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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第三章
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俺と帝都の家

(主殿、どうして人は服とやらを着るのだ? )


「いきなりどうした、アキト。そりゃ毛皮が無いから寒いし、裸ってのは恥ずかしいんだよ」


アキトが朝、タライの前にしゃがんだ俺の足にすり寄りながら問いかけてきた。


(主殿は裸の方が綺麗ではないか、服を着るなぞもったいない)


「───人には色々都合があるんだ。裸でうろついていたら変態だ! 逆にアキトに毛皮が無かったらどうする? 困るだろう? 」


(それもそうである)


納得したようだ、やれやれ。

俺はジャブジャブタライで洗濯しながら、アキトの後ろ姿を見送った。


日の出と共に起きて、出掛ける準備をしつつ家事もこなす。リイラはまだ寝てる、寝ていて貰った方がいいのだ。一緒に洗濯したがるから。余裕がある時はフンフン歌でも唄いながら一緒に遊びつつやるが、忙しい時は勘弁だ。


起きるとき髪の毛にリイラが絡まって大変だった。

髪の毛を握りしめながら寝返りを打って暴れるから、グルグル巻きになるのだ。


最初の頃は困るなぁと思っていたが、よく考えると俺の髪の毛から竜力を吸収しているのかも知れない。


この家の鍵は竜園で一つ持って貰っている。


別に誰が来てもいいのだ、たいした物は置いてない。

たまに俺の留守中に誰かが入った気配はしている。

近所の人は俺が子供を抱えて田舎から何かしらの事情で、兄弟やいとこ親戚が多い帝都に引っ越してきたと思っているので。

留守宅に出入りがあっても、あまり気にしていないようだ。


留守中はフィーナさんが部屋の空気を入れ替えたり、布団を干してくれたりしているようだ。

衣類がしまってある籠を探ってみると、リイラや俺の夜着や下着が増えていたりする。


有り難いことだ。


ユリアンが言っていたけど、やっぱり完全に一人で生きていく事なんて難しいと感じる。


この世界でずっと生きていかなければならないのなら、甘える所は甘えていいのでは無いかと思うようになってきた。


リンシェルンが俺のことを変わったと言ったが、色々と折り合いを付けたと言うのが正しい。





「さて、組合(ギルド)へ行く準備でもするかな」


俺は同じ姿勢をしていたので強張った腰をトントン叩きながら、上の方で一括りにしていた髪の毛を解いた。


リイラと俺が寝ている奥の部屋は、リンシェルンに言わせるととても変わっているそうだ。


そりゃそうだ。向こうの世界仕様だからだ。


畳が本当は欲しかったが、毛足の長い絨毯を奮発して購入して、部屋一杯に敷いた。

絨毯の上にシーツを敷いて直接寝ると、リイラの寝相を気にしなくていいのだ。

髪の毛握られたまま、ベットから何度も落ちられるとさすがに辛い。

俺の髪の毛の都合ばかりだが、本当にこの方がやりやすいのだ。うはぁ床や地面に擦ってドロドロになるーと心配しなくていい部屋が一つあってもいいじゃないか。


そして机は本当はコタツが良かったのだが、もちろんそんなもん無いので、普通の四本足の机をノコギリでゴシゴシ切ってローテーブルにした。


奥の部屋土足厳禁。泥だらけの靴で入ったら我が家立ち入り禁止とまで言ってある。


机の真横に低く浅い五段の引き出しの付いたタンス。高さは腰ぐらいだ。

これも特注品だ。色々と小物がしまってあって、座って手の届く範囲に置いてある。


天井にはタイヤの大きさ程の丸い天窓がある、部屋の横窓の鎧戸は閉めたままだが、こちらは大きく開け放っていて、窓際に村にも居た、丸にしか見えない小鳥が数羽肩を寄せあってとまっている。


この窓は最初からあったのでは無い。


アルファーが何を思ったか、夜中に竜体でやって来て、ズボリと足で天井に穴を開けたのだ。


そのままだったら確実に竜の重みで、家が崩壊していただろうが。

俺が、ぐわぁぁぁ家がっっっ!!! と叫んだのを聞いたアルファーが慌てて人型になって大惨事は免れた。


しきりに謝る裸の金髪男を前にして、しばらく放心していると。

アルファーの契約者、シャイナ殿下がやってきて。

手早くアルファーに服を着せると、アルファーの顔を両手で挟んで「お馬鹿さんね、駄目じゃないの」と優しく叱り、俺に平謝りして帰っていった。


その時が初めて、シャイナ殿下と俺との出会いであったのだが、それを機会にたまに一緒にアルファーとウチにやって来るようになった。


特に何を話す訳ではないが、一度髪の毛に触らせてくれないかと言われたぐらいで・・・。


偶然の産物? の天窓だが、今ではこれがあって良かったと思っている。


一日竜力を抑えているのは結構負担が掛かるのだ。

腹の空きようが半端ない。


天窓があるから、部屋の中が見える窓を開け放たなくていいのだ。

風呂上りでリイラの世話をしながらウロウロしていても、気にする事はない。


それに実は上から光が入るほうが俺的に落ち着くのだ。

始めて目覚めた洞窟が縦穴で、空が上にあったからかも知れない。


竜力を抑えないでいい所は抑えない。

最近はそんな生活をしている。






『ラギ、起きているか? 良ければ今日一日休みが取れたのでリイラを預かるぞ』

 

