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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第二章  竜園
34/42

皇子様と俺(後編)

その男の髪は濃い茶色の硬そうなツンツン毛、釣り目ぎみの同じく濃い茶色の瞳は俺とリイラを嬉しそうに見つめていた。


「黒竜か!!  カッコいいなぁ。俺の名前はオウルと言う、帝国の海域なんかを警備しているタダの男だ。あんたの胸に羨ましくも引っ付いてるチビの叔父でな、レオン坊がピンチだって言うから駆けつけたワケだが。助かったようだな」


「叔父上なんか呼んでないぞ、舞踏会で忙しいのではないのですか? 」


皇子がしがみついたまま、俺のシャツをグッと握り締めた。


「舞踏会は夜からだ、まったく、俺に踊れとか抜かしやがるから色々と大変だったぞ」


俺は念話にするか、普通に喋るか少し迷ったが。シオーネが陛下の兄弟は俺の事を知っていると言っていたのを思い出した。


「皇子様、俺たちはもう行かないといけない。おじさんも迎えに来た事だし、戻られた方がいい」


「嫌だ、離れたくない。リイラと黒竜と一緒に居たい・・・」


皇子は俺の首にしがみ付いて来た、ウッッ首が絞まる・・・。


『コラコラ、ラギが苦しんでいるよ。嫌な事したら嫌われちゃうけどいいの?』


「それは・・・困る・・・」


皇子は少し迷う様な仕草を見せて、俺からそっと離れた。

俺は子供二人にしがみ付かれて居たので、しゃがんでいたが立ち上がった。

リイラはそのまま抱き上げた。

あれ?またムギが居ない、勘弁してくれと思いながら目だけで辺りを見回すと、いつの間にか開いたままの俺のカバンの中から目の部分だけ出してこちらを覗っていた。

そうだったな、この人に食われかけたのだった・・・。

おや、俺の方が身長は低いと思ったが、彼の方が若干低いようだ。

ガッシリした体格なので、大きく見えるのか。


問答無用な感じで、オウル殿下は皇子に近づき抱き上げた。

近づいて来る時に、俺は王族独特の威圧感が来るのでは無いかと少し身構えたが、それは無かった。

ふむ、契約竜が居ると威圧感を感じないのか、契約者の対象外になると言う事か。オウルから感じるソレは、敢えて言うなら好奇心・・・。


「契約竜でも無いのに、竜に触るなんざ贅沢なんだよ。姉上に知れたらどうなる? 冗談抜きで当分おやつ抜きの刑が待ってっぞ。契約名を聞きだすとか、おバカな真似はしなかったろうなぁ」


オウル殿下の右腕に座るように抱えられた皇子はビクっと体を揺らした。


「それは無い! 断じて無い!絶対無い!! ありえない!! 」


「竜の心はな、人と一緒なんだぞ。王族は人の代表だ、王族が竜を騙したり裏切ったりしたら、この世の人間全てに失望させたと思え。・・・まぁそれで何だけど、俺がここまで出場(でば)ったのは王族として謝りたいと思ったからだ。こんな優しそうで、人の良さそうな(あん)ちゃんをウチのバカな妹その二が失礼な事をブチかましたそうで、アンの奴はただ今大反省中の上に他の竜にも近づいてはならないと陛下から勅命が下った。こうなったらアイツももう契約者としての資格を失ったのも同じだ、可哀想だが身から出た錆だな・・・」


俺は、あのアンジェラと出逢った瞬間を思い出した。


(これは、驚いた・・・。こんな精悍できれいな仔・・・)

