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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第三章
37/42

俺と新しい眷属

タシタシタシ・・・。


犬達の尻尾が地面に擦られている音がして、可愛いと言うよりも何だか薄汚い犬の集団から俺は期待の眼?を一身に浴びていた・・・。


「とりあえず、いったん解散・・・」


弱々しく言ってみたものの、一斉に首を傾げられて俺は若干泣きそうになった。


竜のまんまだったリイラが馬車の前に馬と一緒に出てきた。


『ねぇねぇおとう、この馬車、車輪が石の間に挟まっちゃってるよ。リイラ、ヨイショしてあげようか? 』


「いや、怪我をしたらいけないから俺がする。馬車の中にカバンがあるから着替えておいで、ちゃんと靴も履くんだよ」


風をまとって紫の竜は、裸の女の子になって馬車の中に入って行った。

おじさん達が目を丸くしているが、とりあえず無視だ。

しかし、この犬達を何とかしなければ。帝都まで連れて行くワケにはいかない。


「元々のボスはどれだ、出て来い」


そう言うと、目の前に居た片目が潰れて前足を少し引きずった大きな灰色の犬が出てきた。

目は古傷のようだが、足はリイラがやっちまったか・・・。


「俺達はお前たちを眷属にする事はできない。リイラは馬を守るために手を上げたのだと思う。ボス争いじゃ無い、今まで通り森に帰れ」


灰色の犬はじっと耳を傾けて、俺の言葉を聴いていたが。

むくりと立ち上がって一声ワフッと吠えたかと思うと、周りの犬が一斉に立ち上がり散って行った。


「お前も帰っていいんだよ」


何故か灰色の犬だけが残ったので、俺は声を掛けたが帰る気配が無い。

「リイラ!! 犬に名前付けてしまったのか?」


リイラがワンピースの上から子供用の花柄の刺繍が入ったエプロンを着ながら、馬車から出てきた。


『お名前付けてないよー、犬さんって呼んじゃってたけど。お話したい事があるんじゃないかな、聞いて聞いてーってお顔しているよ』


竜によって色々とプラスアルファー的な力がたまにある。

力がやたら強いリンシェルン、心の色が視えるリオン・・・。

どうやら、あっちこっちに竜力を放出できる俺。

そしてリイラは動物と少し話せるらしかった。念のため名前は付けるなと言い聞かせてはあるのだが、ちょっとした気分みたいな物は読み取れるらしい。

完全に眷属にしてしまえば会話も可能のようだが、身辺に動物が付きまとって大変なので今のところはムギ一匹で済んでいる。


「参ったな・・・。お前連れて行けないぞ? 」


灰色の犬が右前足を引き摺りながら俺の傍まで近づき、甘えるようにぐるりとまとわりついてきた。

おぉ、ちょっと薄汚れているが、フワフワのモフモフ・・・。

顔は細長く、耳はピンと前を向いている。

片目は潰れているが、もう片方の目は空のように青く澄んで俺を見つめている。


くそう・・・。

俺が犬好きでなければ、まるっと無視するものを・・・。

小さい頃らずっと犬が飼いたかったが、妹が犬を見るだけで怖がって泣きまくるので諦めた。

一人暮らしをし始めたのは、こっちに飛ばされる半年前で、まだ色々と落ち着かなかったものだからペットを飼うという所まではいかなかったんだ・・・。


『おとう!! おとうおとう!! 男の子と女の子が目を覚ましたよ。リンちゃんにあげるお土産のドーナツあげていいかな!!』


「それはリンシェルンの土産じゃなくて、ウチの朝飯だが・・・全部そこに居る人達にあげて」

『はーい』


はぁ・・・、俺は小さく溜息をついて、犬に向き直った。

両手で顔の横の耳のした辺りを挟んでこちらにクイッと向かせる。


「ウチの番犬にでもなるか? 俺、あんまり家に居ないと思うんだけど。留守の間はお隣か誰かに頼んでみるか・・・」


犬はブンブンと尻尾を振って、俺の傍に座りながら擦り寄ってきた。

かわええ・・・。


負けた・・・。この可愛さに・・・負けた・・・。

俺はこの犬を眷属(ともだち)にしてみる。

初の試みで緊張する。このやり方で大丈夫だと思うんだが・・・、俺は犬と額を合わせ、瞳をじっと見つめた。

鳥じゃなくても大丈夫なのかどうなのか分からんが。


「命じる、お前の名前は今日からアキトだ」


スマン・・・鏑木。この世界に竜として転生して来ない事を祈る。


(・・・・主殿、光栄に存ずる。今より我輩はアキト、王竜の(しもべ)・・・)


