9 ≫封筒≪
中学校の教室。窓際の席。
窓際の席というのは非常に魅力的だ。
太陽の光が差し込み、ぽかぽかする。少し暑ければカーテンを閉めればいいだけである。そして何より、端の席というのもあり、教師からは目立たない。つまり、昼寝をしやすいということだ。
だがそれでも、教師というものはすぐに気づく。
「おーい、徹。寝るなよー」
「ん、あー……はい……」
徹は、日の暖かさと、六時間目により、睡魔に打ち勝つことが出来ず眠ってしまっていた。
だが、教師に注意されたぐらいで反省する奴ではない。
もう一度眠りについた。
「おぉぉぉい!!」
「……うるさっ」
徹は耳に突然強い刺激を感じ、目を覚ました。
目の前には勇大が。
「……何?」
「何じゃなくて、もう掃除の時間。さっさと動けー」
「ふわぁぁ……めんどい」
もうそんな時間かと思いつつ、あくびをしながら机を下げる。今週は教室掃除という最悪な日なので、なるべくゆっくり、かつ、ちゃんと動いているふりをする。
そんなことをしていれば必ず奴がやって来る。
「ちゃんと掃除しろやー」
「おっとここに大きなゴミが」
「え!? ちょ、やめて!!」
徹は、掃除をするよう注意しに来た勇大の足を、モップでつつく。ガシャガシャと音がなる。
「やめろ! 俺はゴミじゃないぞ!」
「え? あー、ホントだー。気づかなかったー」
「ふざけんなお前!」
掃除も終え、そろそろ帰ろうという頃、勇大がやってきた。
「なあ帰ろうぜ」
「えー、お前とー?」
「なんだよ! 良いじゃんかよ!」
「はいはい。じゃ、早く行くよ~」
帰る途中では、どうでもいいようなことを二人でただ、駄弁っていた。毎度お世話になっている肉屋に新作コロッケが出ただの、宿題が多すぎるだの、どうでもいい話だ。
そんな時、急に勇大がこう聞いてきた。
「なあ、お前最近どう?」
「どうって?」
「ほら、また治さんの仕事とかに勝手についていってたりすんの?」
「まあ、たまにね」
徹はよく、興味本意で治の仕事現場へのこのこついていくことが多い。そのためよく学校をサボる。色々な人に迷惑をかけているのは百も承知で。
「あんま邪魔すんじゃないぞ! ああいうのは大人に任せなよ」
「わかってるよ」
「ホントかよ。まあいいや。なあ! 今日遊ぼうぜ!」
「またぁ?」
「いいじゃんかよー!!」
「わかったよ。じゃ、俺帰るね」
「おう! また後でなー!」
軽く挨拶を交わし、二人は一旦自宅へ戻ることにした。
事務所へ帰ると治が深刻な表情をして待っていた。
「あれ? 治さん、珍しく真剣なしてるね」
「徹。ちょっといいかい?」
治に言われ、ソファに座る。
治の表情は変わることない。何やら相当大事な話のようだ。その雰囲気に思わず徹は息をのんだ。
「早速なんだけど、しばらくここに清太が来ることになる」
「また事件か何か?」
清太が来るということは何らかの大きな事件があるときぐらいだ。
「……組織が市民会館で、何らかの実験をしようとしているらしい。日にちは、また日を改めて伝えると」
「それって、テロってこと……!?」
「まあ、簡単に言えばね。それともうひとつ。清太のところに夜月くん達が来たそうだ。直接本人から聞いたわけではないけど、どうやら今回の事件にも巻き込まれていそうだ」
「え!?」
突然のことに頭がついていかない。とりあえず落ち着いて、内容を整理し、次の言葉を待つ。
「僕は今から清太のところに行ってくる。徹はここに居て。何かあったら大変だから。君も、巻き込まれないと言いきれないしね」
「あ、でも……今日……」
勇大と遊ぶ予定だった。だが、治に迷惑をかけるのも良くない。今日は我慢するしかない。
「何か用事でもあった?」
「いや、何でもない。治さんも気を付けてね」
「うん。じゃあ行ってくるよ」
そう言って、治はパタパタと忙しそうに事務所を出ていった。徹はそれを見送って、勇大に連絡をするため、受話器を手に取った。
3コール目にプツッと小さな音がした。そのあとすぐ『はい』と勇大の声が聞こえてきた。
「あ、徹だけど」
『おー、どした?』
「ごめん。今日遊べなくなった」
