竜園と俺
『リオン、王宮の方は大丈夫なのか? シオーネはどうしたの』
『シオーネは竜門に待機してもらっている。王族、諸侯、一人も入らせない任せてって言っていた。それとジュリアンから憲兵を借りたよ、契約前の竜に接触する事は違法だからね。もしもの事があったら即、拘束してもらえるようにしておいた』
帝城から、庭を挟んで建っているその離宮に、俺達は入った。
居心地の良い居間に通され、リイラは早速世話係の女性たちからチヤホヤされて、食事の世話をされていた。
その隣で、アルファーが腕に食べ物が付かないように袖をめくってやってる。
モグモグ・・『アルファーさん、ありがとー。えーおとうさん? あたしのお父さんはラギって言うんだよ。え? アルファーさんもお父さん? ・・・・』
念話できるので、食べながらでも通じ合える。
リイラはもくもく食べながら、部屋の入り口で立っている俺に目を合わせた。
アルファーは広域範囲の念話が出来ないのか・・・。
何を言っているのか気になるな、会話に入っていけないのが何とも難点だ。
最近になってだがリイラも出来るようになったのに、一体どういう事だろうか。
俺何かリイラとリンシェルンに特別な事をしたかな。
『ラギ、とりあえずどこかに座りなよ、落ち着かない。ほら荷物降ろして、ここは私達の巣なんだから、もっと力抜いていいんだよ。ここはね、ラギが思い描いているような場所じゃないよ』
リンシェルンが俺の腕を引っ張って、長椅子に座らせた。
俺が座った隣に、リオンと呼ばれた男が座った。足が辛そうだ、事故にあったと聞いたがどうしたんだろう。リオンはそっと自分の右足を撫でた。
『僕の呼び名は、青竜のリオン。リオンって呼んでね。初めましてだねラギ、ユリアンとプリシラがお世話になったみたいだね、あの二人は王族だけれども、僕が育てたんだ、だから家族みたいにしている。気安くて慣れ慣れしくしたかも知れないから、気を悪くしなかったかい? 』
「いや、俺も色々と教えてもらったから、いいんだ・・・」
俺は知らず知らずの内に、リオンの足をジロジロ見てしまったようだ。
『あぁ、これかい。僕ね、人が大好きなんだよ。弱くても、愚かでも、醜くてもね・・・。今、この時でも住む所も無くお腹を空かせて、戦争で国を追われて彷徨っている人たちがいてね。僕、何か出来る事が無いかと思って見に行ったんだけど、その人たちの中に僕らの事が嫌いな人たちが居たみたいで、ちょっとトラブっちゃった。・・・いや、僕も馬鹿だったんだ、竜体で行ったから。・・・・ラギ、そんなに心配な顔しないで』
リオンが人懐っこい笑顔を俺に見せたけど、やはり足が痛いのか、少し口元がヒクっとなった。
「竜力で、楽になるか? 俺、傷を治癒させるとかはやった事無いが、少し元気にする事なら出来ると思う・・・」
『ラギ、その気持ちは嬉しいけれど。君もお腹空いているでしょう、僕ね、気持ちの色が見えるんだよ。今竜力なんか使ったら、倒れちゃうんじゃないかな、凄い警戒しているのも分かるけど、お願い、何か食べて欲しいな。・・・世話係の人が、リンシェルンから君達が今晩来るって聞いて、腕を奮ってご馳走作っていたんだよ。彼女たちは庶民から選ばれてここに仕えている、ラギとリイラ専属の人たちも今日決まったみたいだよ』
俺はそう言われて、チラっと近くにいる二人の女性を見た。
竜体から人型になって、彼女達が俺の傍から離れなくなった。リイラは子供でまだまだ世話が焼けるからか、五人ほど付いている。
これはちょっと甘やかせ過ぎでは無いだろうか、過保護ってやつだ。
これでは、自分の事が何も出来なくなってしまう。
「リオンには、隠し事出来ないってことか。便利な力だな・・・、俺には世話係はいらないよ、ここには住まない。・・・・俺、それ言いに来たんだ」
俺は立ち上がって、アルファーの近くに行った。
一つ、試してみたい事がある。竜力使って腹が空いて倒れるのなら、その前に・・・。
「アルファー、ちょっと顔、貸してくんないかな」
必死でご飯を食べているリイラ以外が、息を飲んだ。
『な・・・に? 』
さすがにアルファーも戸惑っているようだ。顔が険しくなった、眉間に深い皺が刻まれる。
