第十七話◆夢あがき〜壱〜◆
キィィィン……
そんな音が頭の奥に響く。
俺は今、睡魔の中に居た。
「クッ、またか」
そう思いながら身を縮める。何せこの感覚は不快で息苦しく、何より苦痛だった。
今までにも何度か経験をした事があったから、これが何なのかは直ぐに理解する事が出来た。
また【あの夢】である……
……………………。
目を開けた瞬間、太陽の光が飛び込んだ。
その眩しさに小さく唸る。
目線は空にあった。どうやら俺は倒れて居たようで、のそりと体を起こすと目の前には森が広がっていた。
朝なのか昼なのかも解らなかったが、暖かさも寒さも感覚が無かったから、これは夢だと理解した。
それにしても奇妙な夢だ。
普通、夢は記憶や匂いで形成される。なのに俺はこの場所も、こんな森も、遠くに聳えるあの奇怪な建物も知らない。見た事も無い。
いや、何度か同じ土地の夢を見たから建物が奇怪だと理解したのか……
「今度は森、ね。……ったく、一体どうなってんだ」
夢は夢だ。
いくら意識を持った夢で在ったとしても、そんな感情は抱かなかっただろう。
アイツに逢うまでは――
俺は諦めたように森へ足を踏み入れた。
踏み入れた途端、先ほどの日差しが嘘のように、目の前が薄暗くなる。
何本も連なった木々が太陽の光を遮り、薄っすら差し込む光は神秘的だった。
森の中は迷路のようで、二手に別れていたり、円形にただっ広い空間があったり……
初めて足を踏み入れた筈なのに、何度も通ったかのように足が道を選んで進む。
それがとても奇妙だった。
しばらく歩くと、森の中には子供達がいて、追いかけっこをしたり、木に登ったり、枝で戦いの真似事をしたり、楽しそうに遊んでいた。
皆、俺の事は見えないようで、走る子供の体は俺をすり抜けていく。
少し面白い等と思い、自分の手のひらをマジマジと見ながら顔を上げた瞬間、俺の体を電気が駆け抜けた。
やはり―――― 居た。
手を汚しながら土で遊ぶ小さな男の子。
綺麗な銀色の髪と、淡い緑の瞳……
俺は何度もアイツに逢った。この夢で。
まだ十にも満たないだろうその子の傍らには、いつも女の子が居る。
長い髪と、端整な顔立ちが印象的で、いつもの女の子と同一だろうと判断していた。
普通ならば、微笑ましいこの光景に俺は恐怖した。
何故なら、この二人と会う時は決まって“奴”が現れるからだ。
ソレはヒタヒタと二人に近づく。
「ねぇ、剣術しようよ」
上から覗き込むように、にっこりとその綺麗な青い瞳を細める男の子。
「いいよ」
銀髪の男の子がにっこり笑い返すと、女の子は寂しそうな顔をしていた。
俺は、――――この子が嫌いだ。
いや、正しくは、怖い。か。
この夢の不思議な所は、目にした対象物の心や思いを読んでしまう事で、この子の心は、その無垢さとは釣り合わぬ程、【悪】そのものだった。
この頃に自覚していたとは思えないが……。
“この頃”と表現したのには理由がある。
何度も語ったように、俺は何度もこの夢と現実を行き来していて、この三人に会うのは初めてでは無いからだ。
大人になった姿にも会ったし、今のような幼少期や青年期、酷い時は場面がコロコロと変わった。
だけど、いつも変わらないのは、必ずこの三人の内の誰かの元へ繋がると云う事。
「うん、上手くなった」
「本当!?」
木の枝で剣術の真似事をしながら、ソイツは金髪を靡かせ微笑む。
「でもやっぱ敵わないや」
息を切らせ、弾かれた枝を拾い笑う銀髪の少年。
なあ、お前は気づかないのかい??
ソイツの闇に…………
「あっ!!」
先ほどの女の子が銀髪の子を手招きし、彼は走り去った。
一人残された彼が歪んでゆくのが遠目に見えた。
*****
「クッ……」
頭に走る痛みに思わず顔が歪んだ
上げた目線の先に空は無く、あるのは古びた木を組み合わせたような天井だった。
大きな窓からは満月が顔を見せる。
(今度は何処だ――)
未だ額を押さえたままの俺の耳に、コンコン、と、誰かが遠慮がちに扉を叩くような音が聞こえる。
「……誰」
少し緊張感のある声で答えたのは勿論俺じゃない。
「……誰!?」
今度は少し荒っぽい声。少し苛々しているように感じた。
成長したその身なりは多分、少年位だろうか……
銀髪の彼は小さく舌打ちをし、勢いよくその扉を開けた。
「ぁ……」
(????)
次の瞬間俺の脳内は混乱し、彼の行動に目を疑った。
「どうして……」
彼は悲痛な声を出しながら、【何か】を抱きしめる。
それは、
鼻をつく程の甘い香りを放つ――
――――――化け物だった。