『何だー。また事件かー?』
「うん、まあ。治さんが巻き込まれるかもしれないから家に居ろって」
『おわー。そうか。大変だなー。気をつけろよー』
「うん。念のため勇大もね。……ごめん。ホント」
『いや気にすんなって。また今度遊ぼうぜ!』
「うん。じゃあね。また」
『おう! またなー!』
そこで電話を切った。
遊べなくなったと聞いて、機嫌を悪くするかと思ったが、そうでもなかった。むしろ気を使わせてしまったようだ。徹は今度この礼にコロッケでもおごってやるか、などと考えた。
「さて……どうするかー……」
徹は大してやることもなかったので、家事をこなすことにした。洗濯物を干し、夕飯を作り……。
それでも時間が余ったので、宿題をし、予習をすることにした。
「6時か……」
治が帰ってこない。意外と時間がかかっていそうだ。それほど、今回は大変な事件なのだろう。少し治が心配になってきた。
少しボーッとしていると、玄関先で、チャイムがなる。
「誰だろ……?」
一人でいると独り言が増えて仕方ない。
徹は玄関の覗き窓から外の様子を見る。
「え……」
そこにいたのは、懐かしい二人。
夜月と、月夜だ。
「何で、ここに……」
徹は必死に頭を働かせる。
今ドアを開けるべきか、そうでないか。事件のこともあって開けるのは危険だが、どうしたものか……。
徹は悩んだ末、ドアを開けた。
「…………」
「徹か……?」
「うん……」
夜月は少し驚いた顔をした。後ろにいた月夜も、大人らしくなったが、嬉しそうな笑顔はあの時のままだ。
夜月は少し気まずそうに話し始めた。
「あ……菅野治はいるか?」
「ううん。いない」
「そうか。とりあえず、話しにくいから、チェーンを外してくれないか?」
徹は先程かけておいたチェーンを外し、部屋の奥へ逃げた。
「そんなに警戒しなくても……」
月夜が、寂しそうな表情を浮かべた。
「徹、これを治に渡してほしい」
夜月が近くのテーブルに茶色い封筒を置いた。
夜月達は少し疲れているようで、服もボロボロになっていた。
「封筒の中身は見るなよ。ちゃんと治に渡すんだ」
「……わかった」
「あと、茂さんは味方だ。敵は閑だと、伝えてくれ」
「わかった」
「それだけだ。長居するのは危険だから、そろそろいくよ」
二人は早急に帰ろうとする。
「ま、待って!」
「何だ?」
「市民会館で実験するって……夜月兄さんが……するの?」
「いや、俺じゃない。閑っていうイカれた奴だ」
閑。先程も名前が出ていた。
「どうしてそんなことするの?」
「さあ? 俺たちにはわからないな」
そう言い立ち去ろうとする二人を、徹は引きとめた。
「待って! 何かに巻き込まれてるなら助けるから! 治さんならきっとできるから」
「……確かに、それは出来なくはない。けどそれじゃ茂さんを助けられない……」
「じゃ、じゃあ、その人も……!」
「それは無理だよ」
夜月は徹の腕を振り払い、月夜の手を引き、走り去っていった。
「待ってよ! 無理って……意味わかんないよ……」
部屋に徹の声だけが響いた。
暫くして、治が帰ってきた。
「どうしたの? 徹……」
「夜月兄さんが来たんだ」
「え……大丈夫だった!? なにもされてないかい?」
治が慌てて駆け寄ってきた。先程あったことを全て話した。
治は何もされなかったことにほっとしていた。あまり、ストレスをかけてはいけないと思うが、あれを渡せば余計にかかるだろう。
「これが、夜月兄さんから預かった封筒」
「ありがとう」
治は封筒を開け、中身を見た。横から覗き見てみると、中身は手紙と高校生くらいの女の子が病院の様なところで眠っている写真。だろうか。
治の顔がどんどん強張っていくのがわかった。
「美那……」
そう、呟いたのが聞こえた。
封筒をテーブルに放り投げ、ソファに座り、治は考え事をしているようだった。
「……どういうことだ、茂……!」
それも聞こえた。
自分にはよくわからなかった。理解できなかった。
ふと、視界に入った手紙の文章の下には、メールアドレスのような物が書かれていた。
宿題に、予習……自分はしないわ。うん。