1日前
目が覚めてみれば、どうってことなかった。
いつも通りの部屋で、剥がれかけた天井から埃が落ちる。唐紅の鎧は昨晩と同じく部屋の角っこに申し訳なさそうに縮こまり、暗い甲冑の後ろには金色の目が見えた。あだ名はまだつけていないが、友情は芽生えているはずだ。俺は彼の名前をしらないけど。
少しすると顎のあたりがズッと動いてロボットダンスの動きだしみたいな不自然な見上げ方をしてきた。金色の目はヤドカリの宿で、彼は彼じゃなくて3人の彼らかもしれない。
俺は棚の上に行儀良く並べてある3つのサボテンを指差し、名前を尋ねてみた。鎧はカタツムリよりゆっくりと首を振った。
今日の朝日はエビグラタンの色で、焼き焦がした家の屋根はうんざりだと溶け始めた。段々と影が少なくなって、最後、俺は光の戦士。まあ、要は、今日はグラタンにかかったチーズの上にいるように暑い。
甲冑の中はどう考えても地獄絵図で、汗をかく前に干からびそうなほど暑いだろう。けれども甲冑を取れとは言わない、否、言えない。甲冑をとるのは人間が皮膚を剥ぐのと何ら変わらない。そもそも彼は甲冑に頼って形を保っているから、甲冑を脱ぐことはアイデンティティの剥奪に他ならない。悲しい運命、と思うかもしれないが、可視のアイデンティティを持つ彼が本当は羨ましいだけだ。
彼は窓の外の遠くに輝く太陽を一瞬見たあと、すぐに目を伏せた。ヤドカリ一匹、死んじまった?やめてくれ、ここは俺の部屋だ。
心配する俺に気づくと彼は金色の目玉をギョロリと動かしてみせた。口は無いが笑っているようだ。