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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第二章  竜園
33/42

皇子様と俺(中編)

『お世話になりました───。』


今更ながら、念話してみたが。

もうバレてるだろうがな、敢えてアストラ隊長もリックスも黙っていてくれているのかも知れない。

俺は彼らに浅く頭を下げた。


竜園にやって来たのは夜だったから、明るい中で外から建物を改めて観たのは初めてだったかも知れない。

なるほど、大昔は後宮だったと言われていただけあって、中々の瀟洒(しょうしゃ)な造りではある。俺とリイラは建物から出て、リンシェルンの後を着いて行った。ぐるりと建物の裏手に回ると、高さ五メートルほどの塀が何処までも続いていた。


『この塀の向こうが、王宮だよ王族の住居。でも今は陛下と皇子が住んでいるだけで、他の兄弟は外に住居を持っているんだよ。でも竜持ちと言って契約竜が居る王族は契約者の館という王宮にある建物に住む事が許されている。ムギがオウルに捕まったのは、その館』


リンシェルンは説明しながら、塀沿いに歩いて進んで行った。


『まぁ、抜け道って言っても、隣接している東の街方面の塀を乗り越えるだけだけどね・・・。この塀を憲兵隊に乗り越えろってのも酷だもの、まぁその前に怒られるけど』


かなり昔からある建物なのか、塀の側面はボロボロになっていた。壁の内部は石で組まれているようで、土壁が落ちているところから石が剥き出しになっている。


「リンシェルン、俺ちょっとここ苦手だ。王族が近いからか手先が痺れるような気がする・・・」


『えぇ? そんな痺れるほどの威圧感なんて、かなり近くないと来ないけど・・・。それこそ手が届くか届かないかな距離・・・あ・・・』


リンシェルンが立ち止まり、進行方向の壁に向かって指を差している。

その先に光景に俺は、どう言っていいのか分からない脱力感を感じた。

リイラよりいくつか年上の少年が、ウンウン言いながら壁と地面の間に開いた少しの隙間から腰が嵌ったまんまで、前に進む事も、後ろに戻る事もできず、もがいていた・・・。この状況以前に似たようなモノを見たような、見なかったような・・・。

少年の茶色のやわらかそうなくせっ毛が汗と涙で顔に張り付き、大きな栗色の瞳は涙で濡れて真っ赤に充血していた・・・。


『・・・・こんな所に居たのか、レオン。お母様に叱られるぞー、この裏は薔薇の植木が一杯だから、棘だらけで近づけないはずだけど・・・何してるの?』


少年の様子を見て、リンシェルンが呆れたような顔をして、プッと息を漏らして笑った。声が出ていたら大笑いしていたかも知れない。


「うっ、うえっえっ・・・っ、と、鳥の足跡が塀の向こうからこちらに向かって・・・辿って行ったらここに来たのだ・・・決して竜の子に会いたかったのではないぞ!! ・・・・うっ・・・」


・・・ムギ、ここから外に出て行ったのか。で、この少年はムギの足跡を辿ってここに来て壁の穴に挟まったと・・・。

『だよねー、ヘレナに知れたらお尻叩かれてしまうものね。契約前の竜に逢えば憲兵に捕まって大変な事になるって、知ってるはずだよね』


少年の体がビクっと震えて、リンシェルンの方向に頭を向けた。

俺とリイラはリンシェルンの後ろ立っていたのだが、そっと体をずらして横を向いた。


『リイラ、あの子の眼をあまり見ないようにな・・・。ユリアンとプリシラと一緒だ分かるな? 』


『うん、王族なんだね。おててがピリピリしたりするのはダメなんだよ』


俺は、そうだ。と念話してリイラの髪をそっと撫でた。


『さて、どうした物かな。ラギ、このままほっといて行こうか。騒ぎになるの嫌でしょう? それでなくても、ここから反対方向で離れているとは言え、竜門の辺りじゃ諸侯がうろついているしー』


「えっ? リンシェルン、助けてよ!! そこに居る人も・・・・え?・・・」


栗色の瞳が俺を凝視しているのを感じて、リイラを咄嗟に俺の背中に隠した。


「す、すごい・・・・黒竜!!。カッコいい・・・」


『リンシェルン、助けを呼びに行けば? このままだと・・・ダメだろう』


『んもぅ、仕方ない、ラギあんまり情け心出すんじゃないよ!!』

そう言い残して、リンシェルンが元来た道を飛ぶように戻って行った。


確かに王族だが、普通に考えて小さな子供をこんな状況でほっとくのは良くないだろう。俺は極力、目を合わさない様に近づいてそっと手に触れてみた。うーんプリシラレベルか、そんなに威圧感は無い、引っ張ってみるか。バラの棘で怪我をしたのだろうか、頬や手に擦り傷があって痛々しい。向こうがどうなっているのかは、ちゃんとは分からないが、かなり大変だったのでは無いだろうか。