俺はグイっとアルファーに顔を近づけた。睨み付けるようにアルファーも顔を近づける。
『どうしたの? 怖いよ二人とも、ラギまで目を吊り上げて。どうしたんだい! 』
リオンの焦るような念話が飛んできたが、俺は真剣だ。
更に顔を近づけようとした時に、アルファーがガシっと俺の手を組んできた。
まるで力比べをするように、お互い手に力を入れて突っ張り合う。
「アルファー ! ! 違うって ! 何もあんたと争うとか言うんじゃない! 」
『だったら、何だと言うのだ ! 突然、顔を貸せとは穏やかでは無いぞ! 』
床がミシっと変な音がした。
リンシェルンがハッとして一歩下がった。
『みんな ! 下がって ! リイラ! こっちおいで・・・』
俺と、アルファーの足元が、俺たちを中心に力を入れすぎたのか竜力故か、円形にバシっと少し沈んだ。部屋のあらゆる物がカタカタと、小さな地震が起きたように動く。お互いの足元に何だか分からない煙まで立ち上る。
「アルファー ! 違うんだって、俺だってな ! 男の額に自分の額引っ付けたいとか普通は思わない ! 」
『・・・は? 』『な・・・何なの? アルファーと何の話しているの? リンシェルン止めて! 』『いや、だめだ、アルファーとラギの間になんか割り込んだら私多分死ぬ! ! 』
『おとう ! やだよ、アルお父様とケンカしちゃだめだよ ! 仲良しになって』
リイラが両手にスプーンとフォークを持ったまま、声を出さずに大きな口を開けて、ヒューヒューと息をしながら泣き始めた。
それを見たアルファーが一瞬怯んだ隙に、俺はアルファーの頭を両手で挟み、自分の額に合わせた。
『ラギ? 』 アルファーの消え入りそうな小さな念話が来た。
正直、ここまで大事になる必要はまったく無かったんだな。
俺が、説明不足だったんだ。・・・でもな、恥ずかしいじゃないか。
(アルファーの想いが、皆に聞こえますように。寂しい思いをしませんように・・・)
俺は、何度も何度も力を込めて願った。
いつの間にか、周りは静かになって、アルファーは俺に頭を支えられて脱力しており。俺は変な格好で踏ん張っていたので、両足がプルプル震えていた。
リイラのヒックヒックという声がする。
『リンちゃん・・・おとうさん達・・・仲直りの、ちゅう、するの? 』
『あ? ・・・・ちゅう? 』
『こうやって、こうやって、ギルとミリーのお父さんとね、お母さんがね・・・、仲直りするのよ?』
リイラがむちゅっと唇を突き出し、ぎゅっと両腕で誰かを抱く真似をした。
途端に、周りに居た者全ての目が飛び出んばかりに見開かれ、世話係の女性が真っ赤になり、リオンが椅子からずり落ち、リンシェルンが微かに『あー』と念話した。
『「するかーーーーーっ! !」』
俺とアルファーが同時に叫んで、みんなが体をビクっと震わせた。
「ん? 何とかなったか・・・、フッ、新しい技を習得した。足がガクガクするがな! 」
『お、みんな今アルファーの声、聞こえた人 ! 』
リンシェルンがみんなを見渡して、そして優しくアルファーと俺を見つめた。
みんなの手が、にこにことしながら上がる。それをアルファーは信じられないと言うように見渡した。
『あ、・・・ラギ、何と言っていいのか分からないが、感謝する・・・』
「いや、何喋ってんのか気になっただけだから。ごめん、ちょっと言葉が足りなかったな。あんなに無暗に竜力使わなくても、多分できた。ハハハハ」
本格的に腹が減ってきた、無駄にいらない力を使ってしまった・・・。
『そうだ、シオーネ ! 。ラギ、もう一人居るんだけどダメかな、凄く苦労してるんだよ、帝国最高の苦労人なんだよ。契約者が滅茶苦茶でね・・・いい人なんだけど・・・』
いい人のところで、苦労しているとは、どういう事がいまいち分からんが。
リオンがヘタっている俺とアルファーに近づいて来た。
「いいけど、とりあえず何か食べさせて貰っていいでしょうか・・・」
『もちろん ! この部屋はもう使えないから。みんな、移動しようか』
『もう、竜の男って本当に・・・、よいしょっと』
リンシェルンが俺と、アルファーを片手ずつ抱え上げた。
