5 ≫写真≪
C館二階、自宅前に落ちていた手紙。
真っ白な宛名の書いていない封筒。
手紙には血が付着していた。
「これはーー」
部屋で考え込む夜月。そのようすを、月夜は大人しく眺めている。
夜月は一瞬、躊躇った後、思いきった様子で手紙を開けてみる。
中には一枚の写真のみ。
優しい顔で笑う、高校生くらいの、セーラー服を身に纏った、可愛らしい少女の写真。
「何だ、これ?」
「えー、写真だけ? 入ってたのは」
「そうみたいだ」
二人は考え込む。
何故、この少女の写真だけが封筒に入れてあったのか。
「んー、茂さんに聞いてみる? 何か知ってたりして」
「そうだな。後で聞いてみるとしよう」
「兄さん早くゲームしよ~」
夜月は写真を封筒に戻し、一旦テーブルの上に置いた。
「今は……十一時、三十分か」
「七時頃に茂さんのとこ行って聞いてみる?」
「ああ、そうしよう」
「んじゃぁ~、ゲームしよっか!!」
夜月ははしゃぐ月夜を見つめた後、しぶしぶゲームをする準備を始めた。
午後六時、十三分。
茂はC館、二階会議室へと重い足取りで向かっていた。
「はぁ……だるいな……」
部屋の前に着き、息を吐く。
目の前の扉が、とても重く、頑丈なものに見えてくる。その扉をノックをせず、開ける。
実際にはそんなに重くはないが、今は鉄の塊でも動かしているような気分だ。
「遅刻だぞ。茂」
「……うるさい」
広々とした部屋にどん、と置かれた会議机。その中央、椅子の背もたれによしかかり、微笑んでいる男。
茂の兄である『鬼蘇閑』であり、この実験所、組の統括を担っている。
閑が口を開く。
「まあ、いい。お前が反抗的なのはいつものことだ」
「悪かったな。反抗的で」
「はは、全然反省してないだろ」
閑はニコニコと楽しそうに笑っているが、茂は違う。茂の向ける視線は、敵を見る目をしている。
閑はふう、と一息ついてから話始めた。
「さて、本題に入ろうか。単刀直入に言うと、この組織を嗅ぎ付けてる輩がいるそうだ」
「そんなのどこにでもいるだろ」
この組織は裏ではかなり有名だ。それでなくとも警察から注目されている組織なのだ。だから、嗅ぎ付ける奴なんかたくさんいる。
閑は眉をひそめ、少し困ったような口調で話す。
「どこにでもいる、そう思うだろ? でも今回はちょっと厄介みたいだ。あちこちから同時に見られてる。しかもあの菅野治も調べているそうだ」
「治………」
そうだ。あの治が動かないはずがない。
治は賢い。こんな組織、すぐに見つけるだろう。
いや、もう見つけているかもしれない。
「ん? 何だ、懐かしい名前か?」
「ああ、まあ…………」
少しご立腹そうな閑。
閑は次に「こんなことならあいつも殺しておけばよかった」と、そう呟いた。
「………今なんて言った?」
「ん? ああ、気にするな。ただの独り言だ。そんなことより、これを見てもらいたい」
閑は顔色を変えることなく、数枚の写真を出した。
「裏切り者の写真だ」
頭を拳銃で撃たれ倒れている。
どうせ組織から逃げ出そうとしたんだろう。
閑が言う。
「そいつは組織では殺してない」
「……は? どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。こいつが裏切ったと知ったのはこいつが死んだあと」
通常なら、裏切り者がいれば、表の世界に出る前に組織が排除する。
しかし、これは排除するまえに死んだということだ。
そんなの今までなかった。
「……なんでこいつは裏切り者なんだ?」
「組織の情報をどこかに流してたんだよ。何処かはわからない」
情報流出に気づかない。流出先を特定できてないなんて、初めてのことだ。
「何が起きているんだ?」
「さあ、でも一応、警戒しておいたほうがいい」
「わかった」
茂は踵を返し、早々に部屋を出て行こうとする。
「待て、茂」
「……なんだよ」
呼び止められ茂はしぶしぶそちらの方を見る。
閑が一言、心配したような口調で言った。
「お前も気を付けろよ。何が起こるかわからないから」
「兄貴ズラすんなよ」
そう言って、部屋を出ていった。
自分がもといた部屋に戻ると、廊下に夜月と月夜がいた。二人に話しかける。
「どうした? そんなところで…………」
「あぁ! 茂さん!!」
「おい、月夜」
月夜は相変わらす笑顔を振り撒いている。
夜月はそれを、少し慎め、と言わんばかりに、眉をひそめている。
「すみません。ちょっと聞きたいことがありまして」
夜月が申し訳なさそうに聞く。
「ああ、いいぞ。とりあえず部屋に入ろう」
「それで? どうした?」
話をするよう促す。
すると夜月は真っ白な封筒を取り出した。
「これは、俺たちの部屋の前にあったのですが、宛名が書いていません。それに、よくみると血が付着しています」
「うむ…………」
よく見ると、たしかにそうである。
封筒を開けてみる。
夜月が続ける。
「中には写真が一枚だけ入っていました」
中の写真を取り出してみる。
セーラー服を着た少女。これは…………。
「…………美那…………」
間違えるはずがない。これは、美那だ。
今は亡き、昔の恋人。
「美那とは、いったい誰ですか?」
夜月が興味がありそうな顔をして、聞いてくる。
茂はあまり動じないよう、振る舞った。
「昔の知り合いだ。気にするな」
「そうですか……ですが何故このようなものが俺たちの部屋の前に?」
「さあ、わからないな。とりあえず、これは俺が預かってもいいか?」
「はい。構いません」
かしこまる夜月の背後。ふとそちらを見ると、少し退屈そうにしている月夜が。
「退屈しているのか?」
「え? あー、うん。でもさっき兄さんとゲームしたんだ。少しは暇潰し出来たよ!」
「そうか。ゲームは面白いか?」
「うん! 茂さんもやってみる?」
ゲームはこの前、月夜に買ってあげたものだ。さぞ、気に入った様子で。
夜月が顔をしかめて月夜を見ている。月夜は無邪気に笑っている。
「おい月夜! いい加減にーー」
「わわっ! 兄さんが怒ってる!」
月夜はそう言って、茂のところまで来て背後に隠れる。
「あ、おい!!」
「まあ、そう怒るな。落ち着け。別に俺は気にしてないしな」
「すみません…………」
「だからいいって」
少し落ち込む夜月に、隣で口を尖らす月夜。
この兄妹がいると、なかなか飽きない。
「ったく、お前ら本当に仲が良いな」
「では、そろそろ。月夜! 行くぞ」
「はぁーい…………」
夜月と月夜はそろそろと帰って行こうとする。
夜月は一礼してから部屋を出る。
月夜は振り返る。
「今度一緒にゲームしようね!」
「ああ、今度な」
二人は帰っていった。
月夜は今頃、こっぴどく叱られているだろう。
二人がいなくなった部屋はとても静かだ。
封筒の写真を取り出して見る。
「美那…………」
懐かしい。
久し振りにみた、大好きな笑顔だった。