俺、視る
夢を見た。
こっちに来てから夢なんて見た事無かったのに。
俺は中世ヨーロッパ風の、大きな都市にいて。
人ごみの中でチビを抱えながら空を見ていた。
何かの花びらを町の人が空に向かって撒いており、まるで桜の花吹雪のようだ。
風が俺のレザーの上着をはらませる。
チビの紫色の髪も空へ舞う。
ほら、とチビが空に指を差した。
色とりどりの竜が舞っていた、ぐるぐると王城の天空を踊るように。
あぁ、今日は祭りなんだな、花びらが青い空に撒き上がっていく。
リンちゃん! アルお父様、 リオン、 ネネちゃん!
おとう! すごいね、みんないるね・・・。
お前、えらく喋れるようになったなぁ・・・。
でも、おとうが一番キレイ、○○は星空みたいなおとうがいい。
バカだなお前は、キレイとか言われて嬉しい男は居ないんだよ、カッコイイと言ってくれ。
美しい敷石で詰められた広場は、花びらで埋め尽くされて、俺は一歩踏み出した。
首の下におろしていた、騎兵用のゴーグルを装着する。
さぁ、探しに行こう。
どこかにいる《誰か》を・・・・。
眠りと覚醒の狭間にいた俺は、キャンキャンした女の子の声に起こされた。
ウチの壁は薄いので隣の声が丸聞こえなのだ。
それは仕方ないのだが、あいつら、また来たのか。
家に帰ってから3日経った、俺は一日目はダウンして動けなかったが、夜中から無性に腹がすき、一日半一睡もせずに食べまくった。
ラギさんずっと病気だったんだって?
よかったね、食べれるようになって、と。
マールさんが一日店に出す分であろう、大量のパンを持ってきてくれた。
もう、俺のどこに、この食料が入っていくのか謎だったが、うちの台所でばあさんと、それからプリシラが手伝って、シチューやら肉料理やらがひっきりなしに運ばれた。
それも片っ端から平らげて行き、お腹一杯になったかも? と思ったらまた眠気に襲われ、夢を見たワケだ。
「・・・・は、ラギのハダカ見て鼻血噴いたくせに。帰ったらみんなに教えてやろっと」
からかうような男の声がした、ユリアンか。
キャーキャーとプリシラの声が響く。
俺は立ち上がって着替えた、少し体がダルイが普通に動ける。
『ラギ、立ち上がれるのか? 普通なら3ヶ月寝たきりコースだぞ』
水差しを持ってきたリンシェルンが、扉の前で立ち止まってこちらを見ていた。
足元には、扉の影からひょっこりチビと土鳩が顔だけ覗いていた。
「あぁ、動けるようになったら店に顔出す約束しているから、ちょっと行ってくる」
『なっ、ちょっと待って、そこに一回座って』
リンシェルンが俺の体を心配して、『何無茶してんの』と続けた。
おれは一瞬迷ったが、ベットに腰掛けた。
チビが膝の上に、土鳩がまるで指定席のように肩に止まった。
「リンちゃん、ラギ起きたの? 君が一緒だから会ってもいいよね、ほらプリもおいで」
ユリアンが部屋に入って、俺の前に跪いて見上げた。
リンシェルンが一緒だからなのか、そんなに王族に対して嫌悪感は無いが、少し近いので気まずい。
「・・・ちゃんと自己紹介してなかったからね、僕の名前はユリアン。あぁよく見ると君は本当に男前だね、プリが夢中になるワケだ」
プリシラが真っ赤になって俯いた。
はぁ、と俺は気の無い返事を返した。
年頃の女の子に体見られたせいでかなり気まずい・・・、プリシラも気まずいだろうけど。
鼻血出したとか言っていたのが聞こえたが、どれほど免疫が無いのだろう。
お姫様だから上品に育ったのか・・・。
「これは君が起きたら、絶対言おうと思っていた。ねぇ、ラギ、今までどこにいた? ずっと旅をしていたと聞いたけど本当? 森の中に物語の精霊みたいに住んでいたの? ・・・それにしては立ち居振る舞いが人間だし・・・。自分の事分からないなんて、そんな事無いよね」
チビが俺の膝から降りて、リンシェルンの後ろに隠れた。
「喋れるんだから、喋れよ。元傭兵の白竜亭の夫妻や、村人に頼んで何をしようとしていた? マールさんは言ってくれないんだよね。君との事だからって、ダンナもリンちゃんの元私兵だから、一筋縄ではいかなくってね」
あぁ、こいつは俺の事ちゃんと見ていたのか。
俺が違う世界から来たって言ったら分かるのか?
