15 ≫笑顔≪
閑の体が床に転がる。顔は微笑んだままだ。
「…………」
それを茂は黙って眺めた。なんとも言えない虚無感に苛まれる。
それにしても、実に呆気ない最期にしてしまった。閑は、もっと華やかな死を、望んでいたのではないかと、ふと思ってしまった。
だが、そんなことを考えている暇はない。一刻も早く、美那に会いに行かなければ。もうじき、警察も来るだろう。
茂は迷わず美那の下へ走り出した。
いくつもの廊下を駆け抜ける。瓦礫やガラスの破片が飛び散っている中を、ひたすら駆け抜ける。
閑と話している間に、建物は酷い有り様になっていたようだ。全く気づいていなかった。
どんどん周りが埃っぽくなっていく。その道を抜けた先に、薄汚い扉が待ち構えている。ドアノブにしがみつき、回す。ガチャガチャ音を立てるが、開かない。
仕方なく、体当たりをし、扉を壊して入る。
部屋の中は清潔だ。中央には車イスに乗った美那が、昔と同じ、透き通った瞳でこちらを見つめた。
「どなた?」
「……俺だ。……茂だ」
「……ああ……! みっちゃん? いつもと様子が違ったから、誰かと思ったよ」
彼女は何も変わっていなかった。
さらさらの髪も、綺麗な瞳も、白い肌、長いまつ毛、記憶、こちらに向ける笑顔……。全てが、高校時代のまま、変わっていなかった。
「みっちゃん。なんか、疲れてるね。大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ」
「そうは見えないんだけど……。凄いふけて見えるよ?」
「……ふけたんだよ」
そう、他愛のない会話をし、茂は美那を抱きしめた。
懐かしい温もりが、心を包み込む。
「美那。ここは危ないから、移動しよう」
「……うん……?」
茂は車イスを動かそうと手を添える。だが、それを優しく包むように美那の手が重なる。
「待って……あの、その……お姫様抱っこ、とか、してほしいなぁーって……。だめ?」
「……そんなことか」
茂は優しく、ゆっくり、美那を抱きかかえ、歩みだした。それに美那は、凄く可愛らしい笑顔を浮かべた。
別の部屋に移動した二人はこの雰囲気の中、一旦落ち着くことにした。美那をソファに座らせ、その横に茂も腰を下ろす。
「みっちゃん。なんか……ここ、変だね」
「そうだな」
「みっちゃん。むっちゃんはどこ?」
「治ならその辺で油でも売ってるんだろう」
「学校、行かなくていいの?」
「それは……」
問いかけられたことに、どう答えればいいのか、全くわからない。閑が施した実験の結果、美那は姿どころか、記憶まで、当時のままのようだった。
言葉を詰まらせながら、茂は答える。
「その……今日は、休みなんだよ。学級閉鎖だ」
「風邪か何か、流行ってたっけ?」
「そうだぞ。寝ぼけているのか?」
「えぇー」
美那は今の答えには少し不服なようだった。だが、他になんて言えぱいい? 今、真実を話したところで、混乱するだけだ。
そろそろ頃合いだと思い、茂はコップ一杯の水と、毛布を持ってくる。
「美那。喉乾いてないか?」
「んー、少し」
「ほら、これ」
「ありがとう。みっちゃん」
美那はコップを両手で持ちながら、コクコクと、ゆっくり水を喉に流していく。半分飲んで「ふぅ」と一息ついた。
「そんなに喉が乾いていたのか?」
「え、あ……うん」
彼女は少し、頬を赤く染め、笑った。
恥ずかしそうにする姿も、また可愛らしい。
「みっちゃん……なんか、眠くなってきたよ……」
目を擦り、訴えてくる。こぼしてしまうからと、コップを受け取り、テーブルへ置いた。
「眠いなら、少し眠ったらどうだ?」
「うん……そうする……」
美那はソファに横になり、うとうとする。茂は先程持ってきた毛布を彼女に掛けてやり、頭を優しく撫でる。
そして静かに、子守唄を歌うかのように、悲しい色を帯びて、言った。
