気だるそうな目をした少年と猫かぶりをやめた少女
冬代ゆきのです。よろしくお願いします。
一だけは見にくかったので壱にしてます。
「今日の晩飯、いつものとこでパン耳でも貰いにいくか……」
授業後の休憩時間、窓際の席である俺は外を眺めながらぼそりと独り言をこぼす。
父親が小説家であり、取材兼旅行で海外に行っている。母はその付添いをしており、実質一人暮らしだ。生活自体は親が毎月口座に生活費を振り込んでくれるのだが、その大半をゲームに使い込んでいるため、食費を削る日々が続いている。
窓に反射して映る顔は良くもなく悪くもなくと言った感じであり、特徴的なところと言われれば気だるそうな目だろうか。
俺に話しかけてくるクラスメイトはいない。とある事が原因で男どもが嫉妬し、それに女子生徒は便乗した結果、いじめといえるかは分からないが今のように無視、無干渉という状態が出来上がった。
「ねぇねぇ杏さん、昨日のあのドラマ見た―?」
「うん、見たよ。でも友人が敵だったのは意外だよね」
教室の中央辺りで一人の女子生徒を中心に集まって話しているグループがある。
その中心が杏と呼ばれていた女子生徒であり、俺の現状が生まれた原因でもある。
小柄な体型に幼さの残る顔からはとても高校生には見えず、将来有望な小学生と言った感じだろうか。
あいつとはゲーマー仲間であり、基本的に毎日、今流行のVRMMOを一緒に遊んでいる。
杏は学校では猫を被って優等生を演じているが、猫を被ってない時の杏はこんな可愛い口調じゃない。
――あぁ、休憩時間の度に集まってくるあいつら面倒くせぇっつうの。ドラマとか知るかよ。ネットで内容とか感想調べる身にもなれってんだよ
昨日、杏が愚痴った言葉だ。
確か高校に入学して一ヶ月くらい経った頃だった。その時既にぼっち気味だった俺が流行りのVRMMOをプレイしていることどこかで知った杏は、他の人が居ない時にゲームの話をしてくるようになった。
そして二人で話している所をクラスの男子生徒に見られ、今に至る。
はぁ、狩りがしたい……。早く放課後になってほしい。
「きゃぁっ!」
「おい! 何だこれ!?」
休憩時間の終わりを告げるチャイムがなると同時に、突然視界が真っ暗になった。夜に停電した時のように何も見えない。
チャイムが鳴り終わると停電の後、復旧した時のように視界が元に戻る。
「やあ、君たちは僕の暇つぶしに選ばれたんだ。この神である僕に。光栄に思って欲しいね、僕の姿を見ることができる人間はとても珍しいんだからさ」
声の聞こえる教卓の方へ目を向けると、小学校高学年くらいに見える少年が教卓に足を組んで座っていた。
その少年の表情は笑顔だというのに、気味が悪い。見た瞬間に背筋がゾッとした。
クラスメイトもその少年の異常さを本能で理解したせいか、声を掛けない。いや、口を開き、言葉を発しようとしている生徒はいるが、声が出ていない。声を掛けないのではなく掛けられなかったというのが正しいだろう。
少年から湧き出る嫌な気配。それにより強烈な圧迫感を感じる。
手足がすくみ、中には顔面蒼白になって身じろぎすら出来ず今にも気絶しそうな奴もいる。
「君たちには僕の世界に来てもらうよ。僕の世界はね、君たちにわかりやすく言うならば剣と魔法のファンタジーな世界と行ったところだね。人類の敵である魔物と剣や魔法で戦える素敵な世界さ」
少年は話しながら教室内に居る俺達を、一人ずつ品定めするかのようにゆっくりとねっとりとした視線で見ている。
少年と目があった女子生徒は「ひぃ」と悲鳴をあげ、震えている。
「なに、今のままというわけじゃないさ。流石に僕もそこまで鬼じゃない。ランダムだけど今の君たちよりも強い体とスキルをあげよう」
少年が指をパチンと一度鳴らすと、少年から生み出されていた強烈な圧迫感が霧散し、肩が軽くなる。
「ステータスと言うと目の前にステータス画面が現れるから、確認すると良い」
少年が言い終わると同時に、教室の彼方此方から「ステータス」と言う声が聞こえる。
「ステータス」
その言葉を発すると、目の前にゲームなどでよく見る半透明のウィンドウが現れた。
基本/双六 時雨 男 十六歳
クラス/魔王
レベル/1
筋力/0
敏捷/0
器用/0
魔力/0
物耐/0
魔耐/0
残りpt/30
特殊能力/魔力操作 一殺多生(魔)
クラスが魔王……?
それに筋力や敏捷等が全て0ってやばくないか?
