俺、食堂で働く
「ラギ!、俺今日の日替わりスープとキノコのサラダ、あと麦酒」
「はい、ゼイルさん今日は早かったんだね、パンが焼きあがったところだけど、どう?」
「そうだなぁ、1つ貰おうか」
「了解!」
あれから、10日経った、まぁあっという間だったな。今日までの間一体何があって、こういう状態なのかちょっと語っていこう。
俺は、あのまま腰が抜けて動けなくなったじいちゃんとばあちゃんを両腕に担いで、2人の家へ帰った。
ありがたい、ありがたいねぇと右と左から手を合わせて拝まれていた俺に、おばさんは大笑いした。
あぁそのおばさんは、この小さな村で一軒だけある、食堂兼ねる、酒屋の女主人でマールさんと言って、今俺はそこで働いている、いわゆるホールスタッフってやつだ。
店の名前は、白竜亭と言うのだが、大昔からこの名前だったらしく店の吊るされた看板には、2本足で立ち上がった白い竜が手に何かの花を持っている。
宿泊も兼ねた白竜亭は、この辺りの特産品であるらしい輝石の取引のために2、3人大きな街からの買い付け商人が泊まっていた。
村のだいたい三分の一が、採掘や採集の仕事をしているらしく、いろんな石の相場表みたいなのが店の壁に貼ってある。
村の中心で社交場である白竜亭に事件が起こったのは、一週間前だった……。店にはもともと、リアノさんと言う看板娘がいた。
結婚してもそのまま辞めずに働いていて、お腹に赤ちゃんができてもがんばって働いていたのだが、一週間前に激しい腹痛があり、ドクターストップがかかり、大事を取ってそのまま休止したのだった。
困ったマールさんは、村の相談役だったジジババ……、もう2人の事はそう呼ばせてもらうが、相談して、俺が派遣された……。
2人は最初、風呂で体を洗う事まで世話しようとしたが、俺が嫌がったのと、じいさんが風呂で滑って、おでこをぶつけてタンコブつくったので、今では逆にじいさんの背中を洗っている。
ばあさんは、何やら急に張り切りだして、俺の服を何着も縫い出した。しかし、肩が凝りすぎて目眩がし、店に出始めたと同時に家の家事もしているこの頃なのだった……。
「ラギさん、今日はもう上がっていいよぅ、じいちゃん風呂に入れるんだろ?、ばあちゃんの湿布カゴに入れといたから、忘れんじゃないよ」
「いつも、すみません」
「いいさぁ、いつも世話になっとるしラギさん頼りになるからさ」
世話になっとるのは、俺なのだがな。
今日からここがお前さんの家なのだようと、ジジババが家に入れてくれた。名前がなくちゃ不便だね、でも心の中に覚えている本当の自分の名前は誰にも教えちゃだめだよと、ジジババは何やら意味深に俺に言い含めた。
なので、もう安直に同僚の鏑木の名前を貰った。カブラギと発音しにくいようで、カブラ、ブラともうギャーと叫びたくなるようなこっぱずかしい名前に省略されそうになったが、ラギで落ち着いた、この先、名前が野菜か女性下着の呼称では、俺は悶絶死した事であろう……。
おっと、そうだ、俺の例の髪の毛なんだが、ある方法で短くしたり伸ばしたりが自由になった。俺にはもともと、竜力、という魔法みたいな力が体の中にあるそうで、その力が必要で無ければ引っ込める事が出来るというものだった。
力を解放すると、あのズルズルバージョンになるのだがとても体が軽く、力も強くなる、何やらあっちこっちが強化されるようで、一度夜中に開放して散歩してみたのだが、民家の屋根の上でも一っ飛びだった。ただ、何と言うか、実は俺その時初めて自分の顔をマジマジと見たわけで……。
みんなが、俺の顔を整ってるとか男前とか、ジジババに至っては、きれいとかかわいいとか言っていた意味がようやっと分かって、恥ずかしすぎて半日熱出してぶっ倒れたのだった……。
そんななので、そういう時は竜力だだもれバージョンと心の中で名前をつけた。竜力を絞っていくと、顔の造作が多少変化していくようで、細かい事は出来ないのだが、竜力半分くらいを一般人バージョン、まったく0の時はへのへのもへじから、もへ次バージョンと勝手に言っている。もへ次になると、店の中で客と店員合わせて5人くらいしか居ない場合でも、俺がどこにいるか一瞬探すんだそうだ。
まったくもって、不思議な能力だが、これが無いとはっきり言って村ではやっていけない。
店で働いている最中は、一般人で通している、結構力も使うし、笑顔で接客すると仕事がしやすいのだ。
ただ、力を抑える、という能力に力を使うということで、家に帰ると体も心もぐったりで、寝る時は誰に見られるでも無いし、自然体のだだもれで寝る。
竜の姿にも何回かなってみた、ジジババがどうしても見たいと言ったから。竜の鼻の頭を何度もやさしく撫でてくれたけど、その時の二人の顔がうれしそうな、でも寂しそうな表情になった事が少し気がかりでもある……。
今は、村で何とかやっていけてる、竜とか人とか関係なく、まぁ俺の正体知ってるのは3人だけなんだけど、村の人はあっさりしてて、たった数日ですっかり村に俺は溶け込んでしまったのだった。
俺、名前がやっとつきました! でも本名じゃないのがミソ
次回は他の竜の情報をちょっと聞きます