「美那、今までありがとう。色々と、すまなかったな」
「……?」
「あとは治がどうにかしてくれるから、心配するな」
「……うん……」
「愛してる。美那。最期にお前に会えて、よかったよ……」
「……し、げみ……?」
美那は久しぶりに、茂と呼んで、何も知らぬまま、眠りについた。
×
バタバタと足音が近づいてくる。
扉を勢いよく開け、親しんでいる声が聞こえる。
「茂! 大丈夫か!?」
「遅いぞ治。夜月と月夜はもう逃げたぞ」
治が息を荒げながら、とことこ歩いてくる。この程度で荒げるのだから、こいつも歳をとったものだな、と他人事のように考える。
「……! 美那!?」
治がソファで眠っている美那を発見し、駆けつける。
「大丈夫。眠ってるだけだ」
「そう……」
「テロの方は?」
「問題ない」
治は相変わらず、素っ気ない態度をとる。昔のように「しげっち」とも呼ばなくなった。それが無性に、寂しく感じる。
治が真剣な眼差しでこちらを見る。
「どうして、テロを起こしたんだ?」
「閑が言うに……あれはカモフラージュに過ぎないんだとか。本当に大事な実験を隠すためと、その資金集めの為らしい」
「本当に大事な実験って?」
「蘇生薬作りだ」
「はぁ?」
治が訝しげな表情をする。
続けて、トゲのある口調で言う。
「そんなの出来るわけないだろ」
「それが、近くまでは来ている。美那がそれだ」
「どういうことだよ?」
このことも重要だが、今は話をしている暇ではない。早くここから逃げてほしいものだが、話さなければ治はきっと、駄々をこねるだろう。
「自然治癒力みたいなものだ。傷と同じような感じで、身体を治すんだ。若々しくな。それを繰り返せば、死体も蘇らせれると思ったんだろうな。……閑は」
「でも、なんでそんなことするんだ?」
「さあな。そこまでは知らん」
「美那は、大丈夫なんだろうな?」
治の威圧に気圧されながらも、声を振り絞り、真実を伝える。これから、重要になってくるだろうから。
「美那は……薬の副作用からか、身体は不自由だし、記憶も混乱していて、高校時代で止まっている」
「…………」
言い表せられない怒りが、ズキズキと伝わってきた。
だが、こんなことで怯んでいる場合ではない。早くしなければ。そう思い、茂は話を進める。
「治。美那を連れて今すぐ逃げろ」
「言われなくても」
「それから、夜月と月夜のこと、頼んでいいか」
「別にいいけど……自分の部下ぐらい、自分で面倒見ろよ」
その言葉を無視して、茂は窓枠へ近づき、空を眺める。
青空と雲が絶妙なバランスを保ち、とても綺麗だ。
「早く行け」
「茂、何してる……? お前も行くんだろ? 自首しろって言ったろ?」
「その事だが……ちゃんと考えたさ。けど……」
閑を撃ち殺した銃を、取り出す。
治との仲がこじれたまま終わらせるのは、少し残念だ。欲を言うなら、昔のように、笑顔で笑い合いたかった。
「茂、何してる……!?」
「もう嫌になってな。何もかも。ここまで自分が弱いとは思ってなかったよ」
「やめろ、茂」
治がジリジリとこちらに近づいてくる。それを無視して、こめかみに銃口をあてがった。
「美那と、それから夜月と月夜を頼んだぞ」
「やめろ馬鹿!!」
最期まで、友の優しさを感じ取れてよかったと思う。やはり、治は表にいるべき存在だ。
茂は今までの思いを、笑顔を浮かべて、伝える。
「ありがとう。治」
「やめろって言ってるだろ!! 馬鹿!!」
「……もう、終わらせてくれ……」
久しぶりに涙を流した。どういう思いで流れたものかは、理解できなかった。ただ、泣きたかった。
引き金を引く。
最期に見えたのは、友が自分のもとへ、必死に手を伸ばしている姿だった。
引き続き、しげっち終了のお知らせ(笑)
二話連続で終了のお知らせをしてしまい、申し訳ありません。
あと残り少しもお楽しみください。