『おとう、引っ張るの?リイラも手伝うよ? この子怪我だらけで泣いているもの、かわいそう。助けてあげようよ』


「ふああああ!!、触ってるっ、ぼくに竜が触ってる!!!」


少年はガッツリ壁にハマったまま、顔を真っ赤にして俺を見上げている。大袈裟な・・・。

おや、右手に何か持っているが何だろう。石?ビー玉くらいの大きさだが・・・。


「うぁぁぁぁぁん!!! お母様ごめんなさい!、契約前の竜に触ってしまいましたっっ!!」


俺は涙を手で拭いてやりながら怖がらせてはいけないと思い、極力声を抑えて言った。


「・・・静かに、皇子様。ここで逢った事は俺たちのナイショにしておこう。だったら怒られないだろう? 大きな声を出すと見つかってしまう、秘密にしておけなくなる。君が辿ってきた鳥の足跡だけど・・・俺の鳥なんだ。こうなってしまったのも、少しはこちらにも非がある。リンシェルンが来るまで、一度引っ張ってみるけど痛かったら言って・・・」


ポー

俺の肩に置物のように止まっていたムギが、ぽとっと地面に飛び降りて、何を思ったか少年の元へチョコチョコ近寄って行った。

右手に握った石のような物に向かって、コツコツとクチバシで突いている。


「このっ、やめろ鳥っ!! 。これは竜の子にあげるんだ!! あっち行けよっ!」


「ムギ、手を突いてはだめだぞ、少し離れてろ・・・」

ポー

ムギは俺の言ってる事が判ったのか、器用に後ろに後ずさった・・・。

フム、壁の厚さがどれくらいか分からないが、とりあえず手前に引っ張ってみるか。頭が入ったのだから何とか抜けそうな気がするが、無理そうなら壁を削ってもらうしか無いだろう。この世界にレスキュー隊みたいなのはあるんだろうか・・・。よく家と家の狭い壁の間に挟まって、身動きできなくなった人を助けたとか言うニュースで見た事があるが、あれは一体どうして助けていたんだろうか。


『男の子は泣いちゃだめなのよー、今からおとうとリイラがエイヤッてするからね。我慢よー』


リイラが少年の頭を撫でている。眼を見ないようにと以前から教え込んでいるので。眼だけ空に向けていて変な顔だが・・・。

皇子は泣き止んだようだが、しゃっくりが出てきたようだ。


「ヒック、ヒック・・おま、お前小さい竜? 紫色なのか? 変な色だな。かわいいけど・・・」


変な顔のままで明らかにリイラの表情がムッとした。血の繋がりは無いハズなのだが、眉間にぐっとシワが寄ってちょっと表情がアルファーに似ている。


『むう!! どうせリイラは、おとうやみんなみたいにキレイじゃないもん!! 竜になっても鱗小さいからキラキラしないし、翼もビロードみたいにつやつやしてないもん!! 。牙も小さいし、爪も木の芽みたいだってバー兄ちゃんに言われたし・・・』


「うっ・・・・ぉ」


少年は急に額から、大量の汗をかき始めた。顔が真っ青だ。

おい、大丈夫なのか、どこか内蔵を圧迫してるんじゃないのか!?


「ちっ、違う違うっ!!、お前はキレイで可愛いぞ!! ぼくが逢ってきた竜の中で一番だ、本当だぞ!!」

『違うもん、一番はおとうだもん。おとうは、《ちょうぜつびけい》なんだから!! おとうがニッコリしたらとろけちゃうって、お世話係の人が言ってたもんね!! おとうがニッコリしてありがとうって言って貰えるんだったら何でもしちゃうって言ってた!!。おとう!!《ちょうぜつびけい》って何!?とろけるの?食べられるの!?おいしいの!?』


「いや、食べられないと思うが・・・」

リイラよ・・・、意味が分からないのにとりあえずその言葉使ってみたのか。

誰だ、またリイラに変な事を教えたのは。でも俺のクセなのか、元居た所の民族性なのか分からんが、お礼と謝り癖は付いていたと思う。こっちの人はあんまり、ありがとうとか、ごめんなさいとか言わないんだよな・・・。ちなみにあんまり会釈もしない・・・。


「・・・リイラ、もういいから・・・。よし引っ張るぞ! 」


俺は少年の背中から肩辺りを両手で掴み、グイッと引いた。

若干何か引っかかった様な気がしたが、大根を引き抜くような感覚で思ったより軽がると少年は穴から出てきた・・・。

ビリッという何か破ける音と共に・・・。


「うえっえっ・・・、怖かった・・・誰も見つけてくれなかったらどうなるかと思った・・・。かっ感謝する・・・」


俺は皇子がどこか他に怪我をしていないか、立たせて肩を持ってくるっと後ろを向けてみた。

あぁ・・・さっきの音はこれが破けたのか。


「紫の仔、ぼくはレオンハルトと言う・・・。竜園の館の入り口にこれを置いておくつもりだったのだ・・・。受け取って欲しい」


皇子様はいきなりキリッとした顔になり、眼だけ天を仰いだままのリイラに小さな石を差し出した。

俺はその様子を静かに見守っていたが、皇子のズボンのお尻の部分が下着と共に破けていて、お尻の割れ目がポコンと出ているのをいつ教えたものかと、額に変な汗をかきながら見つめていた。


