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竜人朱貴伝  作者: 霜月 幽
第1部 黎明
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六の二 新県主 朱貴――玲爽の告白*

BL描写あります。苦手な方、ご注意ください

「食べてください」


 玲爽が低く呟くように言った。

 朱貴はびくりとする。


「いっそ、食べてください。貴方に食べて頂けるのなら、私は嬉しい」


 玲爽の目から涙が溢れた。

 これで、貴方に嫌われてもいい。少なくとも、一人は貴方を愛しているのだと、判ってくれれば。

 貴方が孤独ではないのだと知ってくれれば。


 ――愛しているのです。こんなにも。貴方を愛している!


 仰天して、朱貴は手を放した。長いまつげの下からぽろぽろと涙が溢れ、頬を伝い流れていた。朱貴は怒りも忘れ、驚きに目を見張って、泣き続ける軍師を見つめた。


「私は、貴方を厭うてなどいません」


 ――決して、断じて!


「それなら、どうして……?」


 解らないという顔で問う朱貴。その鈍さに、玲爽はじれったい。


 ――貴方は、私に言わせたいのですか? 二度と口にもしたくない忌まわしい事を。


「武興の屋敷で、私が何をしてきたか、貴方はご存知でしょう?」


 朱貴は意外そうな顔をした。


「ああ、そんなことか。あれは気の毒だった。さぞや辛かっただろう。だが、あの事は俺と猿喜しか知らない。俺も決して誰にも話さん。だから、心配するな。早く忘れてしまったほうがいいんだ」


 玲爽はきっと朱貴の顔を見る。今度は、彼のほうがかっとなった。


 ――そんなことだと? 私がどれほど悩み苦しんだと思うのか! 死のうとまで思いつめていたのに!


「気にするな? 無理です! 貴方は決して忘れはしないでしょう。おめおめと生き恥を晒している私を、軽蔑しておいでのはず。貴方に疎まれては、もう、お側にはいられません!」

「そんなことはない。俺は少しも気にしてないぞ。なあ、先生。俺には、先生が必要なんだ。これからもずっと、俺を導き教えて欲しいんだ」


 玲爽はめまいを覚えた。

 朱貴は、彼の武興との関係を知りながら、それでも軍師として働いて欲しいと望んでいる。だが、無論、朱貴は彼の想いを知らないから。だから、そんなことが云えるのだ。

 彼が男を愛する異常者だなんて思ってもいないのだろう。


 朱貴の目を覚ます為には、真実を伝えるしかなかった。

 でなければ、朱貴は彼をこのまま軍師として引き留めようとするだろう。

 もう、こんな生き地獄の中にはいられない。何もかも、終わりにすべき時なのだ。


「貴方は、何もご存知ないから……。私を知らないから、そう、おっしゃられるのです。私がどんなに浅ましい人間か……」


 玲爽は唇をきりりと噛んだ。


「朱貴殿。この部屋を見て、お気づきになりませんか?」


 見れば、解るはずだ。

 朱貴は、改めて部屋を見回した。

 広くはない空間を帳で仕切っているので、ますます狭くなっている。家具がほとんどないので、何とかなっているようなもの。質素な暮らしが伺える部屋だった。


 確かに、朱貴は入った時から何か気になっていた。初めての部屋なのに、妙に違和感なく馴染むのだ。

 玲爽に云われて、やっとその理由が解った。

 寝台を隔てる帳も卓も敷物も、全て朱貴の好みのものなのだ。この部屋は、朱貴の好みで整えられている?

 彼は戸惑った顔を玲爽に向けた。なぜ、自分の好みに統一されているのか、朱貴には肝心の理由が解らない。ただ、当惑した表情を返すばかり。

 玲爽は我慢ができなくなった。もう、限界だ。


「お解かりになりませんか? ……私は……貴方が好きなのです。貴方を愛しているのです! 男の身で、女のように、貴方を求めているのです!」


 朱貴の目が驚きで丸くなる。

 愕然として、声も出ない様子。

 そんな朱貴を、玲爽は自嘲して見た。

 こうなったら、とことん落ちるところまで落ちてしまおう。

 茫然と突っ立っている朱貴の前で、玲爽はいきなり服を脱ぎ捨てた。

 白い裸身が艶やかにさらされる。


「ご覧ください! これが私の正体です。男に抱かれて喜び悶える浅ましい身です。朱貴殿、私をお抱きになれますか?」


 ――これがとどめだ。


 もうこれで、口が裂けても、二度と、自分を欲しいとは云うまい。

 唾を吐き捨て、今にも部屋から出て行ってしまうだろう。

 裸身の身をさらして、玲爽は目を閉じる。

 朱貴の侮蔑の表情を見たくない。目を閉じているうちに、せめてさっさと出て行って欲しい。


 玲爽はこなごなに砕け散っていく心を震わせ、じっと耐えて立っていた。閉じた瞼を涙が押し上げて流れていく。


 ――いっそ、この場で死んでしまえたら!


 朱貴が動いた。

 次の瞬間、ふわっと抱かれて、玲爽は驚きに目を開いた。


 朱貴の腕が彼を抱き締めていた。

 夢でも錯覚でもない。暖かく強い朱貴の胸の中にいる。

 驚愕に、玲爽の頭脳は麻痺してしまって動かない。

 だが、朱貴は確かな力で彼を抱いてくれている。


 おそるおそる、玲爽は顔を上げた。

 朱貴はどんな顔をしているのだろう。知るのが恐ろしく、そして、ひょっとしたらと言う狂おしいほどの希望にすがって。


 朱貴は、優しく微笑んで彼を見つめていた。

 その口が近づいて長い舌がそろりと唇に降りた。慈しむように彼の唇をなぞる。

 玲爽の身体が震えた。


「朱貴……様……」


 まだ信じられなくて、喘ぐように呟いた。

 その開いた唇の間から舌が中に忍んできた。

 舌が触れ合った瞬間、玲爽の中で激しい想いが吹き出して押さえられなくなった。

 彼は朱貴の首に両手を回して強く抱きすがり、自分から唇を押し付けていった。

 夢中で貪る。

 こうしたいと夢に見ていた。ずっと願っていた。


 ――朱貴様、朱貴様、いいのですか? 私が貴方を愛していていいのですか?


 その心の問いの返事は、あばらも折れそうな朱貴の強い抱擁と、激しいキスだった。

 二人は、永遠の時間をキスしようとしているかのように、長く互いを貪った。


「ずっと、こうしたいと思っていた。先生、いいのか? 俺なんかで、本当にいいのか?」


 玲爽に愛を打ち明けられても、朱貴はなおも半信半疑で訊いた。

 自分の聞き間違いではないのか。幻聴かもしれない。

 玲爽は返事の代わりにきつく抱き縋った。

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