俺は机でギルドに行く準備をしていたが、突然アルファーの念話がして顔を上げた。


『ああ、起きている。鍵を持って来ているなら入ってきていいぞ・・・あ、他に誰か居る? 何人かの気配がする。近衛兵? 』


『いや、シャイナと世話係だ。ラギに会いたくて我慢出来なくて付いてきてしまったのだ。どうする? 』


『家の前に居ると目立つから入って貰って』


アルファーが頷く気配がして、三人ほど入ってきたようだ。


パタンと扉の閉まる音がする。

この感じはフィーナさんが来たかな。

知らない気配も一つするけど嫌な感じでは無い、緊張はしているようだが。


もう一つは王族特有の気配だ。

しかし拘束感は無い、もう竜が居る王族には俺をどうにかする力は無い。


『ラギ、奥にいるのか? 入っていいか? 』


『ああ、靴は脱いでくれよ。それとリイラがまだ寝ているんだ。起こさないでくれ、最近仕事の物を触りたがるんだ』


声を出すと起きる可能性があるので念話だ。


キィ・・・という部屋の扉が開く音がして、そっと数人が入ってきた。

俺は修理を頼まれた指輪をルーペで傷の場所をもう一度確認していたが、振り向いた。


竜力を押さえたアルファーが、街で目立たないように中級貴族の出で立ちをしている。腰まである派手な金髪も肩に掛かる位だ。

シャイナ殿下もアルファーに合わせて装ったようだ。お買い物にお出かけ中の良家のお嬢さんって感じだ。

フィーナさんも入ってきて、俺に一礼すると一緒に入ってきた女性と共に、着変えが入った籠を居間の方に持ち出した。


『ラギ、まだ着変えて無かったのか・・・悪かった』


『さっきまで洗濯してたんだ、着替える間が無かったんだよ』


女性が居るのに変な格好で申し訳ない。

俺は太股まで捲り上げた薄い腰を紐で括るタイプの下着だか夜着だか分からないズボンと、袖なし前あきでこれも前で二カ所ほど紐で括るシャツを着ていた。


王宮の最奥で、優雅に竜と王族に守られながら世話係にかしずかれていると思ったら大間違い。

何が神秘の黒竜なんだか、野放し竜です。


『昨日、飛んでいるのを見たぞ。夜中まで飛んでいたんじゃないのか? 騎竜訓練も大変だなぁ』


『少年達を乗せて飛ぶのも楽しいものだ・・・かわいいなぁ。少し顔立ちが変わったような気がするが、んん、手も大きくなったか 』


アルファーがうっとりと、シャイナ殿下と共にリイラに顔を寄せて眺めている。


アルファーとシャイナ殿下が、そういう仲なのは二人を見た時に直ぐに分かった。

お互いを見る目が甘く、目のやり所に困る・・・。


独り者の俺には辛いピンクのオーラが二人から立ち昇っている。

でも何だか微笑ましくって、顔がにやけてしまうんだよな。リンシェルンにラギの顔何だかいやらしいと突っ込まれてしまったが。


俺は金の勘定して、工房ごとに受け取った証明の伝票、サインをまとめる。

修理に預かった貴金属を丁寧に皮の袋に分けつつ、肩から下げるタイプのカバンに詰めていく。

シャイナ殿下が興味深そうに俺の作業を見ていた。


ある程度作業が終わった所でリイラを起こす。


「リイラ、アルファーとシャイナ殿下がいらっしゃったぞ」


『むにゃにゃ・・・・おはようございますぅ・・・』


リイラは寝ぼけて俺の方にすり寄って髪の毛を握るとカボチャパンツ丸出しで、丸くなってまた寝ようとしたので、抱き上げてアルファーに渡した。


「朝飯がまだなんだ、食わせてやってくれると有り難い。俺、夜中まで用事があるんで一晩竜園で見てくれるか」


アルファーが嬉しそうな顔をしてリイラを抱きしめた。


『分かった、なぁシャイナ。しばらく休んでは駄目だろうか。リオンに朝の巡回は代わってもらうから』


「いいわよ、ずっと帰ってくるの首を長くして待っていたものね。ラギもやっと帝都に帰ってきたのだし、少し竜園で遊べばいいのに」


「竜になってゴロゴロしたい気持ちはあるんですけどね、用事が落ち着いたらリイラを迎えに行きますよ。そろそろ着替えます、居間でフィーナさんがお茶を入れてくれたようです。飲んで行って下さい」