『ラギ、こんな時になんだが。ここに住まないか? 契約者が居ないと、体が辛くないか? 自分は、シャイナに逢うまでこの竜園から怖くて出れなかったのだが。ここは、契約者の居ない竜は徹底的に保護される。王宮と竜園の間には竜門と言って、決められた者しか入れないようになっている』
アルファーが静かに語った。
『リイラの部屋も準備した、シャイナやプリシラ姫が色々と整えてくれた。自分には女の子が好きそうな物とか分からなくて、あのドレスも・・・』
俺とアルファーは同じ長椅子に下ろされた。
アルファーの目線の先のリイラは、今度はカップケーキのようなお菓子を貰ってご機嫌だ。
『今度は、決して、リイラから目を離さないと約束する』
リイラはニコニコしながら、両手に一つずつお菓子を持って来た。
俺とアルファーに渡される。俺は腹が減っていたけど、菓子を指でクルクルとして、眺めながら考えていた。
ここには全てが揃っている、俺はもしかして思い上っていたのだろうか。
リイラは俺と居る方が幸せだと。ここで同じ竜と、世話係に囲まれてそれなりの教育が受けられて、安全も保障されて楽しく暮らした方がいいのだろうか・・・。
俺と一緒に居たって、何もしてやれない。
不安定でフラフラしてて、不確かな物を探し続ける旅に連れて行っていいのか。
ここは・・・、牢獄じゃない・・・。
竜の巣だ。
「リイラ、お前ここで、ここにいるみんなと暮らすか? 」
リイラがきょとんとして俺を見た。
『おとうも一緒? 』
俺は軽く首を横に振った。
「おとうは王竜だ、この世界を大切にしてくれる人を探しに行かなければならない・・・。きっと、おとうがずっと一緒に居たい人が何処かに居る。この世界にしか居ないから、この世に来たんだよ・・・」
『リイラ、われ等と一緒に住もう。ここには全部ある 』
『やだ、だって、アルお父様やリンちゃんもリオンさんも、たくさん家族が居るけれど、おとうは一人ぼっちなんだもん。さみしいからリイラが一緒に居てあげるんだ。おとうは、泣き虫だからね ! 』
「泣き虫か ! そうかもな。俺こっちに来てから涙腺ゆるくなった、確かに!」
俺の涙腺が崩壊しつつあった・・・。
リイラが俺にしがみ付く。
『置いていかないで・・・! ! リイラ、何もいらない、おなか空いてもいいよ、おとうがいいよ・・・! ! 』
リンシェルンとリオンが近づいて来た。
『アルファー、諦めなよ、僕は構わないよ。ただし、多少は干渉させてもらうよ、だって六体しか居ないんだから僕たちの同族は。気楽にここに遊びに来てくれる事、それと困ったときは遠慮しない事。僕だって、アルファーだって、リンシェルンもシオーネも、この帝国じゃちょっとした力を持っているんだよ。うんと頼ってくれていいのさ。それとね、王族の事なんだけど。・・・・大昔からの呪いで僕たちが好きで堪らないんだけど、今の帝国の王族に関しては、お互いを牽制しあっているのもあって、あからさまにラギとリイラに近づかないと思うんだ・・・問題は・・・』
『諸侯と言われる貴族達だ。直系ほどの拘束力は無いけど、やっぱり魅力があるらしい・・・、私の亡くした契約者も諸侯で国境沿いの辺境公爵だった。戦で亡くしてしまったので、王族への警戒心だけは解けたままで、契約は強制解約したが・・・。その話はまた追々話すよ・・・』
アルファーがリイラを切なそうに見つめている・・・。
この人は、俺よりもずっと長くリイラの卵を抱いていたんだ。
リイラは俺がアルファーを気遣っているのが分かったのか、そっと離れてアルファーの手を取った。
『ラギ、旅をして色々なところに行くのなら、諸侯に気をつけてくれ。王竜という立場からしても、慎重に頼む』
「分かった・・・、色々とありがとう・・・」
『さあさ ! 夕食をやり直そう、アルファーも広域展開出来るようになったし、楽しい食事になりそうだね、シオーネには悪いけど・・・』
リオンが世話係の女性たちに色々と指示をしている。
リイラは何時の間にか俺たちから離れて、自分のカバンをゴソゴソしていた。
『おとう ! 』
「どうした? 」
『ムギちゃんがいない、カバンのフタ開いたままだった・・・』
「えっ、どこに行った?」
『分かんない・・・』
リイラがベソをかき始めた・・・。
俺はまだまだ飯を食えそうに無い・・・。
土鳩行方不明、緊急事態発生。




