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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第三章
38/42

俺と温泉

俺から事のあらましを聞いた憲兵達は、森の沼に奴隷商人を探しに行く事になった。

リオンに「飛んで連れて行った方が速いんじゃないの」と言うと、『二人しか運べないし、その人数じゃ捜索は無理』なんだそうだ。


ルズラムの宰相が何故、締結したての敵国へ騎士を連れて向かおうとしていたのか。

ナルスは彼女まで伴って・・・。


子供達はやはり途中どこかの村から売られて来たらしい。

元の村に返しても、また同じことになるだろうからと孤児院に入ることになりそうだ。


ただ、全員かなり弱っているから帝国が管理している医療機関へ一度入院させると言う事だった。




『黒竜初の盟約の騎士だね。ラギ、騎士と友達になったからには、今まで以上に騎竜の練習しなくちゃいけないよ。バーミリオンの腕が折れたってね、リンシェルンから聞いたよ。僕らは背に命を背負うんだからね、ズッコケてる場合じゃないんだから』


「違う、ヒビが入っただけなんだって。悪かったと思ってはいる・・・」


俺はと言うと、リオンに街中にある小奇麗なレストランに連れて行かれ、お昼を一緒しているのだった。どうやらリオンの行きつけの場所らしく、店の主人は心得たように俺達を二階の表通りが見える小部屋へ連れて行った。


リイラ用に子供用の椅子を出してもらい、アキトにも平たい皿に水を入れてくれた。


「友達と言っても、助けただけ。会話もあまりしてないよ・・・リイラ、パンは一つ食べてから、次のを持つんだよ。欲張っちゃだめだ」


手に一個ずつパンを持ってモグモグしていたリイラから、パンを一つ取り上げて皿の上に置いた。


『あぁ、何か伝えなきゃいけない事があったのに。今リイラを見たら頭の中ゴチャゴチャになっちゃったよ、何だったかな』


「そんなに改まって俺に伝えなきゃいけないほど、重要な事じゃないんじゃないか?」


リオンがうーんと唸りながら、眉間を揉んだ。


『知らせておいた方がいいと思う事が一杯あってだね、伝え忘れたらいけないと思ってさ。まずはラギが留守中に決行された黒竜のお披露目だ』


どうも黒竜が帝城に居るらしいと噂が噂を呼んで、俺が今回仕事の旅に出るちょっと前に一刻も早いお披露目を・・・という声が諸侯から上がった。

俺はとても奥ゆかしく人嫌いで絶対会わないという事にしてもらっているので、大勢の前でのお披露目も無理という事にしてもらっていたのだが。ならば諸侯を代表して四大辺境公爵が会わせて貰えないかと言う話になったらしい。ちなみに一人はリンシェルンなので実質三人だ。


『シオーネがラギに変化して会ったよ、とりあえずリンシェルンを除く三辺境公爵。カラヴィア辺境公爵、スティーナ辺境公爵、ダグラス辺境公爵。この内、お爺さんのカラヴィア公は若い頃竜持ちだったから除外で一緒に孫娘を連れて来ていた』


「シオーネ、大丈夫だった?」


シオーネは短時間だけ人に限りその人物に成り代われる、ただ演技力は皆無なので、男に変化しても何だか仕草が女の子っぽく。正直成り代わられた者はその姿を見てなんだかいたたまれない・・・。


『カップを持つときに小指が上がっていたけどね、身長と髪の長さが竜力的に補えなかったけど、何とかギリギリ・・・ラギだったよ』


ギリギリ俺って・・・。


『神秘的と言うか神々しさと言うかが全く無いんで見る人が見たら明らかに違うだろとツッコミ入れる感じだったけど、交代で和やかに三十分ほどお茶して帰ったよ・・・。ただ孫だけはずっと何か言いたそうでさ、疑いの眼ってああいうのだろうね。リンシェルンが隣に座って居て一緒だったからハイ時間ですって言って終了』


