太古の暗闇と俺
『ねぇ、ムギちゃんって何? 』
リオンが小首を傾げながら訊ねた。
その問いにリンシェルンが額に手を当てながら答えた。
『鳥だよ、ポーポーって鳴く。リイラが名前付けたからリイラの眷族だな、名付け親から離れないハズなんだけどなぁ。すっごい間抜けな感じだから、迷子になっちゃってるのかも』
ちょっと待て、眷族って何だ。ただの土鳩だぞ、俺はよろめきながらリイラのカバンまで行き、もう一度中を探った。
小さな小羽とパンくず、それとリイラの髪飾り着替え、ばあさんが持たせてくれた飴などのお菓子が入った小袋、布で作った小さな女の子の人形、履き替えようの布製の小さな靴。
・・・居ないな・・・。
「最後にカバンを開けたのはいつだ? 」
俺はリイラの頭に手を置いて聞いた、だが首を横に振りリイラはムギの小羽を拾ってぎゅっと握った。
「あ、あの・・・黒竜様・・・」
世話係の女性たちの中から、声がした。
「黒竜様がお着替えをなさっている最中に・・・。リイラ様がカバンから髪留めを見せて下さいました、後からこれを付けて欲しいと・・・」
その時にカバンを開けたんだな・・・。
『夜目が利かない子なんだね、ちょっとまって僕の眷族を呼ぶよ。みんなで捜せば早いでしょう、アルファーとリイラはここに居て、アルファーは腰が抜けて動けないでしょう? 僕は宮殿の方を一回りしてくるよ、リンシェルンは竜門から庭見てくれる? 』
そう言うとリオンは窓を大きく開けて、指でピュッと鋭く指笛を吹いた。
どこに居たのか、暗闇から大きな羽音がして。大きなフクロウが飛来しリオンの腕に止まった。
リオンはカバンの底に残った小羽をフクロウに見せた。
『リム、城の外にこの小さな竜の眷族が居ないか捜しておくれ』
立派なフクロウはホーと小さく鳴いたかと思うと、また暗闇の中に飛んで行った。
おぉ、カッコいい。
『で、ポーポーと鳴く以外どんな感じの鳥なんだい描いてみて? 誰か紙を持ってきて』
「いや、俺は絵が苦手だから。どんな感じと言われてもな・・・」
リイラが紙とクレヨンのような物を貰い、いきなり張り切り出して絵を描き始めた。しかしその絵はどう見ても、鎌倉名物の銘菓の例のサブレにしか見えず。分からな過ぎて、周りからため息が聞こえた。
『な、名前が付いているんだったら返事するだろう・・・、ムギね、ムギ・・・。屋敷の中に入り込んじゃったのかなぁ、ラギ、動けるなら二階を捜してくれる?。この離宮無駄に広いからさ、ここに何人か残って一時間後に戻ってくるって事で』
リオンはそう言うと、屋敷から出て行った。
屋敷の中よりも、外に居る確率の方が高いような気がするので、一緒に付いて行きたかったのだが。
宮殿の方向から何だか色々な気配がして、あまりうろつかない方がいいと、本能が訴えていた。
リイラはと言うと、アルファーの近くに机と椅子を持ってきてもらい。
たくさんの色鉛筆にクレヨンを並べてもらって意欲的に作画にいそしんでいる。
ムギはいいのか、ムギは・・・。
「黒竜様、わたくし共がお供致します・・・」
一部屋一部屋探すのは時間がかかるだろう、まぁ手伝ってもらうか。
しかし、黒竜様って呼び方はちょっとどうなのか・・・。
「・・・ラギでいいですよ、ちょっと待って。髪が邪魔なんで括ります・・・」
「あぁ、あの、御髪を整えさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
俺は上着のポケットから皮ひもを出して、口に銜え、両手で髪を上げている最中だったが。まだ別れて数日しか経ってないのに、ふとばあさんの事を思い出して懐かしくなった・・・。
・・・本当の家族みたいだったな。
「・・・あ、じゃあこの皮ひもで頭のなるべく上の方で括ってもらえますか?、編み込みとかはいいです。簡単でいいんですよ」
皮ひもじゃないと落ちてくるんだな、髪の重さもあると思うがやけにツルツルなので、編み込みしてもらっても実は解けてくる。
「やった!・・・あ、いえ。ふふっやっとお世話らしい事が出来ますわね。うれしいです、私世話係の頭をしておりますフィーナと申します。髪を括るのはいつも皮ひもなのですの? 」
「一番しっかりしてるんで、これでいいんです。俺面倒なの嫌いなんで、というか、これしか出来ないんですけど・・・」
フィーナが、まぁ・・・と小さく呟いて、もう一人に髪の毛を上げさせて手早く結んでくれた。
「二階は二十部屋もありますの、締め切った部屋には入れないでしょうけれど一応確認はしましょう。リイラ様はアルファー様が観て下さっているようですから、世話係を二人残して後は厨房と一階の部屋を捜してみましょう」
『ラギ、何か食べた方がいいのではないか? よく動けるな・・・』
アルファーが寝椅子で横になりながら念話を飛ばしてきた。
洞窟で断食三ヶ月を経験しているので、これ位はまぁ何とか・・・。
ただ、おあずけにおあずけをくらっているので、精神的に辛い。
