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竜人朱貴伝  作者: 霜月 幽
第1部 黎明
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五の五 弾劾――それぞれの懊悩

 県府では、何しろ県主は死に、主だった大臣役人達は、玲爽によって公けに罪状を告発されているしで、混乱し狼狽した。

 取り合えず朱貴ら一党を県府の一室に拘禁する。

 だが、収拾の方法も取れず、処分も決まらない。


 監禁された朱貴らも、何の沙汰もなく留め置かれて徒に時間が過ぎていくので、苛々していた。

 ここまで騒ぎを起こした以上覚悟は決めているが、無為に待つのは苦手であり、不安が増す。こんなことなら、あのまま戦い続けて討ち死にしたほうがましだと思う。


 頼りにしたい玲爽は、なぜか別室を願い出て、一人別の部屋に監禁されている。

 どうしているのかと警備兵に聞くと、一日中壁に向かって座り込んでいるという。


 気の短い虎勇は熊のようにうろうろ歩き回っているし、趙翼は鼾をかいて眠っていた。猿喜らは間に合わせで作った札で賭け事をやり、龍蘭は壁を睨んで、その強度を試したがっていた。


「兄貴、俺はもう我慢できねえ。こんな扉なんか、一発で蹴破れる。さっさとこんな所、出ちまおうぜ」


 虎勇が二十一回目の提案を持ちかけた。いい加減痺れが切れている朱貴も、そうしようかなという気になってくる。

 

「馬鹿なことはやめろ」


 寝ていた趙翼がむくりと顔を上げ声を掛けた。龍蘭も自分に諫めるように、


「軍師殿が降伏するように勧めたんだ。きっと何か勝算があるはず。もう少し待とう」


 と、言って座り込んだ。

 そうだ、俺は自分の軍師を信じなくては、と朱貴は再度、己れを戒めた。


***


 もちろん玲爽はこのあとの手は打ってある。あとは待てばいいだけ。

 しかし、改めて、恐ろしい事実が彼を打ちのめし続けていた。


 知られている。

 一番知られたくない朱貴に、自分の汚らわしい秘密を知られてしまっていた。

 それは彼にとって、耐えられない認識だった。

 できるなら、この場で喉を掻き切って死んでしまいたかった。


 だが、この騒動の始末を終えるまでは、無責任に放り出すことはできない。

 こうして過ごす一分一秒が彼を苛む地獄である。

 彼は食事も取らず、ただ壁に向かって座り、耐え続けていた。


***


 そんな玲爽の苦しい想いなど朱貴は夢にも知らない。

 手持ち無沙汰に時を潰しながら、彼は軍師の美貌を脳裏に思い描いていた。


 彼はなんてきららかに微笑んでくれることか。

 彼の自分に向けられる笑顔だけは失いたくなかった。

常に自分の側に置いておきたいと思った。

 いつも彼の声を聞いていたかった。自分に向けられる声ならなおさらだった。

 彼の関心の全てを自分に向けさせておきたかった。

 虎勇や猿喜が渋い顔をしても、朱貴は玲爽を見つめ続けていた。


 俺はなんて自分勝手な男なのだろう、と朱貴は思う。

 先生はみんなの軍師であり、仲間のために采配を振るっているのに、自分の為だけのために動いて欲しいと望むなんて。

 彼が花のような笑顔を他の男に向けると、どうしようもなく嫉妬してしまう。


 玲爽が彼に微笑みかけてくれる唯一の人間だから、彼を人間として扱ってくれるただ一人の存在だから、だから、誰より大切なのだと思った。

 玲爽は、朱貴が人として在るための拠り所だった。彼が居るから、人でいられる。

 彼を失ったら、自分はこの世から見放されたも同然なのだ。きっと絶望のあまり、人でいられなくなってしまうに違いない。

 それは、朱貴をぞっとさせた。自分が竜人となって、理性を失ったらどうなるのか、考えるのも恐ろしい。どうあっても、なにがあっても、彼は玲爽を失うわけにはいかなかった。たとえ、嫌われ、厭われていても。


 時々、彼を抱きたい、犯してしまいたいという激しい欲望に襲われることがある。

 時にはまるで玲爽のほうから誘っているのでは、と錯覚してしまうほどに。

 彼は男なのに。師でもある大事な軍師だというのに。

 俺はどうしようもない最低のケダモノなのだ。

 そんな時、朱貴は必死の自制を働かせ、ひたすら我慢する。手を出したら終わりだ。彼は恐れ逃げ去ってしまうだろう。

 だから、彼を蹂躙していた武興の事を考えると、叩き斬った今でも、はらわたが煮えくり返るほど悔しい。腹がたつ。

 朱貴は無為の時間をこうして懊悩おうのうの中で過ごした。


***


 そこへ、隣県の県主高善が後見を託されていると宣して、乗り込んできた。

 慌てて取り次ぎに出た役人に、県主の認印が押されている委任状を示した。

 確かめると、確かに武興の印である。

 むろん、これは、玲爽がかねてより準備していたものである。


 高善は、強引に審議を開いた。

 大臣役人一同は、朱貴らの暴動だと告発した。

 そこで、朱貴ら一党を呼び、騒動を起こした理由を問うた。


 玲爽が、現職役人の罪状を著わした文書を提出し、高善はこれを詳らかに読み上げた。

 さらに、集めた証拠書類、県民の嘆願書、供述書が山と出され、該当する諸官吏役人達は黙して項垂うなだれてしまう。


 そこで、玲爽が告発提言し、高善が承認していくのを、朱貴達も役人達もあれよあれよと見守るうちに審議は展開、終了してしまった。

 現県府役人は解職され、高善の名に置いて、朱貴が新たな県主として推薦任命される。


 高善は各役職の任命及び旧官吏の処分は、新県主に任せると、責任は果たしたとばかり、自身はさっさと琢県に帰ってしまった。 関都の人々は、自分達を苦しめてきた前役人どもが解任されたことを聞き知って喜び、新県主の誕生を祝った。

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