「ありがとう」


「ムギ! 」


俺は天窓で丸い小鳥と一緒に並んでいるのを呼んだ。


ポー


ムギは俺の肩に止まって首を傾けた。


「リイラから離れるな、一緒に付いていけ」


ポー


ムギは俺の肩からアルファーの肩に止まりなおした。


みんな部屋から出て行って、俺は外出用のシャツを探したが、先ほどフィーナさんが俺の服を籠ごと持って行ってしまったのを思い出した。


俺は部屋から居間を覗いて、フィーナさんから外出用の服を一式渡してもらい手早く着替えた。

ありゃ・・・旅でヨレヨレになった服はどこに行ったやら。

新品の服を渡されてしまった。


以前、こういった衣類の金もちゃんと払いますよ。と言ったんだが、いりません帝国に住まう竜の予算に入っております。ラギ様とリイラ様はご自分で生活しておいでなのでお金の使い道が無くて困っているのです。竜様の服を仕立てたり選んだりする楽しみだけでも残しておいて下さいませ。

とか言われて、好きにしてもらっている・・・。


俺は背が高いし、リイラはすぐに服をボロボロにするし。こうやって服を誂えてもらうのは正直助かっている。

あれだ、自分専用の仕立て屋さんを頼んでいる感覚だな。無料で。





カーンカーンカーン・・・


どこかの商業ギルドから仕事開始の時間を告げる鐘が鳴っている。

いけない、今日中に回っておきたい工房は二十ヶ所以上ある。もう行かないと・・・。


最近まで戦争があって、盗賊が多い東へはあまり誰も行きたがらなくて、俺が一手に引き受けたために長期間の仕事になってしまった。


リイラもずっと連れっぱなしだったので、そろそろ休ませてやらなければ。竜園に行けば遊んで甘やかせてもらえるからな。


目が覚めたリイラが、居間に置いてある食事用の椅子に立たされて、女性に可愛らしい服を着せられていた。

竜園から持ってきたのだろう。


『おとう、リイラ今日はおとうと一緒じゃないの? リイラもマスターさんや親方さん達に会いたいよ。エリッティーのおじちゃん達にお土産あげるんだ。リリナお姉ちゃんにも会いたいよ』


「また今度な。今日は竜園だ、リイラ竜でドロ遊びするって言ってただろ」


『うん・・・、おとうダッコ』


俺はリイラを抱き上げて抱きしめた。


「ほら、おとうの星を水晶に一杯貯めておいたからな。これが全部消えるまでに帰って来る」

小さな水晶に竜力を入れてリイラの手に握らせた。

こんなに周りに大事にしてくれる人が一杯いるのに、何で俺がいいんだかなぁ・・・。


「明日には迎えに行くから、かしこくしてるんだぞ。竜園から絶対出てはいけない。フィーナさんやアルファーの見えるところに居るんだ。その服かわいいな、昨日リンシェルン達が着ていたのと一緒かな」


「はい黒竜様、一緒にお作りしました。でもリイラ様が少し大きくなられたようで、帰って手直しを致します」


この女性は初めて見るな。

俺が何か言う前にフィーナさんが声を掛けた。


「ラギ様がお留守の間に新しく参りました、お二人付きになりますのでお見知り置きを」


「そうですか、俺あんまり世話しがいが無いので申し訳無いです」


ラギ・・・。

突然アルファーから一対一の念話が飛んできた。


『その女性、貴族では無いのだがスティーナ辺境公爵の紹介でやって来たのだ。成績や立ち居振る舞いも申し分無く自分達の目通りも済んでいて問題は無いと思うのだが・・・いや、正直自分は少し引っかかるモノがあるのだが、リンシェルンが面白がって採用してしまったのだ。竜の私生活を外に漏らさないのは世話係の鉄則なのだが、フィーナも何か思う所がある様で自分から離さないためにそうしたと思うのだ』


『ふうん・・・スティーナ公と繋がってるのか。公爵からの紹介じゃあ断りにくいよな』


俺はアルファーと念話しつつ、彼女に言った。


「俺の事はラギでいいですよ、街で出くわしてもラギでお願いします。契約前なんでなるべく貴族との接触は避けています。仕事でどうしても出会う事はありますが、向こうが俺の本性を知らなければ大丈夫です。俺、ここじゃただの運び屋としてやってます。気を許した相手以外、竜として会いたくないので宜しくお願いします」


俺はフィーナさんに取っ手が付いた木のカップを渡された。中には何かの出汁が効いたスープが入っている。


「畏まりました」


余計な事は言わない控えめな女性だ。

俺を見て硬直したり挙動不審にならない人材は貴重なので、仕方ないのかもしれない。


「アルファー、リオンに昨日の朝助けたルズラム宰相の護衛騎士だと思うんだが・・・。ナルスと言う人の入院した病院教えて欲しいって言っといて」


『ああ、例の。リオンから聞いている。盟約したのなら友人だ。力になってやらねばならんな』


「何が出来るか分からないけどね、一度話し聞いてみるさ・・・。アキト! 行くぞ」


俺がアキトを呼ぶと、近付いて足下に座った。

竜力も抑えて、黒い上着を着る。


「家の鍵は掛けて出てください、ではリイラをお願いします」


俺はフィーナさんやシャイナ殿下に軽く会釈して家を出た。


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