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君に届くは竜の声  作者: 月野安積
第二章  竜園
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竜の霊廟

『珍しいね、ラギが熟睡しちゃうなんて。ラギはね穏やかにしてるみたいだけど凄く警戒心強い、寝ていても気配や物音ですぐ起きちゃうんだよ。相手するのが邪魔臭い時とか、危険が無い時は寝た振りしてるんだけど・・・、体とか髪の毛を触られてるのに気がつかないなんて初めて見た 』


リンシェルンの念話がしてふーっと気がついた。

髪の毛がどうしたって?


「わたくしの実家が服飾装飾専門の店をやっておりますの、昨夜の内に連絡して取り寄せました。皮ひももよろしいのですけれど、ちょうど極東の島国から届いた組紐がありましたので黒の飾り玉で両端を止めてみました。やっぱり黒い髪に朱色の組紐は映えますわね、眼福ですわ」


あぁ、気を失って倒れて寝かされたのか。フィーナさんに何か迷惑を掛けたのかも知れない。

俺は起き上がって回りを見渡そうと、眼を開けた。

途端に思っても見なかった痛みが頭に走った、ゴンッという衝撃音と共に・・・。


今一瞬緑色の物が眼の端にあったような気がするが。

キャーという女性たちの悲鳴が辺りに響く。


『うわっ、シオーネ!! アゴから血が出てる! ラギー、起きたはいいけど突然だな・・・』


「え、俺・・・」


俺は座りなおして周りを見た。どうやら倒れてから、この広いベットに運ばれたようだ上着は脱がされている・・・。

正面にはリンシェルンが腕を組んで立っており、俺の真横には緑の髪の少女がフーフー息を荒げながらアゴを押さえて転げ回っていた。


俺はデコが痛いんだが・・・。手で額を触ると何だかぷっくり膨らんできた・・・。

タンコブ? 


『シオーネもラギに近づきすぎ。あのねラギ、この仔がシオーネ、緑竜だよ』


「・・・・それは、初めまして・・・アゴ、大丈夫?」


少女は零れそうな大きな緑の瞳に涙を一杯溜めて、アゴを押さえながら俺の横にちょこんと座った。

おぉ、少女マンガに登場しそうな美少女だ。額に小指の先ほどの鱗が光っている。これが竜紋か。


『・・・初めまして・・・いや、何のこれしき・・・』


この間抜けな挨拶が、俺とシオーネの初めての出会いだった。これから先、彼女にも色々と世話になるのだが、それはもう少し先の事だ。


「リンシェルン・・・ムギ居た? 見つかっているなら、すぐにここを発ちたいんだけど」


『あぁ居たよ、オウルに捕まっていた所をリオンとシオーネが同時に見つけたらしい。契約者の館の裏庭で煙が上がったんで、不審に思った宮殿の近衛兵が知らせて慌てて駆けつけると案の定だよ』


この鳥は本当は蒸し焼きにして、特製のソースをつけると旨いんだがな。

とか言いながら、しぶしぶ返してくれたらしい・・・。

食われかけたのかムギよ・・・。


『ごめんなさい ! ! あたしの監督不行き届きだわ、リイラの眷族(ともだち)だったなんてどう謝ったらいいのか分かんない』


シオーネは正座して俺にいきなり土下座した。寝床の上でなんだが・・・。

ペコペコするので頭の上でツインテールがふわと揺れた。


『シオーネ謝ってるの? 仕方無いでしょう、竜門で門番してたんだから』


『くーっ、落ちている物を食うなとあれほど言い聞かせてあるのに、あの野良王子───! ! 』


オウル・・・、オウル殿下という人か。シオーネの契約者。

なかなか、ワイルドな人らしいが。王族って一体・・・。



『ま、許してやってよ。オウル殿下ってのは陛下のすぐ下の弟なんだけど、捨てられた王太子とずっと言われててね、当時生母を亡くしたのを機に、たった一人で幼少の頃王宮の勢力争いに巻き込まれて、命の危機を何度も経験して成人するまで身を隠していたんだけど。10年前今の女帝ヘレナが即位して、やっと表に出てきたってワケ、ずっと海の方の下町で、ゴロツキみたいに暮らしていたらしいからね。・・・会ってみたら分かるよ、一般常識は通用しないから・・・』


