第五話◆心闇◆
木の上に登り、想い出を語った二人だったが、ある事をキッカケに目まぐるしく変わっていく……。それぞれが変わるキッカケとなった出来事とは……? 少年時代を振り返る日々は続く。
「もう……会えない」
消え入るような唐突な言葉は、電気のように体を走り抜けた。
『なんで――』
やっとの思いで絞り出した言葉は、木のざわめきに掻き消されていった。
ごめんなさい……
やめろよ
大好き……
嘘つき
私、大きくなったら貴方のお嫁さんになる
出来ないくせに……!!
もう……会えない
嫌だ……嫌だ!!
****
――ガバッ!!
『はぁ……はぁ……』
息を切らし、起き上がったジキルは回りを見渡した。
白く射す光りとは対象的に、決して綺麗とは言えない古い床……
疲れなど、取れるのかと疑う程に古びたベットも、いつもの部屋だと確認させてくれる。
『ち……くしょ』
ジキルは消え入りそうな声でそう呟くと、両腕へと顔を埋めた。
また……あの夢
思い出したくもない“別れ”に、毎日うなされては目を覚ます。
あの時と同じこの感覚は、何度経験しても慣れず、傷が深くなるだけだった。
記憶とは違い、夢では言葉を交わす……
それが尚、切ない。
彼女との別れは、あの日だった……
親友と木に登り、朱く染まる大地に心奪われてすぐの事。
姫である彼女は、12という若さにも関わらず、他の者との接触を絶つようにと、父である王から告げられたそうだ。
全ては国の為……王位継承の為だと言った。
そんなの戯れ事だ。
姫に相応しくない……
はっきりそう言われた方がマシだと思った。
ジキルに“お別れ”をするのにも、親衛隊は姫から離れなかった。
もう会えないのに……そう思うと、何とも滑稽だった。
兵に手を引かれた姫が、涙を浮かべ何度も振り返る様を、ジキルはただ冷静に、俯瞰で見ていた。
何故なんて思わなかった。
言葉も交わさなかった。それで良かった。
別に、一生顔を見れなくなる訳じゃない……
城に行けば遠目からでも姿は見える。
ただ、視線も言葉も交わせなくなるだけだ。
それだけだ……
そう考えるしかなくて、ジキルはその場をさっさと立ち去った。
これ以上ここに居ても仕方がないから。
それに……
ジキルはチラリと振り返った。
視線の先には、一人動けずに立ち尽くすヨシュアの後ろ姿……
自分と同じ……
いや、自分以上の想いだったはずの親友。
その悲しみは計り知れないし、今は一人の方がいいのかもしれない。
そう思い、ジキルはその場をあとにした。
「……」
一人残され地を見つめる少年と、歩き出す少年の間にも、梟が鳴く宵は広がる。
頭上高くに生い茂る葉は深く、月明かりも許さない。
『惑わしの森』とも呼ばれるこの森は、もう一つの顔を現せ始め……
一人の少年の心に、小さな闇をそっと落とした……
〜* 心闇 *〜