立喰いそば
その男が入ってきた時、みんな、奴が逃亡中の殺人犯だということに気づいていたと思う。
でも、そば屋のオヤジはいつものように注文を聞いて、月見そばを出した。
常連さんも適当に雑談してて、あまり男を気にしてなかった。
冷たく無視するでもなく、突き放すでもなく、曖昧にその男の存在を許すような不思議な雰囲気が流れていた。
男がガツガツとそばを喰う姿から、こいつ、そばが好きなんだなということが伝わってきた。
みんなもそばが好きだったから、気持ちが分かったんだろうね。
男はそばを食べ終わると、ありがとうと、ひとこと言って店を後にした。
たぶん、やつも気づいていたんだろうね。
その後、派出所に自首したらしい。