「そうですわ、探すのは私達に任せて食事をされては? 」
フィーナが気遣ってくれたが、何だか落ち着かない。
この感じは久し振りだな、二階と言われて上を意識してから何かあるような。
ウチの土鳩が行方不明で迷惑かけているのだから、俺が捜さないワケにもいかない。
ムギが居ればそれでいいし、外ほど闇雲に捜さなくてもいいだろう。
「上に・・・何かあるような気がするから、ムギが居るかも知れない。行ってみる」
『だったら、小部屋はみんなに任せて、ホールだけ調べて帰ってくればいい。東の一番奥の部屋で、天井にドームが作ってある。何かあっても無くても、ラギが探すのはそこだけにして、戻っておいで』
「リイラ、飴ちょうだい」『赤いのあげるよー』
俺は子供が口の中に入れると、ほっぺがぷっくり膨れる丸い大きな飴を口に放り込んだ。
「ほにゃ、ふぃってくりゅ・・・」
おぉイチゴ味だ、旨いなぁ。今、なに食べても俺は大絶賛できる。
眼が暗闇に慣れるのが早いので、俺は階段を見つけさっさと二階へ上がった。
「ラギ様、ここをまっすぐ行くとホールです」
俺は軽く右手を上げて、前に進んだ。
その部屋は大きく重厚な扉が設えてあって。まさかここに鳥一羽入れるとは思わなかったが、何かの気配が一番濃厚だったので、俺は迷わず部屋の中に入った。
口の中の飴はガリガリと噛み砕き、小さくしながら舐めていた。
これをやるとすぐ飴が無くなるので、よく怒られていたな・・・。
俺の眼でも向こうがよく見えないほど、広い。
ここは何だろう天井も高いみたいだ。ホールとかドームとか言ってたな。
部屋の中で小さく女性の声が聴こえたような気がした・・・。
あれ? 世話係の人が先に入っていたのかな。俺はいいけどロウソクくらい持って入ればいいのに。
「ムギ! いるのか? 居ないっぽいな・・・。気配がしないからここじゃないですよ」
俺は奥に居るっぽい人に声を掛けた。
その声が聞こえたのか、女性の声がピタリと止んで。今度はヒタ、ヒタと裸足で歩くような微かな足跡が聞こえた。シャーと何か金属が床を擦るような音も・・・。
「あ? 」
しばらくして、闇の中にボーっと女性の姿が見えてきた。
白い髪と琥珀色の瞳、俺を見ているような見ていないような・・・。
白いゆったりとしたナイトガウンのようなドレスを着ていて、俺は気が付いた。
このヒト、お腹が大きい・・・。
よく見ると、ドレスの裾の方は破けていて、赤い点々が散らばっている。
模様? じゃない・・・じゃない!?
するすると俺に近づいてくる。その右手には血まみれの剣が握られており、床を引き摺っている。
そしてはっきりと、色の無い唇を動かしてそれは言った。
俺の胸にまっすぐに進みながら・・・。
「・・・陛下・・・陛下・・・、あたしも愛しています・・・。すぐに参ります、・・・の竜ソフィアが地の果てであろうともご一緒致します・・・」
一瞬俺はそのヒトと眼が合ったような気がした。
竜星眼! ! 髪が白い・・・白竜!?
女性がよろついて、俺の方に傾いだので慌てて、両手を差し伸べた。
だけど、その手は空を掴んで空振りして。
俺の胸の中には何も残らなかった・・・。
ぶつかる瞬間、ふわっと思いが風のようにまとわり付いた・・・。
(この命絶えようとも永久に、お慕いしております・・・)
ゆ、う、れ、い! ! 俺は何かの強い気に当てられて、フーっと気が遠くなって行くのを感じ、そのまま周りはグルリと暗転した・・・。
いやー、俺こっちの世界に来るときにスコンと気を失ったワケだが。
またしても、情けない事に気を失ってしまった。
それよりも・・・。
俺はもしかしたら・・・。
・・・契約者との間に命を育めるのかも知れない・・・。
実はリンシェルンから俺たち竜は、人とは交われないと教えられた。
慰めあう事は出来るが、その先は無いと。
正直、本当に人ではないという事実に、うんざりしたけど俺はそれでもいいと思っていた。
子供はリイラがいるし、人は人同士結婚すればいいのだし。もし契約者となる人物が現れても、見守る方向で考えていた。他の竜みたいに家族や兄弟と同じ感覚で、いいのかも知れないと。
好きな人から距離を取るなんて、向こうの世界で散々やってきたし、一番の親友で居られる自信があった。
だけど、あの竜は確実に身篭っていた・・・。
俺は嬉しくなった、何だ我慢しなくていいのか。俺、王竜とやらでよかった。
(そうか、今度は俺、諦めなくてもいいんだ・・・。いや、諦めない)
あれは多分大昔の幻を一瞬見たんだろう。不確かで頼りないが、俺にとっては確かにこの先、進んで行ける勇気になった。もしかして、命を紡いで行けるのならこの先の人生も捨てたもんじゃない。
そして、心がかなり軽くなった。
もの凄い物騒な場面ではあったが・・・。
俺は、あの白い竜を視るために、竜園に来たのかも知れない。
俺にも苦い過去があるってことです・・・その話はまた。