頬に触れた冷たい指の感覚・・・。


リンシェルンに抱えられて、ジジババの家に入る直前にチラリと見た。

俺の皮紐を握り締めて立っていた彼女の姿を・・・。


『・・・ラギ? まさかと思うけど・・・気になるの?』


俺は(ゆる)く首を横に振った。

分からない、でも何故彼女は無理やり俺を騙すように手に入れようとしたのか。


それよりも、何も知らなかった俺の方も迂闊(うかつ)だったのでは無いだろうか。

知りようも、聞きようも無かったので仕方なかったとは言え。

彼女とちゃんとした接し方というものがあったのでは無いだろうか。


『ラギ、またもしかしたら自分がもっとしっかりしていたらーとか、思ってるでしょう? オウル、ラギの優しさに甘えないでよね。ラギがもし許しても、他の竜が許してないから。そこんとこ、ちゃんとアンジェラに言っておいて。』


「分かってるって」


オウル殿下は空いた手で、頭の後ろをガリガリと掻いた。


「うん、でもまぁ、逢えて良かった。どうしてもアンタに今のアンの状況を伝えておきたっかった。アルファーの奴、逢わせないの一点張りで恐い顔して睨みやがって、シャイナとジュリアンが(なだ)めてやっとだぜ。リオンは王宮に準備の打ち合わせで呼ばれたから居なかったが。二体居たら俺はここには来れなかったな・・・。アンタって呼び続けるのも何だか辛いな、呼び名で呼んでいいか? 俺の事もオウルでいいぞ、他の王族も名前でいい。竜は皆そうしているからな」


「俺の呼び名はご存知の様だからお好きに。・・・それとアンジェラの事だが・・・親衛隊長をしていると聞いた。他の竜とはアルファー達の事も入っているのだろうか?」


オウルとリンシェルンは俺がいきなり何を言い出すのかと、戸惑った表情を見せた。


「あぁ、そうだ。陛下はアンジェラが竜を卑下していると思われた、実際昔からその傾向にあったが・・・。これは他の貴族連中への牽制でもある、良い見せしめになったワケだ」


利用されたのか?アンジェラ・・・。


「俺とリイラに関わらなければそれでいい、宮殿で仕事をしている竜に近づかない様にするなんて無理がある、俺が困るのは俺のせいで周りが混乱したり変化したりする事だ」


『ラギ、俺が何故宮殿をチビの頃追われたか教えてやろうか』


俺は吃驚して、リイラを落としそうになった。王族の、オウルの方から念話が飛んできたからだ。

人の方からこの力が使えるとは一体どういう事だ、オウルは何なのだ。

俺は混乱した、オウルは唇を閉じたまま口の端をクッ上げて俺を見つめた。


『俺の母親はレオフレイド公国の一番目の姫君でなぁ、レオフレイド公国ってのはおとぎ話で竜と人との混血児が興した国と伝えられている。たまに、本当に忘れた頃にひょっこり先祖返りする奴が生まれるんだが。竜と人との混血はありえない事と言われているので、実際こういう事が出来ちまうと竜を大事にしない奴らから、えらく疎まれてしまうんだなぁ・・・。王族から獣が生まれたってな』


オウルは念話から、声に切り替えて尚も喋った。


「後継者争いも手伝って俺は何度も殺されかけた、宮殿の暗い部屋の隅っこで母親と二人縮こまってひっそり暮らしていただけなのにな。いっその事、本当に竜だったら良かったのにとガキの頃何度も思ったもんだ。だけどな・・・ラギ」


腕を伸ばせば届く距離まで、オウルは俺に近づいた。

顔が近くになって初めて彼の頬に一本、傷が入っているのが分かった。


「この力で、俺は竜に出会った。俺の声が聞こえたんだと、お嬢を呼んでたんだとさ。その事を実は全然覚えて無いんだがよ、ハハハハッ!!」


(どうして、そんなに傷だらけなの?。 これからは、ずっと、ずっとそばにに居るよ・・・)


俺は今ここに居ないはずのシオーネの声を聞いた様な気がした。


「変化すると困るだと? 関わるなだと? えらい甘い(あん)ちゃんだなぁ、そんなの無理に決まってるだろうが!! 嫌ならサッサと契約者を探しやがれ!! 俺何か間違ってる事言ってるか? 言ってないよなぁリンシェルン!! 」


『うるさい、私にふるなオウル!  ・・・契約者の事は軽く考えるな。ラギにはラギの考えがある、オウル、お前だって分かっているはずだぞ。契約するとお互いがお互いの一部になると。ましてやラギの契約者は特別な立場になってしまう恐れがある。誰でもいいから適当にそこらに居る奴を選ぶ訳にはいかないのさ。────さあ、行こう。ラギ・・・ラギ?』


サッサと契約者を探しやがれ、か。

そうだとも、適当に出会った人を選ぶ訳にはいかないんだよ。もしかして、と思っても軽々しく寄り添うわけにはいかないんだよ。


アンジェラの気持ちを解かってないと思うか?