王族にも色々居るようだ。許してやってと言われても、反応に困る。

ただ関わりたくないという一言に尽きるのだが。


『あの、アホウの事はそこまでにして。それで何ですが、こんな時に非常に申し訳ないのですが。ラギさん・・・』


俺はシオーネに目を向けた。

多分後はこの子だけだろう、別に拒否する必要も無い。

ただ・・・。


「シオーネ、俺今、竜力が枯渇してるんだ。力使うとまた寝込んでしまうかも知れない。・・・大丈夫もう少し待って、何か食ったら力戻るから・・・」


シオーネが俺の首にガバっと抱きついた。

ありがとう、ごめんね。と何度も話すシオーネを軽く抱き返し、そっと離した。


世話係の女性たちが、ベットの上でも食べれるように食台って言うのかな、ベットでお金持ちが寝巻きのまま、朝食を食べるようなアレを手早く準備し始めた。


『あたしも一緒に食べていいかな・・・今、アルファーと門番交代してきたんだ』


「いいよ、朝になってしまったな・・・。リイラはどこ? すっかり世話になってしまってすみません・・・」


俺は座ったまま、ペコリと頭を下げた。そこで初めて頭が結ってあるのが分かった。頭の上で一つと髪の先から30センチほど上のところにもう一つ。

俺は毛先の方を持ち上げた。

この世界ではちょっと凝った物は庶民には手が出ない。

あくまでも、お金持ち、大きな商人や貴族の贅沢品なのでとても高いのだ。

毛先にはきれいな組紐が括られていた、これは多分俺では勿体無すぎる。


「俺、これいいです。竜力押さえて暮らすつもりなんで、髪は短くなるんです・・・」


「それはラギ様に誂えた物です、どうぞお持ち下さい。私からの贈り物です」


にっこに微笑んで言ったフィーナさんの後ろの控えていた何人かが、動きを止めてこちらをうかがっている。

フィーナさんがリンシェルンにチラと目線を送った。

リンシェルン・・・何を言った?


「帝国にはそういった品はめったにございません、そうですね。一本金貨二枚と言ったところでしょうか・・・。あ、これは卸値でございますから、市場に出ればもう少し高うございますね」


極東からの輸入品は輸送期間も長期だし、かなりの危険も伴うので値段が破格なのだ。

姉が着物を着るときに使っていた帯締めにも似ていて、もしかしたら日本と文化が似ている国や地域がどこかにあるのかも知れない。


「ありがとうございます、しかし・・・。俺からは何もお返しできる物がありません」


貧乏したら・・・売ろう。

後の話だが、この組紐は上流階級の流行となって、ドレスや軍服、軍剣などを飾る事になる。


「ならば、たまにこちらに遊びに来て下さいませ。何もお知らせして下さる事はありません。心躍らせながら毎日空を眺めておりますから」


「・・・機会があれば、いずれ・・・」


『やぁ、おはよう。姫君が起きたよ、王も起きたようだね。あ、いいなぁ朝食かい? 僕もまだなんだけどご一緒していいかな』

『おとう、リイラおとうの隣で寝てたのに気がついたら違うとこにいたー』


リイラはリオンに抱かれて部屋に入ってきたが、俺を見つけると寝台にゴソゴソと上り俺の膝の上に座った。

俺のベットは人が三人くらい寝れるほど大きかったが、だんだん狭くなってきた・・・。


『私も入れて、お腹減っちゃったよ』

リンシェルンまで乗ってきて、結局ベットの上でもくもくと朝食を食べる五体の竜。大きめの丸い盆が二つほど持ち込まれて、パンや果物が乗せられた。


しばらく食べたところでシオーネに声をかけて、念話範囲を広げた。

額の竜紋がタンコブに当たって何か変な気持ちだったが・・・。


『おぉ、やった。これってみんなに聞こえるんだったね。何て素敵な力なの・・・』


「あまり遠い人には聞こえないようだよ、人が話すのと同じ感覚だ」


ポーと下から鳴き声がしたので見ると、ムギがうろついていた。

やれやれ、こいつのせいで、竜園を出そびれた。

本来ならば昨夜はしばらく逗留する予定の借家の近くの宿屋に泊まって、朝から色々と用事があったのに・・・。マールさんの旦那さんとの約束は明後日なのでまぁいいとして、借家がどういう状態か確認しておきたかった。

借家はガリムさんが奥さんと出会うまで住んでいた一軒家で、今は町内の人に管理を任せているとの事だった。俺はガリムさんから帝都に住む間はそこを借りる契約をした。ただ、もともと古い家だったらしく。今はどうなっているか分からないということだったので、早く家を見たかったのだが・・・。


『ラギ、顔色が戻ってきたね。昨夜倒れた時は真っ青だったよ』


リオンがリンゴのような果物を器用に剥きながら言った。

それを剥き終わった端から、リイラを含める女三人が手を伸ばし一瞬で無くなった。


「・・・多分、霊体を見てしまって」


ブーッッッッ! !

リンシェルンとシオーネが咀嚼していたリンゴを噴き出した。

慌てて回りに居た世話係が駆け寄って、濡れたタオルであちこちふかれていく。

リイラの頭の上にリンゴの欠片が乗っかったが、それも丁寧にふかれていく・・・。


『なっ、何?、ラギって一体・・・と言うか、ここ幽霊いるの ! ? 』


シオーネがリオンにしがみ付いて、キョロキョロと周りを見渡した。

今は、居らんがな・・・。


『シオーネ、落ち着いてよ。僕も刀自(とじ)に聞いた話だから確かでは無いんだけど。この離宮は後宮の一部だったらしいから、そういう怨念みたいなのは残っているかもねぇ・・・。どんなの視たの? 』