アキトが俺を見上げながら、心の中に喋ってきた。

また念話とはちょっと違った感じだ。何と言うか、耳元で呟く感じ・・・。


(しもべ)なんて大げさじゃなくていいよ、特に大して用事無いから。お前、足を怪我しているから馬車に乗って、ついでにリイラ見てて」


特に用事無いとか言っておきながら、ちょっとした時のリイラの護衛にはなるかな・・・と少し思ってしまった。


(御意、その前に主殿。お伝えしたき事が)


「何? 」


(そこの人間共と一緒に居た馬の御者、我等が追いかけたが底なし沼にはまって溺れてしまったようだ。どうなさる? )


「助けなくていい、奴隷商人みたいだから。後で憲兵にでも探させるさ」


(さようか、ならば構わぬ)


喋り方が時代劇の武士っぽいのが気になるが、犬と喋れる日が来るとは思って居なかったので、これはこれで楽しいな。

山の際がうっすら明るくなってきた。もう朝になるのか、思ったより時間を食ってしまったな。馬車の中は静かだ、みんな眠ってしまったのか?・・・。


俺は馬車の中にアキトを引き入れて、中の様子を見た。

カバンがパッカリ空いていて、ムギが辺りをうろちょろして馬車の中の何かをコツコツ啄ばんでいた。

静かなのはみんな、口を動かしていたからでリイラが子供達の口をふいてやっている。


「リイラ、この犬連れて行く事になったから。アキトだよ」


『キャー!! 犬さんよかったねぇ!! ごめんね、リイラおててポンしちゃったから怪我しちゃったね。おいでおいでアキトちゃん』


おててポンしちゃったって・・・。

チビだが竜になぎ払われて、もろにぶっ飛んだと思うんだが。

アキトの尾が足の間にすっと入って、耳がペタリと折れた。

 

(申し訳無い、竜の姫。足を噛んでしまった・・・。何ともないか?)


『へっちゃらへっちゃらのプーー、鱗硬いから大丈夫よー』


(・・・・さようか)

ほれほれとリイラが右足を上げて見せている。そこには傷一つ見つからなかった。

おお、何やら会話が成立している。というか噛まれたのは本当にそっちの足だろうか。


「あの・・・」


おじさんが遠慮がちに声をかけてきた。

俺はおじさんとナルスとその彼女の傍まで行って、様子を見る事にした。


「お待たせ、犬が包囲してたけど帰したからもう大丈夫。それでなんだけど、最強に頼りない伝書鳥を飛ばそうと思うので・・・」


俺は近くを通過中のムギを両手でガシッと掴んで、おじさんの目の前に持って来た。

掴んだ拍子にムギが脱力して目を閉じた。

「寝た振りをするな・・・・」


ポ?


「ポ?じゃない。・・・知り合いの所に着くようにしますから、憲兵にも知らせが行くと思います。うまく行けば向こうからも迎えに来てもらえると思う」


働かざる者、食うべからず。

という事で、最近ムギにも伝書鳥なる仕事?をさせている。

ただ・・・二分の一の確立で失敗する。


帰る場所は竜園か家、あと仕事の待ち合わせ使う居酒屋の三択なのだが、やはり鳥の頭では難しいのだろうか。最初はかなり重要な手紙を運ばせていたのだが、あんまりにもあんまりなので最近は失敗覚悟で訓練がてら飛ばしている。


「救助の要請なんかを紙に書いてもらえますか? 宝飾加工組合の運び屋と一緒に居ると書いてもらえれば。もしこの手紙が届かなくても、俺、憲兵に知り合いが居るので詰め所まで送りますよ」