疑いの眼のところで俺はギクッと体が強張った。


『まぁ、リンシェルンからラギが孫にばれてしまったようだとは聞いていたけどね・・・見られたんだって? 』


俺は思わずテーブルにゴチンと頭をぶつけた。


思い出すだけで後悔の渦に飲み込まれそうだ。行かなきゃよかった、温泉なんて・・・。





カラヴィア公爵領は火山帯がある。そのため温泉があちこちに沸き、主な街は温泉街となっている。

その豊かな良質の湯を求めて旅人達が集まるようになり街は自然と観光地化したのだ。傷や怪我を治療するための療養所なんかもある。帝都からも近くお手軽な旅行先として観光客で栄えていた。


俺は仕事帰り、リイラもその時連れて行かなかったのもあって、街で聞いた秘湯に夜中行く気満々だった。足腰伸ばせる風呂なんてこの世界には金持ちしか所有してないし、家にあるのは木のタライでリイラが泳げるほど大きくはあったが、やっぱり大きな風呂に入りたい、せめて足を伸ばしたいと思って暗闇に乗じて竜体になって向かった。


そして川沿いの岩がごつごつある川岸にその秘湯はあったんだ、俺は浮かれてうれしくて竜のままチャポンと浸かったはいいが、あまり実感がわかない。

風呂にアヒルのおもちゃとか子供が浮かべるだろ、そんな感じで水溜りにぽちゃりと竜が浸かっている感じだ。腹の底だけ温かく、全身に温泉効いてるーというのが無い。

あぁこりゃ人になって無いからだなと思い人型になってスイスイ平泳ぎしつつ温泉を満喫してたんだが。温泉特有の硫黄の臭いで俺の鼻は完全に麻痺しており、正直興奮状態だったので周りの様子もちゃんと調べてはいなかった。

だって夜中の三時ちょっと前だぞ、よい子は寝てるだろう普通。

人の足でも馬でもここまで来るのには、二時間から三時間かかるだろうし。

明かりは月光のみ、貸切りだよやっほいと思ったのが間違いだった・・・。


そこから馬で三十分位の所にカラヴィア公の夏の避暑地があったんだ・・・。

完全に森の中に埋没している山小屋風の建物で、上からでは分からなかった。

ちゃんと地面から行くと、立て札まで立っていたりして途中ですぐ分かったんだけどな。


そこで見つかってしまった。


調子に乗ってお湯の中をジャバジャバ泳いでいて、疲れたので近くの座りやすい岩に髪の毛を抱えてよいしょと座って、この辺りには動物は何がいるんだろうと、ふと森の中に目を向けたら・・・。


濃い栗色の髪が見事に三本の縦巻きロールになっていて、同じく濃い茶色の目がまん丸になってついでに口がぽっかり開いている乗馬服の女性と目が合った。

距離にして十メートルも無かった。


女性は腰が抜けていた、多分動けなくなっていたと思う・・・。

俺もいきなりの登場過ぎて金縛りにあったように動けなくなっていて、しばし見つめ合う事数分・・・。

指先にピリッとしたモノが通って正気に戻りやっと女性から背中を向ける事に成功した。

貴族だったのか・・・。


「うっ・・・歌、歌を唄っていましたね?」


スミマセン、俺。鼻歌唄っていました・・・。

聞かれていた・・・。俺、誰もいないと思ってやりたい放題で。

着替えも持ってきてないもんだから素っ裸、恥ずかしいやら情けないやらだったが。

ばれてしまったモノはしょうがない。


「どこから見ていました?」


「りゅっ、竜でここに降り立った所からです」


最初からかい!!

思わず頭を抱えてうずくまりそうになったがここはぐっと耐える。


「ここはもしかして、貴族の私有地でしたか? 俺、知らなくて。すぐ出ます失礼しました」


「まままって下さい!! いいのですいいのです!! 好きなだけ居てくれて。私はカラヴィア辺境公爵の孫娘でタニア・ローラ=カラヴィアと申します!!  名前を!! あわわっ。呼び名を教えてっ、お願い黒竜!! 」


一瞬タニア・ローラが縦巻きロールに聞こえてしまった俺は、思わず顔だけ振り向いてしまった。


「キャッ! そんな綺麗な流し目で私を見ないでぇぇぇ!! 死ぬ!! 萌え死にするぅぅ!! ダメ、ダメよタニア、これぞ千載一遇のチャンスと言う物じゃないの。他の王族諸侯を出し抜いて奇遇にも黒竜に出会ったのよ、何とかモノにしなくっちゃ。慎重にいくのよ怖がらせてはダメ、でも何て素敵な男性体なのかしら神秘的で精悍な顔立ち。キリリとした涼しげな切れ長の瞳、あの艶めく長い黒髪に薄く発光するような肌!! ・・・・鼻血が出た・・・」


