俺、給料をもらう
土鳩はそのまま、何故か卵に張り付き、離れなくなってしまった。
温めているつもりなんだろうか、目を閉じて卵の上に座っている。
俺はだだもれから一般人にチェンジして、卵を籠に入れ、白竜亭に一緒に連れて行く事にした。
何だか気になって、目が離せない感じだ。
背中が始終ムズムズするのだ、目の届くところに置いておかないと、ハラハラすると言うか、この気持ちは一体何なんだろう。
実はちょっと白竜亭にも行きたくは無かったんだけどな、俺は任された仕事を放っておいたり、約束破ったりするような、無責任な事は嫌いだ。
あの人は近づきたくない事には変わり無かったが、俺に、と頼まれた事を放棄する事はしたくなかった。
もし、仕事を離れるにしても、一言マールさんに断りを入れてからにしたかった。
でも今日は、あのちびっ子達との約束がある。
それもちょっと楽しみなのだ。
店の裏側から入ると、マールさんが宿泊客の朝食の片付けをしていた。
「ラギさん、おはよう」
マールさんはいつもの通り、ニカッと笑ってエプロンで手をふいた。
「昨日渡すつもりだったんだけど、ごめんよ遅くなって、お給金」
「あ、はい、えぇ結構多いんじゃないですか? 」
一泊の宿泊が、だいたい銀貨2枚である。朝食、夕食込みで。
十日で20枚、一ヶ月で60枚、ちなみにこの上の金貨は、銀貨100枚で一枚だ。
手に渡された、小さな袋の中には銀貨が50枚も入っていた、けっこうズッシリとくる。
「全部流されちまったんだろう、色々入り用だろうし、いいんだよ」
マールさんは、腰に手を置いて、フッとため息をついた。
「それでなんだけど、ちょっと提案があるんだけど。聴いてくれるかい? 春になったらでいいんだけど・・・、冬の間に考えておいて欲しいんだよ」
俺にとって、その提案はとても有難い事で、あえて今は伏せておくが、この給金の多さも納得が行くものだった。
マールさんは俺の事、どれだけ信じてくれているのかな。
ジジババとも、あの人とも違う感覚で俺を見てるとは仕事している最中でも思っていた。
特別視するでも無く、無碍にするでも無く。
店の雰囲気は本当に、心地よい空間で、マールさんの人柄があちらこちらに溢れていた。その中で、
自分と言う存在が、一体何なのか。一枚皮を被りながら周りを探っていたの、バレていたみたいだ。
「冬になると、長期休暇を取って、旦那が帰ってくるんだよ。その時にでも話を詰めてくれたらいいよ」
「はい、それまで色々とご迷惑かけるかも知れません・・・」
俺は手に持っていた、卵を見下ろした。
土鳩はまだ乗っている・・・そして目もつぶっている・・・。
「・・・その鳥が産んだのかい?」
「いえ、物理的に無理と思います・・・」
「まさかと思うけど、ラ・・・」
不吉な事を言い出したマールさんの言葉を、上から被せた。
冗談じゃないよ、勘弁してくれ。
「違います、・・・・・産んでません」
確かに温めているのは俺だけれどもな!
「食べれるのかい? 」
マールさん瞳がキラキラしてるよ、俺は一歩下がった。
「食べれないと思われます・・・」
「何か分からないけど、大事なんだ、籠で持っているの大変だからカバン貸してあげるよ、ちょうどいい寸法のがあったと思う。ちょっとまってて」
そして俺は、ペーターのカバンを手に入れた・・・。
そのまま店と宿泊部屋の掃除をしたけど、あの人達は居らず。
どうやら、峠に駐留するという軍隊の方に、朝一番で行ったようだ。
そのまま帰ってきて欲しく無いんだがな、俺は気が重くなったけど。あの威圧感初めてだったから、どう対処したらいいか分からなかったが、本当の名前を教える、という決定打が無ければ抵抗出来るような気がしていた。
これから先、ああいう手合いと出会わないとも限らない。
毒を少しずつ飲んで、毒に慣れて行くように。
抗えるだけ、抗ってみよう。
ンー、あの感じ例えるとすればどうだかな、夢の中で何かに追いかけられているとするだろ。
必死に走っているけど、足がスローモーションで前へ進まないような。
アウアウ、怖いが、怖いんだが、何とか慣れる方法は無いだろうか。
「ラギさーん、お客さんだよ」
あぁ? 店のお客さんかな、宿泊客か? まだチェックインには早いんだが。
俺は二階でベットのシーツを張りなおしていたのを途中で止めて、階下へ向かった。
「おや、」
俺は肩に掛けていた、カバンの紐を後ろに回し、卵を背中の方に置いた。
ちなみに土鳩なんだが、流石に一緒にカバンの中に入るのが嫌だったらしく、見える所に付かず離れずウロウロしている。
「野生に帰れ! 」
と一回鳩を掴んで二階から放り投げたのだが、鳩のパタパタオモチャって知ってるかな。
あれみたいに、Uターンして、何度放り投げても戻ってくるので諦めた。
「ラギにいちゃ、お花持って来たよ。これでよかった? 沢山過ぎた? 」
ガリムさんの子供たちが、店の入り口で団子状態で固まっている。チビのミリーなど兄弟たちの間に潜っているみたいで、姿が見えない。
この子達は、俺が少し手が空くときを狙ってやってくる。実は俺、遠い外国からやってきた事になっていて、この辺りに使われている文字を全く知らないという設定になっている。
なので、簡単な文字を習得しようと奮闘中で、子守を兼ねて絵本やらお絵かきなどに付き合っているのだ。おかげで数字とか簡単な物の名前とかは、覚えつつあった。
「口が欠けてしまった水差し持ってくるよ、それにだったら全部入りそうだ。ありがとうな」
「靴の汚れを落として、入っておいで。全員いるのかな、1、2、3・・・」
「4、5・・・・」
俺は指でちょんちょんと頭を軽くつっつきながら、子供たちの数を数えた。
子供たちの食べ物への執着を舐めてはいけない、多いとか少ないとかあっては大変な事になる。
ついでに、大きいか小さいかも争い事の対象だ、卓上で惨事を防ぐ為に、細心の注意払わねばなるまい。
「6・・・」
あれ?
一人顔立ちの違う子供がいる・・・。
その子とフッと目が合って、指先にピリッと小さな静電気のような痛みが走って、さっと手を引いた。
ガリム家兄弟の団子状態の中、その10代半ば位の少女は憮然として立っていた。
「道に迷ったんだってさ、花畑で座ってた」
「お腹空いたんだって」
「すいたすいたー、いっしょだー、ラギちゃあまあまフカフカお願いしまーす」
「あまあまフカフカとは、何でございましょう・・・。私アッホーな姉に追われておりまして、朝から何も食しておりません。ここで出会ったのも何かの縁、ささ、追ってに見つかるまでに早急に、迅速に、なおかつ素早く、その美味しそうなネーミングのお料理を作ってくださいまし」
スマン、俺は直感した、王族だ・・・。
「あ、ついでに、アッホーな姉が言っていた黒竜の君にお会いしたく存じますが、貴方はご存知でございましょうか。この帝国文部科学院筆頭プリシラ、是非お会いしたく・・・とりあえずお腹が空いて倒れそうですわ・・・・」
俺の春までの道程は、予想以上の困難を極めそうだった・・・。
せめて春までは(笑)
こいつを追って、もう一人来ます・・・。




