8 ≫遺体≪
「お前らの組織の情報を教えろ。俺の気がすむまで」
口角をニッと上げて告げたのは、上田清太。
夜月は戸惑いつつも、思考を巡らす。
清太は警察だ。組織の情報などは把握しているはずだ。警察の知っている情報ぐらいしか、俺達は知らない。それは万が一、口外されたら困るからだ。
夜月は険しい表情のまま。
「それは無理だ」
だが、清太も退かない。
「なら教えられないな。美那のこと、お前にとっては結構重要なんじゃないか?」
「…………兄さん」
月夜が答えを求めた目で呼びかけてくる。
……だが、話せば月夜の身も危なくなる……。
「兄さん、僕は大丈夫だよ」
「月夜……」
月夜は何かを感じとったのか、静かに手を握り微笑んでいる。
「はぁ、仕方無い。期待に答えられるか分からないが、情報を提供しよう。その代わりお前も――」
「ああ、わかってる。じゃ、話して貰おう。立ち話もなんだ。家に入れ」
清太は家の玄関へ向かい鍵を開ける。
その時、ふと思い出したように、振り向いた。
「ああそうだ。一応、武器は俺に預けろ」
二人は顔を見合わせた後、チッと舌打ちをしてから、夜月は銃を清太にしぶしぶ渡した。
「さて、まずはお前らの組織の拠点を教えろ」
「それぐらい知ってるんじゃないか?」
お互い腹のうちを探るように、目を見て、強気に声を発している。月夜はその空気に少し、押し潰されそうになる。
「わかった。話すよ。他には何を話せばいい?」
「お前らは今何をしているか、それと、閑の個人情報……ぐらいでいいや」
「それだけでいいのか?」
「どうせそれくらいしか知らないんだろ」
「まあ、そうだが」
「それに聞きすぎるとこっちも困る。聞いた分だけ話さないとならないからな」
少し、悔しそうに呟く。
清太は立ち上がり、さっきから気まずそうにしている月夜にジュースを渡す。
「サイダーでいいか? あ、何も入ってねぇぞ」
「月夜、貸せ」
月夜は素直にジュースを夜月に渡す。
夜月は一口、それを飲む。
「よし、問題ない」
「ありがと、兄さん」
「だから何も入ってねえって。毒味すんなよ」
清太は少し溜め息をついたあと、話を戻した。
「さて、話して貰おう。じゃお前らは今何をしている」
「組織ではよくわからない。だが、仲間たちが突然裏切ったり、死んだりしているから、原因を突き止めている最中だ」
清太は少し考えてから、口を開く。
「原因は何処まで突き詰めた?」
「全然。人数確認ぐらいしか」
「んで、お前は仕事をサボって何してる」
「美那という女性を調べてる。知ってるだろう」
「ああ、まあ……そうだな」
「閑さんの情報についてはどうすればいい?」
清太はまたもや、少し考えてから口を開く。
「あとで郵便で寄越せ。住所くらい知ってるだろ」
「わかった」
暫く、お互いに沈黙する。
次の手を考えているのだ。
このまま引き下がるか、もっと踏み込むべきか……。
今まで無言だった月夜が口を開く。
「……お前も何か話せよ」
「わかってるよ。で、美那の何が知りたい?」
頭の中で聞きたいことをまとめる。
夜月はゆっくり、口を開く。
「単刀直入に。何故、美那さんは亡くなったんだ?」
「それはよく知らないな。他は?」
「……美那さんは茂さんの恋人だったそうだが?」
「ああ、そりゃもう、仲良かったさ。わかりずらいけど」
「美那さんは茂さんの家に行ったことは?」
「いや、それは無いと思う。まあ茂は、美那の家に遊びに行ってたらしいけどな」
月夜は清太から貰ったサイダーを飲んでいる。その姿には、少し大人になったと言えども、まだ幼さが残っている。
清太が聞く。
「美味いか?」
「ん? う、うん……」
「ならよかった」
「そんなことはどうでもいいだろう」
夜月は二人の会話に瑞を指し、次の質問をする。
「美那さんは、茂さんの家のことについて知っていたか?」
「ああ、知っていた」
「では次に、美那さんはどういう殺され方をした?」
「なかなかエグい質問するな」
これがわかれば組織のことも少しわかってくる。組織は徹底しているから、大したことは聞けないだろうが。
清太は、思わぬことを口にした。
「美那の遺体は見つかっていない」
「……え?」
「家中が血だらけで、DNAが美那のものだった。血の量からして、遺体が無くても死んでいると断定するしかなかったそうだ」
「それは確かなのか?」
「ああ」