『タダより安いものはないのよー、いらないの』


リイラよ、それはタダより高いものは無いの間違いではなかろうか。

本当に学校に入れたくなってきた。

リイラは皇子のズボンが破けているのに気がついてない。少年のなけなし?のプライドを守ってやるべきかどうなのか。女の子に恥ずかしい所を見せるのは可哀想だ。穴に挟まっていた時点で恥ずかしいが、この状態はきっと彼の黒歴史に刻まれるに違いない。


「やるっ、受け取れ!! ぼくが一番大切にしている物だ。ほらっ」


皇子はリイラの腕を強引に取って、手のひらに乗せ握らせた。


『でもね、リイラ・・・何もお返しするモノが無いのよ・・・。おとうとリイラ何も持ってないの・・・』


「リイラ、貰っとけ。男の子に恥をかかせてはいけない、おとうがいい物を持っているから」


俺は皇子に一対一の念話をしながら、カバンから前開きのシャツを取り出して肩に掛けた。


『ズボンが破けている、これで隠して。リイラには秘密にしておくから』


皇子は一瞬何を言ったのかと、俺に向かって首を傾げたが、片手でそっと尻をさわってサッと顔がゆでだこの様に真っ赤になった。


『そう? じゃあ、ありがとうね。きれいな石だね、宝物だね』

何の変哲も無い、つるっとした灰色の小石だったが、子供にしてみたら大切な物なのかも知れない。

リイラは嬉しそうに石をコロコロと手で転がした。


「黒い竜よ感謝する、この恩はレオンハルト、一生忘れない。あっあの・・・このような願い決して許されないと分かっているのだが、お母様にバレたら百日ほどおやつ抜きにされると思うのだが・・・」


「無理なら、無理って言うよ。契約名を教えろってのは無しだぞ・・・」


「そんな事は十分承知している!! 契約名というのは竜からの命の誓いなのだろう? ぼくは・・・まだ幼いので竜の命を預かる自信が無い。ただ、友達になって欲しいのだ・・・。この城にはぼくしか子供が居なくて・・・。もしかしたら小さな竜の仔が竜園に住むのなら一緒に遊べるのでは無いかと・・・うれしくてとても逢いたくなったのだ」


俺とリイラは思わず顔を見合わせた。

皇子様がリイラを友達に? いや、それは色々と・・・竜と王族とか言う前に、身分差というか育ちが違うというか。


『お城で一人ぼっちなの? 一人ぼっちはだめなのよ。寂しかったの? 』


その言葉にはっとした皇子の瞳は、みるみる内に涙が溜まっていった。


「分からない、寂しいか何て分からない。でもずっと一人だったと思う」


『おとう、たまにレオンハルトに逢いに来ていい? 』


あぁ、こんな難しい選択を俺にしろと言うのか・・・。


「リイラ、この方は王族で皇子殿下だ。名前で呼んではいけない。皇子様、俺達はまだ契約前だ。もし、卑怯な手を使ってリイラから契約名を聞きだしたりしたら、俺は許さない。解約の竜の力をもってして強制解約させる・・・俺の牙と爪でココを射抜く。その覚悟はあるのか? 」

俺は皇子様の胸にそっと指を当てた。

少年がぶるりと体を震わせた。


「約束する、絶対自分から契約名は聞かない。この仔を大切にする、だから、お願い・・・」


俺とリイラはその言葉を聞いて、顔を合わせて頷きあい苦笑した・・・。







『ラギーッ、ごめんちょっと揉めちゃって時間かかっちゃった!! 皇子様の叔父に後は任せて行こうー。あれ? 抜けれたんだ』


リンシェルンが小走りで、黒の軍服を纏った背の高い男性を伴って帰って来た。


「レオン坊!!オイーッス!! うぉぉぉぉぉぉっ!!!!! なんじゃこの凄い男前は?! おぉ? ちんまくて、かわいらしいのも居る、おいちゃんウマイ昆布飴持ってるからあげような!! フハハハハハッ!!!」


『黙れ、オウル』


その男の勢いに吃驚して、俺の胸にリイラと皇子様が慌ててしがみ付いて来た。





 




 



オウル登場!! 名前だけはものすごい早く出ていた漢・・・。

竜園の館の玄関では、戦いに負けたジュリアンとシャイナが脱力中・・・。

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