この人考えている事が駄々漏れだ、俺的にはもう色々と辛いので竜になって立ち去ろうと石の上から立ち上がった。


「待って!! お願い!! 私、夢だったの、お爺様みたいに竜持ちになる事が!! 」


俺は裸の人型から竜になって、鼻血をポタポタ出す彼女の方に近づいた。


「額にそっと触って」


「えっ」


「いいから」


彼女の横に顔を差し込むと手をそっと額に置かれた。


「鼻血は止まったね、立ちあがれる? こんな所で腰抜かしていても誰も助けてくれないだろう」


「あぁぁ、はい。黒竜様・・・再生能力と治癒能力の持ち主なのだわ。なんと稀有な・・・」


この人は考えている事が言葉になって出て行くようだ。


「まだどなたとも契約されていないのですね?」


俺は静かに首を縦にふった。


「私にもチャンスはありますか?」


「俺の見た目だけで欲しいとかモノにするとか、そういう人は苦手なので契約はしない」


「はい・・・」


そう切り捨てる様に言うと、彼女は消え入りそうな声で返事をして悔しそうに俯いた。


「勝手に温泉浸かって申し訳無かったとカラヴィア公にも伝えて・・・」


「いえいえ!! お爺様は竜が大好きですから、跳んで喜ぶと思います!! 本当は今すぐにでも連れて来てあげたいくらい。あのっ! 次、私が貴方を見つけたら呼び名を教えてくれますか?」


「・・・見つけたら?」


俺は少し考えたが、まぁそこいらで何度も辺境公爵の孫娘と会う事も無いだろうとまた首を縦にふって、その場は飛び去った。

この時俺は彼女の事を軽く見すぎていた。


いや、このカラヴィア辺境領の領主の爺様が爺バカで。

次の日、リイラに土産物でも買って行くかと街でウロウロしていた所へ、孫のために領兵を使ってしらみつぶしに俺を探し始めたんだ。


領境にもいつもの倍兵士が配置されて、キャラバン一人ひとりに取り調べが入り物々しくなったんだが、俺は一般人の姿を見られていなかった事が幸いして何とか通り抜けた。

領地に入るときに入領印を貰ってと職名を控えられていたから、これで俺が領を出たと言う証拠が無ければ怪しまれてしまう。職名を調べられてギルドまで押しかけられたらと思うとゾッとする・・・。


そして無事に帝都に帰ってきたら、タニア・ローラは野生の勘なのか何なのか、帝都でも見かけるようになった。

会いたくないのに会ってしまう人って居るだろ? まさにアレなのだ。

ギルドへ行く途中に遭遇。

リイラと買い物に行く途中でも遭遇。

今の所気が付かれて無いが、何となく時間の問題のような気がしている。


なぜなら、最近すれ違うときにじっと見られている様な気がするからだ。

俺は通行人のフリをしてサッサと通り過ぎるが、振り向いているような気配もしないでもない・・・。


顔の造作は竜力を抑える事で変化するが、体つきはあまり変わらないのだ。

特に身長、俺は他の人と比べると身長は高めだと思う。それを覚えていたとしたら・・・。





「縦巻きロール恐るべし・・・」


『タニア・ローラ嬢ね、確か領地の観光地化に力を入れていてそれなりに成果を出しているとか。プリシラより一つ上だったかな、両親を病気で幼い頃失っていて、特に温泉を利用した療養施設を開設した事は最近有名だよ。ラギの力を見て、自分の為に生まれた竜だと言っているらしい』


「あのな、怪我人や病人を全員治癒できるワケじゃないんだよ。欠けたものは戻らないし、命の灯火が消えた者もどうする事も出来ない。俺は少し・・・苦しみを和らげてあげるだけしか出来ないんだ・・・」


