六の二 新県主 朱貴――玲爽の告白*
BL描写あります。苦手な方、ご注意ください
「食べてください」
玲爽が低く呟くように言った。
朱貴はびくりとする。
「いっそ、食べてください。貴方に食べて頂けるのなら、私は嬉しい」
玲爽の目から涙が溢れた。
これで、貴方に嫌われてもいい。少なくとも、一人は貴方を愛しているのだと、判ってくれれば。
貴方が孤独ではないのだと知ってくれれば。
――愛しているのです。こんなにも。貴方を愛している!
仰天して、朱貴は手を放した。長い睫の下からぽろぽろと涙が溢れ、頬を伝い流れていた。朱貴は怒りも忘れ、驚きに目を見張って、泣き続ける軍師を見つめた。
「私は、貴方を厭うてなどいません」
――決して、断じて!
「それなら、どうして……?」
解らないという顔で問う朱貴。その鈍さに、玲爽はじれったい。
――貴方は、私に言わせたいのですか? 二度と口にもしたくない忌まわしい事を。
「武興の屋敷で、私が何をしてきたか、貴方はご存知でしょう?」
朱貴は意外そうな顔をした。
「ああ、そんなことか。あれは気の毒だった。さぞや辛かっただろう。だが、あの事は俺と猿喜しか知らない。俺も決して誰にも話さん。だから、心配するな。早く忘れてしまったほうがいいんだ」
玲爽はきっと朱貴の顔を見る。今度は、彼のほうがかっとなった。
――そんなことだと? 私がどれほど悩み苦しんだと思うのか! 死のうとまで思いつめていたのに!
「気にするな? 無理です! 貴方は決して忘れはしないでしょう。おめおめと生き恥を晒している私を、軽蔑しておいでのはず。貴方に疎まれては、もう、お側にはいられません!」
「そんなことはない。俺は少しも気にしてないぞ。なあ、先生。俺には、先生が必要なんだ。これからもずっと、俺を導き教えて欲しいんだ」
玲爽はめまいを覚えた。
朱貴は、彼の武興との関係を知りながら、それでも軍師として働いて欲しいと望んでいる。だが、無論、朱貴は彼の想いを知らないから。だから、そんなことが云えるのだ。
彼が男を愛する異常者だなんて思ってもいないのだろう。
朱貴の目を覚ます為には、真実を伝えるしかなかった。
でなければ、朱貴は彼をこのまま軍師として引き留めようとするだろう。
もう、こんな生き地獄の中にはいられない。何もかも、終わりにすべき時なのだ。
「貴方は、何もご存知ないから……。私を知らないから、そう、おっしゃられるのです。私がどんなに浅ましい人間か……」
玲爽は唇をきりりと噛んだ。
「朱貴殿。この部屋を見て、お気づきになりませんか?」
見れば、解るはずだ。
朱貴は、改めて部屋を見回した。
広くはない空間を帳で仕切っているので、ますます狭くなっている。家具がほとんどないので、何とかなっているようなもの。質素な暮らしが伺える部屋だった。
確かに、朱貴は入った時から何か気になっていた。初めての部屋なのに、妙に違和感なく馴染むのだ。
玲爽に云われて、やっとその理由が解った。
寝台を隔てる帳も卓も敷物も、全て朱貴の好みのものなのだ。この部屋は、朱貴の好みで整えられている?
彼は戸惑った顔を玲爽に向けた。なぜ、自分の好みに統一されているのか、朱貴には肝心の理由が解らない。ただ、当惑した表情を返すばかり。
玲爽は我慢ができなくなった。もう、限界だ。
「お解かりになりませんか? ……私は……貴方が好きなのです。貴方を愛しているのです! 男の身で、女のように、貴方を求めているのです!」
朱貴の目が驚きで丸くなる。
愕然として、声も出ない様子。
そんな朱貴を、玲爽は自嘲して見た。
こうなったら、とことん落ちるところまで落ちてしまおう。
茫然と突っ立っている朱貴の前で、玲爽はいきなり服を脱ぎ捨てた。
白い裸身が艶やかにさらされる。
「ご覧ください! これが私の正体です。男に抱かれて喜び悶える浅ましい身です。朱貴殿、私をお抱きになれますか?」
――これがとどめだ。
もうこれで、口が裂けても、二度と、自分を欲しいとは云うまい。
唾を吐き捨て、今にも部屋から出て行ってしまうだろう。
裸身の身をさらして、玲爽は目を閉じる。
朱貴の侮蔑の表情を見たくない。目を閉じているうちに、せめてさっさと出て行って欲しい。
玲爽はこなごなに砕け散っていく心を震わせ、じっと耐えて立っていた。閉じた瞼を涙が押し上げて流れていく。
――いっそ、この場で死んでしまえたら!
朱貴が動いた。
次の瞬間、ふわっと抱かれて、玲爽は驚きに目を開いた。
朱貴の腕が彼を抱き締めていた。
夢でも錯覚でもない。暖かく強い朱貴の胸の中にいる。
驚愕に、玲爽の頭脳は麻痺してしまって動かない。
だが、朱貴は確かな力で彼を抱いてくれている。
おそるおそる、玲爽は顔を上げた。
朱貴はどんな顔をしているのだろう。知るのが恐ろしく、そして、ひょっとしたらと言う狂おしいほどの希望にすがって。
朱貴は、優しく微笑んで彼を見つめていた。
その口が近づいて長い舌がそろりと唇に降りた。慈しむように彼の唇をなぞる。
玲爽の身体が震えた。
「朱貴……様……」
まだ信じられなくて、喘ぐように呟いた。
その開いた唇の間から舌が中に忍んできた。
舌が触れ合った瞬間、玲爽の中で激しい想いが吹き出して押さえられなくなった。
彼は朱貴の首に両手を回して強く抱きすがり、自分から唇を押し付けていった。
夢中で貪る。
こうしたいと夢に見ていた。ずっと願っていた。
――朱貴様、朱貴様、いいのですか? 私が貴方を愛していていいのですか?
その心の問いの返事は、あばらも折れそうな朱貴の強い抱擁と、激しいキスだった。
二人は、永遠の時間をキスしようとしているかのように、長く互いを貪った。
「ずっと、こうしたいと思っていた。先生、いいのか? 俺なんかで、本当にいいのか?」
玲爽に愛を打ち明けられても、朱貴はなおも半信半疑で訊いた。
自分の聞き間違いではないのか。幻聴かもしれない。
玲爽は返事の代わりにきつく抱き縋った。