特殊能力のところにある一殺多生っていうのも物騒な感じがするし。
「異世界の勇者として召喚される話とか多いけど、もしかして君たち勇者として異世界に呼ばれると思った? ダメだよ、ダメすぎる。そんなのはもう腹いっぱいだ。だから君たちは魔王にしてみた」
「俺達は人類に狙われながら生きねぇと行けねぇってことかよッ!!」
少年からの威圧に解放され話せるようになった一人の男子生徒が叫んだ。
叫んだ男子生徒は少年の近くにいた生徒であり、近距離から叫ばれた少年は不快そうな顔をしながら指を弾いた。
その音が教室内に響くと同時に、教室の後端まで吹き飛ばされた。壁にぶつかり、受け身も取れずに床に崩れ倒れる。
「うるさいよ。君たちは魔王だ。なら狙われるんじゃなくて狙う側になればいい。それだけの力は渡しているんだから少しは僕を楽しませなよ。ステータスの筋力とかの数値はベースとなる能力に掛かる補正値みたいなものさ。0は補正なしというだけ。あと詳細とかは見たい奴を触ればいい」
少年のしゃべり方には先程の男子生徒の所為か不快と言った感情が含まれていた。
言われたとおり、気になっていた一殺多生(魔)の部分に触れてみる。
一殺多生(魔)/魔力を犠牲にする代わりに、全てが成長しやすくなる。魔力量0になる。
魔力量が0ということは、いくら魔力にポイントを振っても0ということだろう。
恐らくだが魔力が0ということは魔法を使うことも出来ないだろう。魔法が出てくる小説やアニメ、ゲームでは大体魔法というものは大きな力を持っている。
俺が魔法で思いつくのは攻撃魔法や防御魔法、回復魔法、補助魔法等だろうか。それらが一切使えないというのはかなりのデメリットだ。
代わりに全てが成長しやすくなるとあるが、どのくらい成長しやすくなるのかは書かれていない。魔力が使えないという大きなデメリットを打ち消すに値するかどうか。
魔力……、待てよ。確か……。
詳細からステータス一覧に戻り、特殊能力の欄に目を向ける。
特殊能力/魔力操作 一殺多生(魔)
魔力が無いのに魔力操作だと……。使えない。ゲームで言うならば死にスキル。
使い所が微妙、もしくは使い物にならないスキルに対してそう呼ばれるが、まさにこの魔力操作がそれだ。
「説明は以上、教室の中央の魔法陣に乗れば魔族の城に召喚される。その魔法陣以外の場所にいれば別の場所に行けるよ。魔法陣以外は基本みんな別々の場所だけど、体が触れている状態なら同じ場所にいける」
少年が話し終わると中央に大きな魔法陣が輝いて浮かび上がった。
男子女子関係なく近くの人や仲の良い人と話だし、教室は一気に騒がしくなる。
「ねぇ、どうする?」
「どうしよう。魔族の城がいいんじゃない?」
「でも魔族って怖くない?」
「私達魔王だよ? 魔族って家来じゃん」
「おぉー! なつき天才―!」
廊下側に居た女子生徒グループは盛り上がり、駄弁り続けている。
「俺達はどうする? やっぱ魔族の城が安定じゃね?」
「他の場所で一人とか、選ぶ奴は馬鹿だろ」
窓際の前辺りに集まった男子生徒等の馬鹿笑いが響き渡る。
「十希永さんはどうなんだろ。魔族の城だといいな」
「あー、十希永さんと一緒に居たいよなー、聞いてみるか」
その中の一人の男子生徒が中央に集まっている女子グループに話しかける。
「なぁ、委員長。委員長達は全員魔族の城だよな?」
その男子生徒は直接本人に聞かず、グループ内にいた委員長に話しかけてた。
「あ、ちょっと待ってー。他の人達も魔族の城に行くみたいだけど、私達はどうする?」
どうやら委員長は他のグループの話にも耳を傾けていたらしい。
「それがいいんじゃないの?」
「みんなと逸れるとか嫌だよねー」
「だよねー」
「杏さんはどうする?」
「……」
中央に集まっていた女子グループの一人が杏に話しかける。
杏の苗字は十希永だ。
そのグループだけでなく、他の生徒等も注目しており答えを待っている。
「あと五秒ね。五――」
「おい、魔法陣の上にいくぞっ!!」
「急がないとっ!」
「四――」
待つのに飽きたのか、最初から時間が決められていたのか。それは少年以外には分からないが、あと五秒しか無いということは教室内に居る全員が理解した。
そのため既に魔族の城に向かうことを決めていた生徒は中央にある魔法陣の上に移動し始めた。
「三――」
「杏さんも魔族の城だよね? あいつ以外みんな魔族の城みたいだし、それが普通だよねー」
「……」
「二――」
「杏さんも私達と一緒のほうが楽しいよ。だから魔族の城でいいよね」
周りのせいとは全員魔法陣の上に移動している。
女子生徒が杏に問いかけているが、それはもう確認のような言い方だった。
「壱――」
「よくねぇっつうのッ! あんたらと一緒のほうが楽しい? 勝手に決めつけるなよ。トキと一緒に居たほうがお前らの何倍も楽しいっつうのッ!!」
「杏さんッ!?」
魔法陣から抜け出し、俺の方に向かって飛び込んでくる杏を両手で受け止めると同時に少年の声が教室に響く。
「零」
突如強烈な眠気に襲われ、気絶するように眠りに落ちていく。
――へぇ、面白そうだ。
眠りにおちる直前、少年の声が聞こえた気がした。