていた李弦らがぎょっとした顔で、眼を丸くした。


「降ろしてくださいっ! 恥ずかしい」


 玲爽は顔を真っ赤にして抗議したが、朱貴は無視して逞しい胸に抱きすくめて離さない。そのまま奥の私室へと入ってしまう。

 もがく気力も失せて、玲爽は寝台に横たえられるのにまかせた。実際、このまま気も耐え入りそうなほどに疲労していた。手足が泥のように重く、意識がかすんでくる。

 手が顔に触れ、はっと意識が戻った。目を上げると、気遣わしげな恋人の視線があった。


「一つ、よいか?」


 目で促すと、寝台の縁に腰かけ、手は髪や頬を優しく撫でながら訊いてきた。


「虎勇だが、あのまま行かせて大丈夫だろうか? 龍蘭より無茶な男だ。二の舞になるのではないかと案じられてな。せめて同行する者を厳牙ではなく、別の者にしては? あれは、虎勇以上に無茶な男だぞ」 


 玲爽は目を閉じて答えた。目を開いているのもおっくうだった。


「彼等でなくてはならないのです。あの二人には鳴り物入りで山に入ってもらわなくては。賊の全注意を惹きつけておいてくれねば、後の作戦がなりたちません」

「だが、後続の私は秦楷殿と朝の軍率いる中軍だ。あの軍は戦力として信用がおけない」

「龍蘭殿の時は、冬山に不慣れな県の兵でした。しかし、二人の猛者には氷白山の兵士達が主力としてついております。それとも、私の采配にご不満でも?」


 厳しい軍師の顔で冷ややかに言われると、朱貴もぐっと言葉に詰まる。


「いや。私はそなたを信じて全てを任せている」


 要らぬ心配だったと破顔した。

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