憲兵の詰め所とはこの世界の交番みたいな所だ。居住できるようになっていて、交代で勤務しているようで一日中誰かいる。ウチの近所は何故かリックスさんが配属されて、宮殿から下町の交番勤務に降格されちゃったのかと思ったが、どうも俺とリイラを守ってくれているらしいので何とも申し訳ない気持ちで一杯だ。まぁこの災難に遭った人達もリックスさんに任そうかなと思っているワケなんだが・・・。


俺はカバンから小さな薄い紙を出して厚紙をひいた。

おじさんに鉛筆と一緒にそれを渡す。


ついでに俺も伝文を書く。

次の雇い主と出会う約束の時間に確実に間に合いそうもない、明日の夜にでもしてもらわないと・・・。

うまく知らせが行けば、稼ぎ口を失わないで済むし。


おじさんが、達筆でスラスラと美しい文字を連ねていく・・・。

うううん。達筆すぎて何て書いてあるか分からん・・・。


『フッカフカー、でも臭っちゃ臭ちゃねー。おうちに帰ったらリイラ、ゴシゴシしてあげるからねー。アーキトちゃん! 』


リイラがアキトの背中に乗って、耳を引っ張っている。あぁ止めさせなければ。

でも、子供たちが笑顔でアキトにしがみ付いたり、撫でまわしていたりするのを見て、暫くアキトにはがんばってもらおうと思った。


あの子達、やっと笑ったな・・・。


俺は心底ほっとして、フッと笑みがこぼれた。

男の子と女の子は皇子殿下と同じくらいの年齢に見える。無表情でリイラが渡した食べ物を食べていたが、やっとお腹が落ち着いて余裕が出来たのだと思う。

かわいそうに、あんな小さな子に食べさせないなんて・・・。


この世界、全ての子供たちを救おうなんて思っちゃいない。

それは向こうの世界でも同じ事。


ただ、目の前の惨劇を放っておけないだけだ。

倒れかけた人に、思わず手を出して支えるように・・・。

今は、それが俺の精一杯だ・・・。


(とろ)ける様なおやさしいお顔をなさるのだな・・・。私は元々、帝都に若い時に留学して、それから暫く学者をしておりました。祖国の一大事で実家の兄から呼び出しがあって、ここ何年かは祖国にて国の基礎を造る仕事をしておりましたが・・・。この学者の端くれにも貴方が何者かは解りました。本当か嘘かも判らぬ噂も漏れ聞いておりましたよ」


俺は苦笑して、おじさんから小さな手紙を受け取った。


「そうですか、たまにとちって見破られて変な諸侯に追いかけられるんでね。噂というのはフタをしておけない物ですから・・・」


・・・変な諸侯と言うのは、今は詳しく説明するのを控えておく・・・。


「帝城の奥深くで竜と王族に守られて過ごしていると思っておりました・・・。でもそのお噂通り、何と神秘的である事か・・・これが僥倖・・・と言うのでしょうな」


おじさんの隣でナルスがヨロリと片膝をつき、騎士の礼を取った・・・。

今にも倒れそうだが、こういう場合はヘタに手を貸してはいけない。

彼には痩せても枯れても騎士というプライドがあるからだ。

騎士になるには難関の士官学校にも行かなきゃいけないし、資格習得も大変だと聞いている。

騎士号と言って、上級から下級騎士まであってそれも細かい試験がある。

でも騎士号を取るのは結局成績優秀な一握りらしい。

騎士にならないと、騎士の礼は取らないのでこのナルスさんは実はエリートだったって事だ。


「俺は、帝国じゃただの街人ですよ。敢えて言うなら、ペラペラと声も出てしまう変わり(だね)です。でもそのお陰で街で暮らしていけるんですけどね。知り合ったのも何かの縁です、ナルスさん・・・ありがとう。立派な騎士様だったんですね・・・。体が本復して、もし俺の本性に遭うことがあれば、鼻の頭にでも触りに来て下さいよ」


