第八話◆決意◆
月夜の晩の出来事から1ヵ月が過ぎ、彼はある決意を胸に城へと向かう。だが、彼を待ち受けていたのは、姫を賭けた戦いであった……。
何故こんな事になったのだろう…。
ジキルは高鳴る胸を押さえ、呼吸を落ち着かせた。
石を埋め込んだような壁に薄暗い部屋。
自分は今ここに居る。
息苦しく感じるのは、
窓が無く、スペースとしては大人が三、四人は入るか入らないか位の空間だからなのか……
この、目の前にある重苦しそうな鉄の扉は、城の中庭へと面している。
その先では今、死闘が繰り広げられているだろう。
『はぁ〜』
ジキルは大きく溜め息をつくと、クシャリ、と髪を掴んだ。
堅く閉ざされた鉄の扉……
その向こうから聞こえる歓喜の声に、ジキルは顔を上げた。
ギィィィ……
と、重い音を立て開く扉に視線を送り、ジキルは息を飲んだ。
入って来たのは
まさしく騎士。
と言わんばかりの甲冑を纏った男。
頭からスッポリと被った鉄仮面からは、表情を伺う事は出来ない。
その姿を見た途端、何故かザワザワとした感覚に襲われた。
鳥肌が立つような
冷や汗が流れるような……
だがこれも、
緊張から来る物なのだろう…と、その時は思った。
男はジキルの前を通り過ぎ、奥の部屋へと消えて行った。
通り過ぎる甲冑を見送ったジキルだったが、誰なのかは分からない。
あんな男……この街にいたのだろうか?
まぁいい。
ただ今は……この部屋
【通り抜けなければ奥へ進めない造り】を、
そんな部屋に入れられた自分を呪うばかりだ。
『なんで勝つかな…』
ジキルはため息交じりにそう呟くと、頭を抱えた。
温厚な彼に神が与えた物、それは……
極度のアガリ症。
そして、……剣の才。
それまでの彼は
親友以外の相手と剣を交えた事が無かった。
だから
対戦相手がバタバタと平伏す様は、何とも摩訶不思議な光景だった。
欠点があるとすれば……
『う〜、トイレトイレ』
緊張しやすい、この体質か。
そんな
本番に弱い彼ジキル。
何故彼がここに居るのか……。
それは
あの“月夜の晩の出来事”があったから。
そして直ぐに、城に来いと言われた理由を知る事になった。
貼り紙を見つけたのは、城門の前。
【来たれ勇敢な戦士!!君の剣で姫を勝ち取ってみようではないか!!】
『……何だこりゃ』
その悪趣味な文面にげんなりしつつ、呟いた。
この国の主である王
つまり彼女の父君テールは大層愉快な男であった。
絵空事なる物語に憧れて、自分の娘を最も強い者に……と云うのだ。
何ともふざけた話だよなぁ。と、ジキルは苦笑した。
自分の娘を賞品にしようというのだから……。
だが、笑ってばかりもいられない。
良からぬ考えを持った輩など数えきれないから。
剣一つで勝ちさえすれば、国と姫が手に入るのだから、こんなチャンスは願ったり叶ったりの筈だ。
そんな輩に姫を取られる位なら……
そう思い、出場を決めた。
それに、確かめなきゃならない事がある。
彼女は何の為に自分を呼んだのか……
親友は、この大会に出ているだろうか……
それを確かめたかった。
あれこれ考えている内に、自分の番号を呼ばれた。
扉が開き、暗がりの部屋には眩しい光りが射す。
(もうすぐ全てが分かる……)
ジキルは高鳴る胸を押さえ、溜め息をつくと、ゆっくり腰を上げ
扉をくぐったのだった。
〜* 決意 *〜