第十五話◆まほろば◆
「さぁさぁ寄っといでー」
子供らの取り巻きの中からは、元気な女の声が響く。
何事かと火邑は覗き込む。幸い子供らの頭が低かったから、簡単に見る事が出来た。
どうやら人形師らしいその女は、頭から布のような物を被っており、黒子に扮していたから、女と判断出来るのは元気なその声だけだった。
「へぇ、上手いもんだ。それに……」
ヒラヒラと生き物のように箱の中を舞うソレは、普通の人形師には扱えぬ代物。
「面白い」
なにせ糸も何もないのだ。いや、在るのかも知れないが肉眼で捉える事が出来なかった。それでもユラユラと揺れる手の下には人形が踊る。
「不思議なもんだ。偶隗ってヤツかな」
この世には人形にすら命を与える秘伝があると、遠い昔耳にした事があった。
だけど在れは人形には……
「…………まぁ、そんな事はどうでもいいさ」
こんな時にさえ、探求心を忘れぬ自分に少し呆れ、
鼻をフンと鳴らした。
取り巻きを少し離れ、胡座の上に肘をつき、火邑はそれを遠目に見続ける。
普段なら
芸など見る事は無かった。道楽なんぞに興味も感心もなかったから。
あの時から日常が、全てが変わった。
日向が死ぬ間際の事が頭から離れず
あの時、自分には何が出来たのだろうかと考え、日向を引戻したかったのか……仇と成したかったのか……
もう判らなかった。
いつしか騒がしかった筈の子供の声も、目の前を通る荷台も人並みさえも、全てが視界から遮断されたかのような暗闇になった。
意味の無いモノは、全ての喧騒を忘れさせてくれる物なのだと思った。 だが、一番忘れたいモノを消してはくれない。
火邑の脳内……その暗闇に浮かぶのは、ただただ血。返り浴びたあの、温かな血。
いつしか頭を抱えていたその腕に染みた血は、洗っても洗っても落ちない気がした。
「――ぐっ」
その考えが脳裏をよぎった瞬間、激しい吐き気に襲われた。
はしゃぐ子供らを後目に、火邑はその場を逃げるように離れ
それを横目に、黒子は人形を踊らせ続けた。
「ゲホッゲホッ」
河川敷に両手をつき、水面を覗き込んだ
「何て顔してんだよ?」
自分の腹の中を読まれたのかと声の方を振り向くと、其処には先程の黒子が立っていた。
「ふふっ」
「何が可笑しい?」
「…………」
「ふん、喰えねぇ野郎だ」
相手にするだけ時間の無駄。火邑は黒子の横を通り過ぎようと歩み寄った。すれ違った瞬間……
――ギィィンッ!!
「――!!?テメ……何しやがる」
怒りに歯を食いしばり、後ろからの抜刀を止めながら黒子に問いかけた。
「小刀……最近の大道芸人ってやつぁ物騒なんだな」
ギリっと笑ってみせた。
「……腑抜けが」
「何……だと?」「男のくせにイジイジと……」
「テメェ!!!!」
怒涛、湧き上がる程の感情に思わず顔が歪む。
「世界は廻る」
「あ!!?」
「アンタが泣こうが喚こうが――」
「何が……言いたい!!」
【キィンッ】
「どんな行動を選ぼうが」
「――黙れ!!」
「運命は廻るんだよ」
【ギィ……ン】
「――――ッ!!」
「きっと、死は止められなかったさ」
刃を交えたまま、黒頭巾を剥ぎ取ったその瞳に涙。
「ぁ……」
火邑は小さく唸るとドシャリ、と膝から崩れた。
「後悔しないで……アンタは間違っちゃいない。いつだってね」
ポンポンっと、うなだれた肩を叩き、黒子姿の由弥は町へと姿を消した。
「もう、潮時なのかな」
――そう呟いたのは、彼だったのか、
彼女だったのか…………
世界は廻る
辛くとも
悲しくても
それがとても深いものであっても
それでも
変わらず廻るのだ。
「落籍かれ……た?」
「えぇ……」
何時もと同じ空、同じ景色、夕暮れ
そう信じ郭屋の暖簾を潜った時、世界は廻っているのだと悟った。
「いつ」
その言葉に、女将は煙管の煙をフゥと吐く。
「昨日さね……」
「そうかぃ」
そう言って火邑は少し笑う。小さく震えるのは何故だろうか
「あ……」
「うん?」
「藤乃から言伝さ」
****
「……ん」
真っ暗な部屋に誰かの気配。
「火邑かい?遅かっ――」
言い終わるが先か、突然の接吻に由弥の唇が塞がれる
「な……!?」
理解出来ないままに、乱暴な手が着物を乱していく。
だが由弥は抵抗しなかった。
体を這う指が、舌が、堪らなく愛しくて嬉しくて、そっと頭を撫でた。
「……あっ」
這う舌が膨らみをなぞり、頂を唇に含まれ、思わず声があがる。
初めて重ねた体は、主の時とは全く違う感覚。
初めて幸せだと思えた感覚。
何でだよ――
一緒に笑っていたのに
大切だから
触れなかったのに――
あんな言葉ならいらない……
二度と逢えないならいらない、
他の男のモノになるのならそんな言葉――
――無意味だ。
俺は
必死に真似事をしていた
【……貴方に水揚げされたかった……】
誰かを幸せにする真似事を……
【一度でいいから、貴方に、火邑に……】
まやかしだから、壊れたんだろ?
【抱かれたかったな】
俺は、子供だったのかい?
「火邑……ん」
とっさに
自分を呼ぶ唇を乱暴に塞いだ
俺は勝手だ
こんな風に誰かを傷つける。自分が楽になりたくて、逃げて……
こうやって
目を閉じて
「……黙れよ」
滅茶苦茶にしながら
【――俺の名を呼ぶな】
あんたの代わりにして抱くんだ…………