何とも不思議な風習なんだが、これが騎士と竜との友達同士である証の挨拶らしい。握手みたいなもんか。俺(竜)はアンタを認めたよ・・・、という事らしいんだな。

郷に入っては、郷に従え。


これがナルスの生きる希望になってくれればいい。

俺の鼻の頭プライスレス、ツルツルになるまで撫でてオッケー。それにやけに気持ちいいしな・・・。


「有難き幸せ・・・・っ・・・」


ドサッとナルスが彼女の横に倒れこんだ。


「強がりおって・・・、羨ましい奴だ」


俺はまた苦笑して上着を脱ぎ、彼と彼女の上にフワリと掛けた。


「さて、ムギさん・・・飛んでもらいましょうか。行き先は〔(くれない)(つばさ)亭〕だ。今回のはとても大事だから寄り道とか途中で寝るとか無しだぞ」


あれ?先にムギ飛ばしたのにまだ帰ってない?! とか普通にあるからな。


ポーポポーポポーポポー


一応鳴いて復唱しているらしい・・・。

竜園にも紅の翼亭にもムギ用の出入り口があって、帰ってくると直ぐに分かる様になっている。


ポーポポーポポーポポー・・・


ポーポー鳴きながらムギが西の空に飛び立った。


「ナルスが目覚めた時に、盟友になった竜殿の呼び名が分からなければ可哀想です。よろしければ教えてもらえませんか? 」


「騎士様にはちゃんと名乗った方がいいんでしたね、俺、他の竜と違って家族名と職名があるんで」


組合登録用に戸籍を作ったからな、家族名があるんだ。

職名は親方が独り立ちする弟子に付けるものだ。


「ラギ・カルナー=マイシュリアと言います。ラギでいいですよ」


俺はそう言いながら立ち上がって、馬車の車輪を見に行った。


「ほう! ラギとは聖剣レギオリィアを短くしたものか、男子によく付ける名前ではある。カルナーは異国の言葉だろうか、私にも分からぬ言葉があるとは・・・是非研究してみたいものだ。マイシュリアは古語であるな、これは分かる〔輝ける星〕という千年以上前にジュマルの西の隣国オスルムの言葉で・・・」


おじさんは学者だと言っていたが、俺の名前を聞いて一人興奮していた。


ちなみに、ラギは会社の同僚の名前から拝借したものだし、カルナーは姉の名前だ。

〔花流音〕と言う。妹の名前は〔砂都音〕。

マイシュリアというのは、親方が独り立ちする時に名前を付けるのを悩んで、悩みまくって、とうとう本屋で<弟子に付ける職名百選>を買ってきて「ラギさん、目を瞑ってページパラパラして止まったところにしようと思うがどうか」とか言われて。決定したんだが・・・。

世間一般的に言う、適当・・・である。

そして、この<弟子に付ける職名百選>がおじさんの著書である事はずいぶん後になって判明する・・・。




俺は馬車の中の人に少し傾くからと声をかけ、石に挟まって乗り上げた車輪を外し。

馬車の周りの草を食い尽くしつつあった馬を繋ぎ、帝都に向かい馬の速度は並足で進んで行った。辺りはすっかり明るくなって森を抜け、膝丈ほどある草原をゆっくり進み。

人家が増えてきたので俺は竜力を抑えて髪を短くした。

その時に一度馬車の中に入り、みんなの様子を見に行ったが、リイラもアキトもそして捕まっていた人たちも助かって安心して疲れたのか眠っていた。


馬車の中はまだ少し、不思議な薬草の臭いがしていて。

暫くは鼻について取れなかったのだが、憲兵隊が騎馬隊を編成して帝都の入り口で俺達を待っていて、彼等を保護してもらう頃にはその匂いは無くなっていた・・・。


その騎馬隊の中に、竜体でリオンとジュリアン殿下、ユリアン殿下が居て。

おじさんに対して「消息不明とお聞きして心配しておりました・・・ルズラム国防宰相ルーゲン殿・・・」と言ったので、やっとおじさんの正体がそこで判明したのだった・・・。


『ラギったら、また凄い人拾ってきちゃったね』


「お礼にお昼奢ってくれよ・・・もうクタクタ・・・」


『アハッ、いいとも。僕に今回の旅の話を聞かせて』


青い竜は尻尾をゆっくり左右にふって、顔を俺に近づけたのでそっと鼻の頭を撫でた・・・。





鏑木 明斗 頼むからこっちの世界に来るなよ・・・。

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