信じるのか?
いきなり俺のこの世界での勝負時が来た、怒るな、冷静になれ。
「かなり、この村で強かにやってきたみたいじゃないか、他は騙せても僕は無理だよ」
俺が居ない間に、色々調べたのか。
警察の取調べのようだ、テレビのドラマでしか知らないけど。
しかし、騙したのところで俺は、黙っていられなくなった。
「俺が何しようと勝手だろう、何かお前に困る事でもあんのか? 俺は誰も騙しちゃいないし、企んでもいない。そんな事するの意味が無いからな!、分からない事を知ろうとして何が悪い!、この先の生きていく事考えるのが、何かお前たちにとって不都合とでも? 俺は確かに竜なんだろうよ、だが俺は・・・」
手に自然と力が入り、俺はシーツを握り締めた。
「人間で居たいんだよ、苦しくても、悲しくても、お前たちが怖くても、何があっても! 」
ユリアンの瞳がフッと優しくなった。
「王竜は全ての竜を、契約無しで従える事ができる唯一の存在だ。解約の竜とも呼ばれている、言葉が喋れて考えがほぼ人に近く、争いを好まず情が深い。契約によって動く竜を、解約する事によって行動を無効化すると言われている。僕だって、会うのは初めてさ。だからどうしていいのか正直分からない」
「いや、一緒に居たいなって思うよ、傍に居てくれて一緒に仕事ができたらどんなにか楽しいだろうなと思う。でも、王竜を手に入れるものは世界を手に入れると言われていて、僕にはそんな覚悟は無いね・・・、あぁラギを見ながら喋っていたら自分の事が分からなくなってきたよ。君と一緒に居られるなら、世界を手に入れてもいいかなぁ、なんて。王族にとって竜というのは、凄い魅力があるからなぁ、これも一種の呪いだな」
おかしいと思った、俺に異常な執着心を寄せるのは、王族だ。
しかし、何てものに転生してしまったんだ。
つまり、俺と契約した者は他の竜の力も手に入れるという事だ。
実際、命令でもするのか何なのか分からんが、試しようが無い。試そうとも思わない。
「俺は、自分がそんなのだとは知らなかったよ。俺が何処から来たとか、何だったとかは、もうどうでもいい事だろう。この先の事は分からない、俺が居る事で迷惑なら遠くへ行くし、そっちも関わらないようにすればいい事だ。・・・俺のせいで誰かの人生が狂うとか、世界が変わったりするのは、辛い・・・」
ユリアンの目が険しくなった、プリシラはオドオドしている。
リンシェルンとチビは抱き合っていた、何だよ、この一方的に俺が我がまま言って周りを困らせているような雰囲気は。
「もっと、ラギは自分の事、大切にした方がいい。どうして、そういう言い方するんだ? この小さな女の子の竜、きみに懐いてべったりだ、関わるなだと? 一人で育てていけると思っているのか、この世にはね、竜が嫌いな国や人々もいるんだよ。貴族の一部は今でも竜を物と一緒にしか考えない者もいる、守ってやろうなんて、おこがましい事言わないさ、僕達だって竜に助けてもらっているんだから。・・・でも、一人で生きて行くなんて辛い事、言わないでくれよ・・・」
ユリアンが俯き、軽く首を横にふった。
「差し出された手を振りほどくのは簡単だけど、きっと、どちらも傷つくよ」
では、どうすればいいのか。
俺は何だか分からなくなってきた。
・・・あの夢はただの幻想だったのかな。
一瞬花びらが目の前を舞ったような気がした。
そして、花吹雪のその先には・・・。
「俺は・・・、やりたい事がある、自分で探しながら見つけたい。・・・俺が、ここに居なくてはならない意味を、探しに行きたいんだ・・・」
探しに行く? とユリアンが呟いた。
