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4 ≫伝言≪

 数日前。鬼蘇兄妹逃亡の三日前。

 現在は午前十一時。

 ある部屋に、夜月は向かっていた。

 ここは実験所。白い壁。薄茶色の床。病院のよう。

 夏の蒸し暑さが身体にへばりつく。

 コツコツと靴音をたて、ある部屋の前へたどり着く。ドアをノックし、声をかける。

「夜月です。伝言を頼まれて来ました」

 伝言、おそらく、重要なものだろう。

 返事を待つ。すぐに「入れ」と、低い男の声がする。ドアノブに手をかけ、深呼吸してから中に入る。

「失礼します」

 部屋を見渡す。自分の前には大きな、アンティーク調のデスク。それと、男が一人。

 声の主である、『鬼蘇きそしげみ』。夜月の親代わりである。

「あっ! にーさん!」

 声のする方を見る。横にはにこにこ、と言うより、へらへらしている女が一人。夜月の妹、月夜だった。

「……何でお前がここに居る」

 夜月は低い声音で睨みながら言った。

「いやぁ、ちょっと暇だったからさ~。兄さんは見当たらなかったしぃ」

「だからって茂さんの部屋に来るなんて………ったく、お前が居ると仕事の邪魔になるだろう」

 月夜は少し落ち込んだ表情を見せ、謝罪をした。

 それを茂は意地悪そうな笑顔で見つめる。

「まあ、いいじゃないか。それに月夜のマイペースっぷりは今に始まったことじゃない」

「えぇーー!!」

 月夜は少し騒がしいが、茂は動じない。それどころか、むしろ集中している。

 茂が問いかけて来た。

「今日は何をしていた?」

「ずっとA館の方で資料と、個人情報の整理を」

「そうか。それはご苦労だったな」

「いえ。このくらい、どうってことありません」

「ったく、お前は少し笑ったらどうだ? あまり言いたくないが…………昔の俺にそっくりだ」

 眉をへの字に曲げ笑う。

 昔の茂に似ている。そう言われて悪い気はしない。

 夜月は茂に質問をしてみる。

「昔はどんな感じだったのですか?」

「家にいるのが嫌で友人宅と………友人宅を日替わりで泊まりに行っていた。相当ひねくれていたな。今もだけど」

 友人宅と友人宅のあいだの微妙な間が少し気になったが、それより気になることが。

「…………似てますかね?」

「あー……んー、似てない、な」

「そう、ですね…………」

「そうかなぁ………似てると思うけど」

 月夜がいきなり口を挟んでくる。

「月夜、お前態度悪すぎだ。そもそも敬語で話せよ」

「えーいいじゃん、別に」

「そうそう。あ、そう言えば月夜は俺の友人に似ているな。もの凄く」

「友人、というと……菅野治ですか?」

「ああ、そうだ」

 菅野治。昔、茂との間で問題を起こした、と言われている男。所内でも噂されている。

 茂が夜月に聞く。

「ところで、伝言とは?」

「あ、すみません。本来の目的を忘れていました」

 茂は少し微笑み「気にするな」と一言。そして夜月の次の言葉を待つ。

「閑さんがーー」

「……チッ」

「あ、えと…………」

 茂は小さく舌打ちをした。

 それに夜月は戸惑う。

「ああ、別にお前に対して舌打ちをしたわけじゃない。気にするな。それで?」

「あ、はい………それで、閑さんが『C館の二階会議室に午後六時に来るように』とのことです」

 この実験所は三つあって、A館一階建て、資料などの保管場所。B館一階建て、地下二階あり。人体実験など、あらゆる危険な実験をする施設。C館二階建て、研究員などの宿泊場所。がある。

「あのクソ野郎………。伝言、有難う。ご苦労だった」

 茂は心底嫌そうな顔をする。

 夜月は用がすんだので頭の弱い妹を連れて部屋を出ていくことにした。

「では俺はこの辺で。月夜、行くぞ」

「ゲームしてくれるなら」

「はあ、わかったから」

「わぁーい! 茂さんっ、失礼しました~」

 月夜は軽く挨拶をしてから早々に部屋を出ていく。

 兄はそんな妹を見つめ、ため息をつく。

「お前も苦労しているな」

 茂の言葉に夜月は「すみません。俺の妹が……」と呟いた。

「いいじゃないか元気なのは。早く行ってあげたらどうだ? 可愛い妹が待ってるんじゃないのか」

「では今度こそ、失礼します」

 そう一言告げ、夜月は退室した。

「午後六時………腹減るな……」

 茂は嫌そうな顔をして、窓の外、澄んだ青空を見つめた。



 C館二階、自宅前で立ち尽くす二人。

 夜月の手には真っ白な封筒が。

「兄さんこれなに?」

「さあ……? 宛名も何も書いてないな」

 本当に真っ白な封筒である。何も書いていない。

「月夜、とりあえず部屋に入ろう」

「うん」

 扉を開け、部屋の中に入る二人。

 夜月はまじまじと、もう一度、封筒を見る。

 よくみると、小さく、何かが飛び散ったような、極僅かな点が。

「これはーー」

 それは赤黒い、乾いた血であった。

 

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