怖いけど興味深々というところか、三人俺の方ににじり寄ってきた。


「白い竜だった、剣を引きずって白いドレスに血飛沫(ちしぶき)・・・。王竜みたいだったな、唇が動いて喋ったから。それと・・・」


『それと? 』


今はあの事は触れないでおこう・・・。

「いや、それだけ。こっち向かって歩いて来て、よろついたんで、思わず支えようとしたら気を失った」


『白竜? その色は幻の色と言われていて、実際には存在しないはずだけど。王竜も、えーとラギを入れたら歴代で三体目かな。ホールの天井見たらはっきりするんだけど、僕と後で行ってみよう』


「ホールの天井見たら、何か分かるのか?」


『ん、それは行ってのお楽しみ』


昨夜あの部屋に入った時は、何も見えなかったが。

いや、広すぎて全体を把握できなかったというのが正しいかも知れない。

朝食を終えて、みんなでその部屋へ行ってみる事になった。

リンシェルンとシオーネは怖いとか言いながら、面白がっている。

本当にあの状況に直面してみろ。

女の子なら腰を抜かす、少なくとも俺の姉妹だったら動けなくなっているだろう。


『さて、では竜のドームをご覧あれ』


リオンがあの重厚な扉を大きく開いて、中に導いた。


その部屋は円い広間で天井はすっぽりとドーム型になっていた。

プラネタリウムの上映画面のようだ。

しかしそこには何か多数の鳥とも、蝶とも見える絵が青空を模した天井を所狭しと舞っていた・・・。


赤、青、黄色・・・それは無数の竜・・・。

ドームの頂点は小さな丸い天窓が付いていて、そこからがその広間の唯一の光源だ。

その光の頂点に向かって、竜が舞い上がっている・・・。


『僕らはね・・・、この体が消滅すると、骨の一つも残らないんだよね。風になって女神様のところに還るんだって。生まれるときも、女神様の涙から生まれてくるって言われてるけど、そんなの覚えてる竜なんて一体も居ない』


『この絵の竜は、全部帝国で亡くなった者たち。墓標変わりにここに描かれる。ほら、あの下の方に描いてあるのが一番最近高齢で亡くなった、桃竜シンシア。陛下の契約竜だったんだよ・・・、僕とアルファーは刀自って呼んでいた。世話係の人たちがそう呼んでいたからね』


圧巻だった。

俺はしがみ付いて来たリイラを抱き上げ、天井を見上げながらぐるりと回った。

俺もいつか消滅したら、ここに描かれるんだろうか・・・。

そもそも、俺は一体何なのだろうか。現実なのか現実で無いのか、たまにそれさえも、あやふやになってしまう時がある・・・。


『ラギ、白い竜は見つかった? 』


俺がそれを探していた事に、リオンは気がついたのだろうか。


「いない・・・」


俺は小さく呟いた・・・。


『そう・・・、何か事情があって描かれなかったのかも知れないね。銀灰の仔はいるみたいだけど』


リンシェルンやシオーネも天井を見入っていた。

暫し全員無言になる。自分たちもいつか最後が訪れる、厳かな気持ちで頂点の光を見つめていた・・・。


そこへ、急にバタバタと数人の足音が入り口から聞こえた。

深い緑色をした軍服の兵士達が、リオンの前に跪いた。

後で知ったのだが。緑色の軍服は憲兵、青は近衛兵、陛下の近辺を警護する親衛隊は赤、そしてその他は黒となっている。


『どうしたの? 』


リオンが静かに問い(ただ)した。


「竜門で少し諸侯の小競り合いが、それは光竜様とシャイナ殿下ジュリアン殿下が治められました」


『フン、やっぱり動いたか。小競り合い起こした貴族、後で教えて。一人ひとり調べなおすわ、ラギ、ここから街への抜け道があるから一緒に出よう』


リンシェルンが俺に声をかけて、憲兵達が一斉に俺とリイラを見た。


「黒竜・・・」「何と見事な!」


シオーネがそっと近づいて俺に一対一の念話を送ってきた。


『ラギ、実は私たちラギが王竜だって言って無いの。知ってるのは竜と陛下の兄弟達、それとここの世話係の人たちだね。・・・なので念話で頼むね、明日契約式で今晩舞踏会があるんだよ。昨日今日帝国全土から貴族が集まっていて誰かが契約前の竜が居るって知らせたんだ、ラギ達には黙っていたんだけど・・・何人かが会わせろって言って来ている』


『分かった、迷惑をかけた。そろそろここを出る』


『ラギ、私一緒に朝ご飯食べられてうれしかった・・・。竜園に来てくれて本当にありがとう』


そのやり取りの最中も、憲兵達が俺をポカンと見つめていた。


『ほら、黒竜に見惚れないで。それだけで君達は竜園の館に入ってはいけないって言ったの、破ってきたの? 』


「あ、いえ。レオンハルト王子殿下が朝から姿が見えないと、侍従長から連絡がありました。女官長が竜園に小さな竜の仔がいるとうっかり言ったそうで、もしかしたらと」


『・・・面倒だね。あのちびっ子、結構かしこい上にすばしっこいから・・・。とりあえず警戒をしっかりね』


この時、御歳八歳。未来の皇帝との出会いが近づいていた・・・。


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