「ラギさん・・・、あの、字が得意じゃないってお聞きしました。春までの間、私がお教えしてもいいでしょうか? お兄様は地理や歴史が得意なのです、リンシェルンは同族ですから心の支えになるでしょう。そういう関わり方も嫌ですか? あの、迷惑ですか? ・・・あなたが居ない間、この村の子供たちにお勉強を教えていました。一緒に字を覚えればいいと思いますの、それと・・・昨日、アンジェラが峠の兵を撤退させて帰りましたわ・・・」
プリシラがそっと寄ってきて、手を差し出した。
「本当は自分で返したかったみたいですけど、あの人は宮殿を長く留守にしておくわけにも行かないので・・・」
その手の平には、いつかの革紐が乗っていた。
俺はおそるおそる受け取った。
革紐は俺が持っていた時より、擦れて、縒れていた。
まるでずっと握っていたかのように・・・。
「本当に、不器用な人なのですわ。王竜の契約者になりたかったのも、あの人のお母様の実家に関係があります、気持ちや想いを大切にするよりも、力や権力を重視するように育てられたのです」
チビが俺の傍に帰ってきて、紐で遊びはじめた。
それぞれに事情があるのは分かる。
「私たちは愚かな一族です、何者よりも支配欲が高く、時に驕りたかぶります。でもそんな時、傍らには竜が居て、我らを諌め寄り添ってくれました。・・・彼らのやさしさにずっと甘えて来たのですわ・・・、この時代に王竜が現れたのも、そろそろ人だけでこの世を治めてみせよと言う、神の啓示なのかも知れません・・・」
プリシラもユリアンの横に跪いて、俺をじっと見つめた。
「悪かったよ、ちょっと意地悪な聞き方したけど、ラギの本音が分からなかったんだ。だって、誰に聞いても、いい人でやさしいとしか言わないんだよねこの村の人。俺の経験の中で、まったくそういう人って居ないから」
神の思惑だか、悪戯だか知らない。
でも確かに、俺はここにいる、人では無い上に姿形も顔や声さえも変わってしまった。
チビと向き合うように膝に乗せて、じっと眼を見た。
この小さな温もりだけは確かだよな、もう夢だとは思わない。
田舎の家にたくさん咲いていた、チビと一緒の色の花は何と言ったろうか。
「ライラック・・・、では変か、リイラ。呼び名はリイラでいいな」
『リイラ? リイラ、リイラ』
リイラが俺の首をぎゅっと抱きしめた。
ポッポー
土鳩が俺の肩からボスっと落ちた。
そろそろ、こいつの名前も考えないとだめか・・・。
俺は軽くため息をついた。
「字や、世の中の事を教えてもらえるのは助かる、確かに俺だけでは限界があった。あんた達、リイラをこの先どうするつもりだ? 」
ユリアンとプリシラが困ったように顔を合わせた。
結局は、そういう事なんだろう。
竜園へ・・・。
『できれば、一度帝都へ来て欲しい。そこから先は、ラギに任そうと思う、・・・なに、ガックリ来るのはアルファーだけだ。私は邪魔臭いわ、竜力は殺がれるわで、めったに卵と関わらなかったけど、アルは本当に大切にしていたんだよ。一度だけでいい、会わせてやってほしい・・・』
確かに、他の竜に会ってみたいのはある。
竜園には、アルファーという竜に話を付けるために、赴かなくてはいけないだろう。
あの夢は予知夢だったのかも知れない・・・。
これも俺の力の一つだろうか、
あれが本当になるのなら、覚悟を決めてもいいと思う。
俺は「分かった・・・」と一言だけ答えた・・・。
ライラックはイギリス名、リラはフランス名
ラギはフランス名をもじった
日本名は紫ハシドイ
通常は4弁花だが、5弁花はハッピーライラックと呼ばれ
幸運のシンボルとされている。