ユリアンやプリシラの好意を感じてないと思うか?


『お・・・おとう、おとう。顔が怖いよ』


「オウルの声がシオーネに聞こえたように、本当に心から俺を呼ぶ者を探す。たとえ何年かかろうとも地の果てに居ようとも。それは王族かも知れない、違うかも知れない・・・。確かに竜園(ここ)まで来て関わるなと言う方が無理があったな、このままスルーして貰えれば俺にもこの先心構えが出来たんだが」


俺は真横の壁に助走無しに飛びあがった。

塀の幅は王宮と竜園を隔てる壁で、外壁では無いからか五十センチも無い。


俺は竜園と反対側で、両手を胸のところで組み合わせ、バラの茂みの向こうから塀を心配そうに見上げている一人の女性と目を合わせた。


その頭上には華美では無い、小さく可憐なティアラが載っており。

薄い茶色の髪はきれいに結われ纏め上げられていた。


この女性(ひと)は、俺が皇子を引っこ抜いた時にこの辺りに現れた。

この穴の事を昔から知っていたかのように・・・。


貴女(あなた)の御世を脅かすつもりは無い、混乱と争い事を俺は好まない。契約者の選定は俺自身でする。運命を前にして貴女の勅命は意味を成さないだろう、・・・・ヘタに気を回さなくていいよ。俺はそんなに弱くない」


「あぁ王竜よ・・・」


その女性はそう小さく呟いて、俺にスカートの裾を少し持ち上げて深々と一礼した。

「頭上げてください、冷え性の女王様」


彼女はハッと顔を上げて、俺を見上げ口に軽く指を当てて、クスっと笑った。


「俺とリイラを守ってくれようとしたのでしょう? 多少の障害はこの世界、あ、いや、村を出てからある程度覚悟しているから。それと、どうやら俺はどうやっても放って置かれない何かがあるようだし・・・」


俺はオウル、リンシェルン、皇子、リイラ。

最後に彼女を見つめた。


「もっと俺、色々出来るようになったら、この呪い解いてみようと思う」


彼女は少し考える仕草をして、小さく微笑んで頷いた。

リンシェルンが俺のカバンを持って塀を上ってきて、彼女を見つけ明らかにゲッと言うように引いた格好をした。

遠くから誰か来る気配がする。さて、行くか。


「・・・(あん)ちゃん、別に俺たちゃお前たちが好きなの、呪いだなんて思っちゃいねぇよ。竜の暴走を契約以外で止められる事が出来るなら、もう俺たちゃ必要無くなるんかな・・・」


「さぁ、特別な約束なんかしなくても。一緒に居れる大切で必要な友達や親友くらいにはなれるんじゃないのか?」


俺はニヤッと笑いながら、オウルに言った。

オウルは一瞬で耳まで真っ赤になったと思うと愉快に笑い出した。


「ハハハッそうだな!!  ハハッ!! 大事な者には変わりねぇな! よし惚れたっ!! ラギッ!今度酔いつぶれるまで飲み明かそう!!  お友達からヨロシクネッ・・・・・ゲガハッッッッ!!!!!」


