14 ≫兄貴≪
「治さん、夜月兄さん達はどこ……?」
「……さっきまでいたはずなんだ。それで、一緒に作戦を立てて……」
バタバタと騒がしく動き回る警察。驚いて動けない治と徹。
徹はハッとして、治の腕にすがりつく。
「治さん! 早く! 早く二人を探さないと! 遠くに行く前に!!」
「あ、ああ……行こう……!」
二人は外に出て、急いで車に乗り込み、シートベルトをする。治がアクセルをグッと踏み込み、車はせわしなく動き始める。
「治さん、さっきまでは二人とも居たんだよね?」
「ああ。確かにいたさ。月夜ちゃんはずっとお兄さんの後ろに隠れててね。二人とも動く気配が無かったから、油断してたよ」
「そう……」
「……ごめんね。徹」
「大丈夫だよ」
治は、普段の柔和な顔立ちからは想像がつかない、怒りの表情をみせる。それは、何に対して怒っているのか、徹にはよくわからなかった。
街は人々が楽しそうに交差している。
徐々に、波のような人込みは、静かな川の流れへと変わり、あちこちに見慣れた建物が現れてくる。
「治さん……? 何処に向かってるの? 道、こっちじゃないよね?」
徹は違和感を感じ、それでいて、自分が思っている真実を、確かめるために、治に聞いた。
治から帰ってきた言葉は予想通りのものだった。
「君は家に帰った方がいい。この先、何が起こるか、わからなくなってきたからね」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、夜月兄さん達はどうするのさ!?」
「僕が連れて帰るから、君は家で待ってるんだ!」
「そんなの嫌だよ!!」
「徹! 今日ぐらいはちゃんと言うことを聞きなさい!!」
治に始めて怒鳴られた。
徹は、怒鳴られた怖さと、夜月達を探しに行けない悔しさで、泣きそうになるが、こらえる。
治の言うことは最もだ。子供が関わって良いことじゃない。
「けど……けどさ……」
「徹。家に帰るんだ」
低い、威圧感のある声で、治は言った。
「……わかったよ……」
もうすぐで、事務所に着く。
×
「月夜! ちゃんとついて来てるか?」
「うん……大丈夫だよ……」
暗がりの道を二人はひたすら走った。目指すは茂のもと。早く行って、茂を助け出さねば。
目的地の扉を勢いよく、バンッ、と開ける。
「茂さん! 居ますか!?」
「どうした。そんなに慌てて」
「そりゃ慌てるよー」
月夜が後からやってくる。呑気な言葉を言ってみせるが、表情は焦りをかくしきれていない。
夜月が言う。
「組織の内部分裂が始まりました。閑の派閥は勢いをつけ、茂さんの派閥は皆、それぞれ逃走を始めました」
「そうか。計画通りだな。あとは上手く、組織が崩れてくれればいい……。お前たちも早く逃げろ」
「そんなことしないよ!」
月夜が茂のもとへ駆けつけ、手を握る。
「茂さんも、一緒に逃げましょう」
「……夜月、月夜。それは無理だ」
「何故ですか……!?」
「そーだよ! 一緒に行こう!?」
その時、扉の方から影がユラリと近づいてきた。
「駄目だな茂。もっと賢い行動をとらないと」
「閑……!」
ゆっくりと、かつ、しっかりとした足取りで、閑が近づいてくる。
「組織を壊滅させようだなんて……どういうことだ?」
「こんなの、おかしいだろ」
「おかしいのはお前の方さ。こんな面白いこと、手放すなんて」
閑にとって、これはゲームなのだ。自分さえ、楽しければそれでいいのだ。
茂は夜月の方をしっかりと見て、そして、はっきりとした口調で指示をした。
「夜月、逃げるんだ」
「そんな! 出来ません!」
「いいから、逃げるんだ!」
有無を言わさない威圧感。
「頼むから、逃げてくれ……!」
それは、夜月には、最期の願い事にしか、聞こえなかった。
「……兄さん?」
夜月は強く、月夜の手を引いた。そしてそのまま、出口へと走り去って行く。夜月の横顔は悔しさに歪んでいた。
「さて、邪魔者もいなくなった事だし、ちゃんと話をしようか」
閑は楽しそうな顔をする。まるで、久しぶりに、弟とじゃれあうような顔。
こちらはちっとも楽しくない。むしろ怒りだ。
怒りと、悲しみが沸いてくる。
「……これも計画通りか?」
「ああ。実に楽しいよ。計画通り、薬も出来上がってきてる」
「蘇生薬か。あんなもの何に使うんだ?」
「蘇生薬ってのは、少し間違えているけどね」
茂は懐に隠している、小銃を頭に思い浮かべる。取り出すタイミングを考えなければ。
閑が続ける。
「あの薬があれば、俺はずっと生きていられる。ずっとは無理だとしても、人より長く生きていられる。体が朽ちたとしても、蘇る。」
「だからなんだよ」
「つまり、長く“世界の上に立っていられる”ってことさ。どうだ? 面白いだろ」
「イカれてるな……」
いつから、こうなってしまったのか。
昔はあんなに優しかったというのに。
「冷たいこと言わずにさ、一緒に上に立った時の景色を見てみようよ。きっと、綺麗で……滑稽だ」
「滑稽なのはお前だ」
茂は懐から、小銃を勢いよく、閑に突きつける。すかさず引き金に指をかける。
「……何をする気だ?」
「お前を殺すんだよ」
「実の兄貴だそ? 殺すだなんて酷いなぁ」
「うるさい。俺の兄さんは……こんなに狂ってない」
「狂ってるのは俺じゃない」
フッ……と、閑から笑顔が消えた。
それと同時に、茂は指に力を入れる。
閑をもとに戻すには、この方法しかないのだ。
「殺したいなら、そうすればいい」
カタカタと手が震える。
「何を戸惑ってる。あとは引き金を引くだけだぞ」
フーッと息を吐き、無理矢理、心を落ち着かせようとする。
心に決めていたことなのに、いざとなると、震えて何も出来ない。仮にも、兄貴だからなのだろうか。
「茂……」
閑は優しい微笑みを浮かべる。
いつもそうだった。
閑は茂に甘く、いつも笑顔を見せていた。
銃を突き付けられてもなお、それは変わらなかった。
だが。
「お前は変わったよ。狂ってる」
手の震えが止まらない。
「狂ってるのは俺じゃないって言ってるだろ」
「……そうかもしれないな。けど、もう手遅れだ。何もかも。そうだろ? 兄さん……」
引き金を引く瞬間、閑は昔と同じ、優しく微笑みかけた。
けれどその笑みは、閑の謎は、乾いた音に、掻き消された。