俺、人を助ける
一瞬俺はその時、何か聞き違えたかなと思ったんだ。
たすけてーとかいう言葉じゃなくて、ぐぅぁーとかぐぅぉーとか何か唸ってるみたいな感じだったもので、唸り声ではあったのだけれど、何やら切羽詰まっている事だけは確かな様で、ゴウゴウと響く川の流れに混じってそれは、時にはっきりと、ときにうっすらと何度も聞こえた。
俺は地面を一蹴りして飛翔してみた、上から川を探してみる。音がする方向に向かえばいいだけだったので、いがいにあっさりと川は見つかり、そして声を出していたであろう人も見つかった。
幅10メートルほどの、それ程大きくない川なのだが、山の中の渓流なので、岩がゴツゴツと剥き出していて、その中の一つに人がひっかかっているのだ。
岩にぶつかってひっかかったのだろうか? 今は硬く目を閉じて、ピクリとも動かない。
死んでる?40代後半位の男性だ、気絶しているようなので、上空でホバーリングしている俺には気がついてない。
迷った、めちゃくちゃ迷った、死んでいるにしても生きているにしても、この状態の俺を人に晒していいのか?
目が覚めたときに、怖がられるだろう、俺なら怖い、食われると思うだろう。
迷いに迷った結果、男性をとりあえず川岸に運ぶ事ににした、気絶しているようだから、運ぶ時に暴れられたり、怖がられたりってのはないだろうと思ったからだ。
ゆっくり降下して、爪が鋭いその手で男性が傷付かないようにそーっと掴んだ。
川岸の柔らかな草の上に降ろして、息をしていない事に気が付いたが、心臓の音ははっきり聞こえる。
水が詰まったのか。
もうすでに俺は、今自分の姿がどうだとか、怖がられるとかどうでもよく、助けた段階で何とか息を吹き返して欲しいと心から思った。
物が詰まった時の救急処置は……。男性の体の向きを横にして、背中の肩甲骨の真ん中を叩こうとしてハッと気が付く。
このままやれば、確実に死ぬがな!!
人では無い事を初めて悔やんだ、人になれないかな、なれないのかな、助けたいんだよこの人を。
願ってみた、空だって飛べたんだから、とりあえずやってみようじゃないか、ダメならそうだな、この人を近くの集落まで運ぶか。
人に!!!
思ったとたんに、シュンッと体の回りに風が掛けぬけ、目線がいきなり低くなり、カクンと俺は脚の力が抜けてそこにへにゃりと座りこんだ。
「え?」
その時の俺は、まだ自分の姿がどのようになっているとかどうでもよく、人になってこの人を助けられるという事に集中していて、この見た目の為に竜である事も含め、大厄災が訪れるとはまだ気が付いてなかった。
「何だこの髪の毛、邪魔すぎる」
やたらとズルズル長い黒い髪の毛は足元をうねっており、マッパ(裸)を隠していてはくれたが、邪魔すぎる。
とりあえず前に落ちてくるのを耳にかけ、男性の背中を4回ほど叩いた。上向きにしてアゴを持ち上げ、片手で鼻をつまみ息を吹き入れる。
息が戻らない、もう一度繰り返し。
ゴバッ! 男性が水を吐き出した、ゲホゲホとむせ返る男の背中を横にしてゆっくりとさする。
「自分の事、分かりますか?名前言えます?答えられなかったら、手とか動かしてもらえるだけでいいです」
確実に、男性はとまどっている、そりゃそうだろう、俺だって戸惑うわ。目の前にはマッパ(裸)の、えらい髪の毛が長い男が一人、自分の横に跪いている。
さぞ気味が悪かろう、この長さはアレだな、百人一首とかでよく描かれている平安時代の貴族の姫君級だ。何でこんななのか、心の中は半泣きだ。
「ワシは神山の麓の村のガリムだけど……、あんたどうしたんだ?」
そうだな、聞かずにはおれんよな。
「あんたも鉄砲水に巻き込まれたか?一週間も雨が降り続いたもんで、川がえらい増水したからな」
ただ今俺の頭はこの状況をどう説明するかで、フル回転中だ、もうしばらくこの人に喋ってもらうか。
「雨のせいで川幅が倍、川の深さも倍になっちまって、ワシも流されちまったい、せっかく採集した水晶も流されちまったろうな……、一週間振りの仕事で張り切って川上まで来すぎたわい」
いや、実のところ、この人が喋っているのは日本語では無い、もう何でかよう分からんが脳内で言葉が変換されてて、自分にとって意味のある言葉として認識しているのだ。
後に、一ヶ月もしない内にこっちの言葉がなじんでしまい、脳内変換される事は無くなってしまうのだが。もう竜になった段階で俺の常識は大崩壊しているので、特に驚愕する事も無かった。
不利すぎる、俺の状況不利すぎる……。
ほんで、あんたは?と男性が俺を見上げている。泣きそうだ、マジ泣きしそうだ。
実際涙声になってしまったのだが、やっと頭の中でまとまり、説明してみる。もちろん、俺、竜で空からアナタ見つけましたという一行で済ませられる説明はするワケにはいかない。
「あぇ、俺、この辺り旅してて、道に迷ってしまって……。水浴びしてたら、いきなりの増水で、荷物も服も流されてしまったんです、うぅ……すんませんこんな格好で……うっ、あのこんなお願い申し訳ないんですが、ガリムさんの村まで一緒に行ってもらえませんか?」
「金も流されちまったんで、どこか働けるところがあれば助かります……」
「とりあえず、あんた、濡れててすまねぇが、俺の上着腰に巻け」
兄ちゃんちょっと、そのカッコ目のやりばが無くて困るわと、ガリムさんは上着を貸してくれた。
「王都の人かい?兄ちゃん、整った顔してるから街からきたんか?」
え、俺の顔立ちは王都とか言ってるところと一緒なんか? アジア人の顔はアジア地域に多いとかそういう感覚なのか?
「えぇ………まぁ……」
曖昧に返事しておこう……。
右足を挫いて歩けないというガリムさんを、背中に背負って、とりあえず俺は川下にあるという村を目指したのだった……。
俺、髪の毛どうする
絶対ドロドロになっていると思われます。