いきなり変な奇声をあげて、オウルが突然前のめりに大の字になってぶっ倒れた。


オウルの後頭部はみるみるうちに、ピンポン玉のようなタンコブが膨れ上がり。

頭の真横に、繊細な造りの小さな夜会用の扇子がパサリと落ちた。


『キャーーーーッ!!! ラギが臭くなる!! 汚される!! 犯されるっっっっっ!!!!ラギッ逃げてぇぇぇぇっ!!!』


館の方から明緑色の姫君の様なドレスを着たシオーネが、スカートの横を両手で膝までたくし上げ、物凄い勢いで走ってきた。


オウルの下敷きになった皇子がヨタヨタと這い出てきて、オウルを恐る恐る揺

さぶっているがピクリとも動かない。


ハアハアと息を荒げて到着したシオーネは、気を失った?オウルの襟首をむんずと掴み、あたふたしている皇子を小脇に抱え。


『オホホホホッ、これからダンスの最終稽古と正装の衣装合わせと契約式の題詞(セリフ)の練習がギッチリ分単位で組まれてますのよん。では失礼つかまつりますです』


何か無理に色々と喋っているシオーネに俺は唖然としながら、もと来た道を気絶したまま?のオウルをズルズルと引きずりながら帰って行くのを見送った・・・。


『シオーネ、夜会用と契約式用のドレスの最終チェックの真っ最中だったのにな・・・相変わらず大変だ・・・』


「そ、そうなのか」


『おとう、さっきのおじちゃんがリイラのおててに何かくれたよ、食べていい?』


「後でな・・・」

リイラの中で、オウルはおじちゃんに認定されてしまったらしい・・・。

俺は塀の向こう側で、ニコニコしながら立っている女性に軽く一礼して、リンシェルンが走る後を追った。





走りながらリンシェルンが言った。


『・・・ヘレナ、アディー、いやアデル辺境公が亡くなってから笑ったの、初めて見た・・・。フフッ、やっぱり笑うと可愛いじゃん。しかし、シオーネったら今人気の女性作家の本、読みすぎだなありゃ。ドレス着せて貰ったんで嬉しくて気分的に盛り上がっちゃったんだな・・・』


「どんな本? 」


『女性向けの恋愛小説らしいけど、ハマっちゃって。シオーネの滞在中の部屋、本だらけで凄い事になってるよ。夜中に本読みながらハンカチ噛みしめて泣いてるしさぁ。私は冒険活劇か歴史書、兵法書もいいなぁ』


『リイラはね、かわいい動物さんが一杯出てくる絵本と、お姫様の絵!!』


どの世界でも、その手の本が流行っているのか。

俺は姉の部屋を少し思い出した。何か怪しい題名の本もあったような気がするが怖くて中までは見れなかったな・・・。


東へ東へと塀の上を走り、外壁に出てリンシェルンはポーンと飛び降りた。

俺もそれに続く。


そこは閑静な住宅地で、富裕層が住まう地区のようだ。

人通りも無く、俺は素早く建物の影に入り、だだもれから一般人に竜力を抑えた。


首にじいさんから貰ったゴーグルを掛け、髪が短くなったので今は使わない組紐をポケットの中に入れた。一本金貨二枚・・・。


「ギルドへ行くのは明日だから、先に借家へ行ってみる。家見てからリンシェルンのアジトに預けた他の荷物取りに行くよ」


バーミリオンに、水晶の剣やら竜具を預けてあるのだ。

竜具はそのまま持って貰うとして、剣は取りに行きたい・・・。

『分かった、じゃまた後で、ああほら見て。リオンが飛べるようになった・・・』


俺はリンシェルンの声に促されて、王城の上空を仰ぎ見た。

空には青い竜が、誰かを背中に乗せて悠々と楽しそうに旋回していた・・・。

怪我は大丈夫なのだろうか、彼ともいつかちゃんと話をした方がいいのかも知れない・・・。信じてくれるか分からないが・・・。







「さあ、新しいお家を見に行こう」


『うん!  楽しみだね! 』


俺はリイラの手をきゅっと握って、ゆっくりと東の市街地に向けて歩き出した・・・。




二章  完









次回は街での生活と仕事。その前にあのお姫様と殿下がラギから遅れてやっと帝都に着いたようですよ!!

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