『それでも、その間だけでも人は体を休められる。苦しみから解放されるのさ、僕はそのラギの力は最高だと思うよ。確かに手に入れたいと思うかもねぇ・・・リイラ、あーん』


そう言いながらリオンはパスタに似た食べ物をフォークでクルクル巻き取りリイラの口に運んでやっていた。


『リイラ、おとうの石好きだよ。暖かくて優しいの、早く元気になあれって声が聞こえるんだよ。リイラ、おとうのおまじないも好き。痛いの痛いのとんでけー!! っておとうが唱えると痛くなくなるのに、リイラがいくらがんばっても無理なの。不思議だね!』


「おとうは、動物たちの声が聞こえる。リイラの方が不思議だな」


俺はリイラの髪をぐりぐり撫でて、自分の膝の上に乗せて抱きしめた。


『そのなんちゃってお披露目の時、タニア・ローラ嬢がね。帰り際に本物の黒竜に逢わせて貰えないんだったら、他の辺境公爵にもさっきのはシオーネだったと伝えるって言い出して・・・。カチンと来たリンシェルンが、いや、騙したこっちが悪いんだけど。黒竜は繊細な仔だからお前みたいな気のキツイのと会わせると死んでしまう、さっさと立ち去れと。それで、ここで事を荒立てたら本当に黒竜に嫌われるぞとカラヴィア公が止めて、肩怒らせて帰って行ったよ。いやー色々と面白かった、あ、ごめん』


俺はリイラを抱き上げたままで、何気なく通り道を眺めた。

店の入り口には憲兵が立っていてる。


「契約するかどうかも分からないのに・・・」


俺の呟きが聞こえたらしいリオンが苦笑した。


『抗いがたし竜の魅力か、タニア・ローラ嬢にとっては運命の出会いだったんだろう。ラギが何も思ってなくてもね・・・。後、そうそう九月からリイラの勉強を竜園で皇子とする事にしただろう? 皇子が嬉しくてはしゃいで宮殿は大変だよ。教師の選定をどうするか陛下が一度相談したいらしい、教育に携わる博識人の目星は付けているみたいだけど一度教師たちと会って欲しいみたいだ、都合がいい日を教えて欲しいって。それと・・・』


リオンが人型になった時に、憲兵から渡されていた書類を入れるカバンに手をかけた。

リオンは宰相補佐をしているので、仕事関係の書類かなと思っていたんだが・・・。


『ラギがムギに持たせる手紙の字がね・・・あまりにも酷いと。プリシラとユリアンが責任を感じていてね、これでは日常生活に支障をきたすレベルだと言う話になって・・・』


村に居る間、プリシラから文字を、ユリアンから簡単な一般常識を教えてもらっていたのだが。地理や歴史やらは向こうの世界でも好きだったので、すんなりと覚えられたのだが・・・。


『次の仕事で帝都を離れるまでに、この教本の文章の書き写しの練習と。この帳面に二十字ずつ基本文字と崩し文字を練習しろって。特にプリシラがこの先仕事で苦労するんじゃないかって心配してね。あ、全部出来たらプリシラ達が採点するからちゃんとやっておくんだよ』


ドサドサドサッと俺の前に、教本と呼ばれる有名な童話を題材にした文字の教科書と、ノートの代りになる白い帳面の束が積まれた・・・。


「俺の字やっぱり無茶苦茶か・・・」


『自覚はあるんだね。うん、みんなが心配せずには居られないほど凄い』


俺は、リイラを膝から降ろして。自分のカバンのなかに宿題をしまった。

教本には少しプリシラの気配が残っていて、ほんわりと暖かい。

自分が幼い時に使っていた本だろうか、新品では無く使いこまれていた。


『ラギ、暫く帝都に居るの? 今回一ヶ月近く居なかったでしょう、みんな会いたがっていたから竜園に顔出して』


「届け先の受け取りを工房に何箇所か届けなくちゃならないし・・・。今度会う予定のお客次第だけど、一週間ほどは帝都に居るつもりだ。リイラをアルファーに会わせに行くよ」


そりゃ、アルが喜ぶねとリオンが言って。

食事も済んだので店を後にして、俺はお腹が一杯になって眠くなったリイラを胸に抱いて足を少し引きずるアキトに合わせながら一度家に帰ったのだった・・・。






ラギにタニアの影が迫る・・・のはもう少しだけ先。

やっとアキトを風呂に入れられる・・・。

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