流石に月夜も察したようだ。
遺体が無いなんておかしい。
いくら、証拠隠滅だとしても遺体を持ち出すなんて面倒のかかることはしない。
いったい、誰が何の為に……。
「遺体を見たものは?」
「おそらく、いないだろう」
「今、美那さんの家は――」
「おっと、それ以上は駄目だ。割りに合わない」
清太は夜月の言葉を制した。
そして、続けてこう言った。
「それに、美那の家はもう無い。火事で全焼した」
「火事?」
「放火だと言われてるが、詳しくはわかっていない」
放火。その部分は組織でもやることだ。
「ますますわからなくなっていたな……」
夜月が考え込むのを見て、清太は溜め息を漏らした。
「もう十分だろ? 早く帰れ」
「わかってる」
「兄さん、行こう?」
月夜が服を掴み、軽く引っ張る。
夜月は頷き、席を立つ。
「武器を返せよ」
「はいはい」
清太は先程、夜月から奪った武器を夜月に手渡す。そして、夜月はそれを受け取る。
だが、なかなか、手を放してくれない。
「いいか。今回は見逃してやる。だが、次に会うときは、必ず……」
「はっ、負け犬の決め台詞か?」
「言ってろ」
「月夜。行くぞ」
「後でちゃんと閑の情報を渡せよ。ほら、さっさと消えろ」
二人は、厄介払いされたので、早々に家を出ていった。
「兄さん……」
「シッ……」
今はある町の路地裏。急に男数人に襲われ、逃げている最中だ。
「早速、追っ手が来たみたいだな」
「うん。でも、殺す気は無いみたいだね」
「ああ、そうだな」
自分たちを見つけても、すぐに殺しに来ないということは、何か情報を聞き出そうとそているのか。本当のことは定かではないが、組織の方では、意外と大変なことになっているみたいだ。
月夜が、少し、疲れた風に言う。
「とにかく、今日の寝る場所、探さないと」
「そうだな。まあ、逃げながらになるだろうけどな」
二人は町を逃げながら走り続け、たどり着いたホテルで仮眠をとることにした。
「兄さん、ところでこのホテル……」
「うるさい。追っ手が来ると困るから、交代で仮眠を取るぞ」
「ん、おーけー」
「じゃ、お前寝ていいぞ」
「おやすみ。兄さん」
「おやすみ」
夜月は可愛い妹の寝顔を確認してから、明日のことを考える。どう、行動すべきかを。
まず、治のところにおつかいを果たしに行かなければならない。閑の情報を渡すのは、そのあとだ。そして、どう、組織に戻るか。その点は茂に頼めばどうにかなるだろう。
夜月は今日、襲ってきたやつらのことを考える。相手は全員で八人。おそらく、明日はもっと増えるだろう。予想は、十五人ぐらい。
ふと、おつかいの品、茶色の大きい封筒のことを思い出す。あの中には何が入っているのだろう。
夜月は封筒に手をかける。
そういえば茂が、お前は好奇心が旺盛だからな、と言っていたのを思い出す。
確かに、そうかもしれない。
普段ならこんなことはしないだろう。
月夜が寝ていることを確認する。
夜月は躊躇うことなく、封筒を、開ける。
「……ん?」
中には手紙が一枚、そして、美那と思われる少女の写真。写真は病室、だろうか。点滴をしていて、顔も死んだように、白い。
「いつの写真だ? これは……」
夜月は手紙に触れ、内容をじっくり見てみる。
治へ
単刀直入に言う。
美那は生きてる。閑に利用されてる。
美那を襲い、連れ去ったのは閑だ。
理由はわからない。こっちも調べている最中だ。おそらく、何かの実験に使っているのだろう。
お前は今も俺のことを許してないだろうが、どうか、協力してほしい。
お前の方でもこの件を調べてほしい。
美那を助けたいんだ。
今の美那の状態はよく知らないが、身体は無事だ。
ただ、もしかしたら、記憶が無いのかもしれない。
成長も高校時代のままだ。
頼む。協力してくれ。
返事は下のアドレスからしてくれ。
‐‐‐‐‐.‐‐‐‐:‐‐‐‐‐@‐‐‐‐‐‐
「……嘘だろ……?」
何年ぶりに、本気で驚いただろうか。
清太も、美那は死んだと言っていたし、組織の資料にもそう書いてあった。これはどういうことだろうか。半ば信じがたい話だ。
何の為にこんなことを、閑は。
「早く、二人を会わせなければ……」
夜月は手紙と写真を封筒に戻しながら、今まで感じたことのない、違和感と、不安に襲われていた。
続いて第二章に突入します。徹や勇大もでてきます。
今後もよろしくお願いします。