1 ≫日常≪
≫罰ゲーム≪ 続編です。
≫罰ゲーム≪ を読んでいない方は、そちらを読んでからの方がより、楽しめると思います。
誰も、他人の事など気にしない。
気にしないで、通りすぎていく、路地裏。
ぽつぽつと降っていた雨がだんだん激しくなる。
大雨の中、倒れるように座り込む少年の姿。
その少年に、傘と、手を差し出し、話かけてきた、一人の男。その男が自分の名を述べる。
「君、大丈夫? ……僕は菅野治。一応、探偵だよ」
×
「とーおーるーくんっ!!」
“とおる”と呼ばれた、と言うより、飛び付かれ耳元で叫ばれた少年は声の主の方を嫌々見る。
「……何だよ煩い。鼓膜破けるだろ」
「相変わらず仏頂面だなー。ほら! 笑えぇ!!」
「笑えるか!!」
今物凄く煩い奴にからまれてるのは『山口徹』。いや、今は、“菅野”徹だ。
そして徹の鼓膜を破りかけた奴は『斉藤勇大』。
二人は十四歳。中学三年生だ。ちなみに同じクラス。
放課後、誰もいない教室で二人は駄弁っていた。
「さっきから煩いんだよ。勇大は。てか抱きつくな。苦しい。気持ち悪い」
「ええい!! 今日こそお前を笑わせてやるぅ!!」
「だから何で俺を笑わせようとするんだよ!」
「いやー、知り合ってからお前の笑ったところ、見たこと無いからさ」
「あー……まあ……」
あのときの事は今でも過るのに、もう四年もたったのに、鮮明に脳裏を過るのだから、笑うだなんて。
あの光景を思い出しながら笑うだなんて、無理だ。
「おーい。ダイジョブかあー」
勇大が目の前で手を振る。その距離が近い。近すぎる。
「お前、言動が常に煩いぞ。馬鹿か」
「そう! 俺は天性の馬鹿‥……って馬鹿とはなんだ!!」
ナイスノリツッコミ。よくやったな。それ。
徹は心底呆れたような顔をして、窓の方に目を向ける。
外では野球部が部活動をしている最中だった。この暑さで走るのは大変だろう。
横では勇大がまだぶつぶつ文句を言っている。
「確かに、俺とお前じゃ月とカメかもしれないが……」
「月と鼈、な」
「ああ、そうそう。スッポン……」
少し落ち込んだ勇大を放置し、徹はそそくさと下校しようとする。が、スッポンと言う名の馬鹿がまた騒ぎ始める。
「ちょっと待てぇい!! 数学教えろつってんだろ!!」
「やる気の無い奴に教えたくない」
スッポンのせいで本来の目的を忘れつつあったが、実は勇大の成績がかなり危険な状態にあるため、勇大が徹に教えてくれと喚いていたのだ。
勇大が何かいい考えを思い出し、手をパンっと叩き、徹を指差した。
「決めた! 俺は今からお前の家にいく!!」
「……は? 今何て?」
「だ~か~ら~。お前の家にーー」
勇大が言葉を言い終わる前に、徹の手が勇大の頭を叩いていた。
「いだっ! 何すんだよ!」
「絶対ダメ」
「何でだよ。いいだろ~。……はっ! お前、見られちゃまずいものでもあんのかよ~」
勇大がにやにやする。
見られちゃまずいもの。そんな物は無い、と言いたいところだがかなりある。
カップ麺の残骸とか、残骸とか、開いたままのお菓子とか、お菓子とか、働かないダメ大人とか。
勇大が流石にまずかったかと言わんばかりに不安そうに徹の顔を覗き込む。
「あ、治さんの迷惑になる?」
「あの人なら年中無休365日自由奔放に生きてるよ」
「お、おう……」
「ま、そんなにあの人が気になるなら連れていってあげてもいいけど?」
「さっすが徹! んじゃ行きますか!」
「はあ、もう疲れたよ……」
上機嫌で教室を後にするスッポンを追いながら、たまには悪くはないか……と思った徹だった。
町の商店街を歩く二人。
途中で駄菓子屋に寄ったり、コロッケやたい焼きなどを食べた。
お互い帰宅部だから時間は沢山ある。
「てか学校帰りに買い食いしちゃ駄目だよな」
「先にしたのは勇大だろ」
「そーだけどよ、お前も食ってんじゃん」
「まあ……美味しいし……」
放課後に買い食いや友達の家に遊びに行くのは本来ならば禁止されている。だから一回家に帰ってから遊ぶべきだが勇大が言うことを聞かず、この状況である。
「もうすぐ着くから」
治の探偵事務所が近いことを知らせる。
「おっ。まじ? いやーなんか緊張する」
「何で?」
そわそわ落ち着きの無い勇大に理由を聞く。
「だってさ、治さんたら、警察でも解決出来ないような難事件を解いちゃうすごい人だぜ。顔見たことないけど」
「期待しないほうがいいよ。頭はいいけど駄目人間だから」
溜め息をついた徹は、前を見て歩き始める。
もうすぐで目的地に着きそう。そんなとき。
前の方、人混みに紛れて、見覚えのある顔。
目を凝らして、よく見てみる。あの二人は。
徹は二人を追いかけるべく、足を動かした。
「おい! 徹!! どこ行くんだよ!!」
勇大の声を無視して徹は走り去って行った。
「はぁ、はぁ、待って! お願いだから!!」
人混みを掻き分け、声を荒げ、叫ぶ。
幸せな日常から、夢に引きずり込まれた感覚がする。
周りの人は何事かと徹の方をいぶかしげに見る。
視線が痛い。
「待って!! 夜月兄さん!!」
目の前を歩いていた人は一瞬、立ち止まり、こちらを見たが、すぐに立ち去ろうとする。その動きに無駄が無い。
徹は「クソッ!」と吐き捨てて、またその人影を追いかけた。
「なあ、いきなり走り出してどーしたんだよ」
徹に追い付いた勇大が心配そうな顔で聞いてくる。
「夜月兄さんと月夜姉さんがいたんだよ……」
「よくわかんねぇけどよ、見間違いじゃないのか」
勇大には前に自分の事を少し話しておいた事がある。それを知った上で勇大は徹と一緒に居る。
「とりあえず、もう事務所に行こう」
「ったく、俺を置いて行くなよな」
「ごめん」
うつむく徹に勇大が意を決したように大声で宣言する。
「よし! 今日はお前の事を少しでも多く治さんから聞き出すぞ! 知らないことが多すぎるからな」
フフンと、鼻をならして、どや顔をする。
「詮索すんなよ」
「いいだろ別に。お前の唯一の友達だし。お前ともっと仲良くなりたいから、お前のこと理解したいんだよ」
「はあ?」
一瞬、気まずい空気が流れたが、すぐに勇大が口を開く。
「俺今良いこと言わなかった?」
「それ言っちゃ駄目だろ」
へへへっと勇大は笑った。照れ隠しだろう。
本人はわかっていないだろうが。
「まあいい。そろそろ行こう。時間をかけすぎた」
「帰宅部だからいいだろ」
二人は元の道を戻り、探偵事務所へ向かった。
×
「兄さん。今徹っぽい声しなかった?」
「気のせいだろう」
「じゃあ何で急がせたの?」
「徹がいたからだ」
「気のせいじゃなかったじゃん」
「煩いぞ。今はそれどころじゃないのを知っているだろ?」
「ああ…………僕達、逃げてるんだった」