第十四話◆罪と罰◆
まだ傷も癒えぬままの体を引きずり、日向が逃げ出した。抜け忍を追って火邑は後を追う。裏切りには死を。だが、火邑の知らぬ場所にてそれを見守る影がいて……?
俺達が暮らす村から遠く遠く離れた土地には、物の怪屋敷がある。
静まり返った夜更け、一人訪れた人里離れたこの屋敷の離れには小さな蔵がある。
ガサリ、と踏む度に音を立てる枯れ草。伸びきったそれは、自分の背丈程あり物の怪屋敷と呼ばれるに相応しい景色だ。
「久々過ぎて来るのに手間どっちまったな」
ふぅ。と溜め息まじりに、錆び付いた引き戸に手を伸ばす。
一昔前か、持ち主だった名のある武人とその家族達が天誅だと皆殺しにあったのは……
「くっ、重てぇな」
ギギッ、と錆び付いた音に耳を塞ぎたくなった。
――結局、犯人がお縄にかかり、幸せな家族には何の罪もなく、ただ気が触れただけの殺生だったと知れたのは、物の怪屋敷だと村人が近寄らなくなってからだったろうか。
「ゲホッ、きな臭ぇ」
埃を吸い込むまいと片手で口を塞ぐ。
目の前に広がる暗闇に目を凝らし辺りを見渡した。が、呪われたこの屋敷に相変わらず人の気配は無く、何年も一目に触れなかったこの蔵は埃まみれだった。
刹那、家族は皆殺しになったんだっけか。
……正しくは、倉で遊び疲れ眠っていた子供を除いては、か。
「きなクセェなぁ」
その゛片割れ゛は何処かの農民に引き取られたんだったか……
「そうだよな?」
と、肩越しに古箪笥の奥の気配に語りかける。
「出て来いよ。隠れてちゃ斬れないぜ?」
「…………」
その言葉に、スッと影が実態を現す。
「それが噂の死面かい?」
ソイツに阿修羅は……
刀を静かに抜き構える。
「…………」
だが奴は何も答えない。刀が月明かりにギラリと光った。
――勝負は
一瞬。
****
「火邑っ、日向が……」 見張り番だった由弥が息をきらし、手負いの体で部屋へ飛び込んできた。
「!!!!」
とっさに状況を把握した俺は屋敷を飛び出した。
足がつくのを恐れたのか、日向が由弥に切りかかり逃亡を図った。
つまり尻尾を出した訳だ。
行き先は検討がつく。アイツの生まれ故郷だ。
**** ****
――キィィンッ!!
「日向……お前は遊び過ぎた、もう終わりにしよう」
そう言いながら、背後から喉元へあてがった刃を突き立てる。
が、寸止め。
湧き上がる感情は、ためらい?安堵?復讐心?恐怖?
――殺す事への悲しみ……?
違う、そんなじゃねぇ。聞きたい事が山ほどあるんだ、コイツは差し違えてでも俺が……
「……けて」
「――――!!?」
「助けて、……火邑」 涙ぐみ救いを乞うその声は、いつもの日向だ。
「な……何を言ってやがる、お前は」
「火邑……オイラ」
誘惑にも似た感情に瞳を閉じる。
「何……故、なにゆえ阿修羅を手に掛けた!!?」
日向の言葉を遮り、震える刃そのままに俺は声を荒げた。
荒げなければ、感情は邪魔をする。惑わされるな!!コイツは仲間を殺めた前科者……
コイツはもう……日向じゃねぇ……
「殺してほしい、君の手で……」
「――――っな!?」
目からボロボロと涙を溢れさせ、手は後ろでに、喉元には刃を当てられたまま、しゃくりあげ日向は懇願する。
殺してだと??どんな気持ちでお幸さんはアイツの死を受け止めたと……どんな気持ちで……阿修羅はお前を……止めようと
「もう嫌だ、こんな面……オイラは……オイラは……」
「……日向」
グラグラと頭の中が揺れる。人間とは何て身勝手で――
――自分勝手なんだ。
「ごめん、ごめんよ阿修羅ぁ……お幸さんも……ごめ、ごめんなさい」
手が震える、体が、感情が――
「謝ったって……謝ったって阿修羅は帰ってこねぇっ!!オメェは皆を裏切った!!……仲間を殺したんだぁっっ!!!!」
――ヒュッ
と、小さく音がして、暗闇の彼方から、風が吹いた。
その一瞬キラリと光った小さな音は…………
――――ズシュッ
と、静けさを切り裂くように、俺の目の前に小さな噴水を作る。
真っ赤な、真っ赤な
……血の噴水。
「かっ……は」
放心したままの緩んだ腕からは、日向が崩れ落ちた。
ゆっくりと、ゆっくりと…………
「日向っっっ!!!!」 体を抱き抱え、風の方向を捕らえる。
目が慣れた十六夜の空彼方に、漆黒の布が風に靡き消えたのをこの目は捉えた。
でも今は――
「しっかりしろ!!」
息も絶え絶えに、焦点の合わない目を覗き込む。もう声はきこえないのか?
喉元に刺さる小柄からは、ヒューヒューと弱い空気が漏れた。
「――ぁ……」
仰向けの体は必死に空を探し手を伸ばす。
「日向っ、日向よく聞け!!!!目を開けろよっっ!!俺はこんな最期認めねぇ!!!!皆の想いはどうなる……
罪には罰なんだ。償って……償って苦しみ生きろよ……こんなの……駄目だ、こんなの……」
俺の目から涙がこぼれ落ちる。
……悪い夢だ。
「ね、火邑……」
「――何だ?」
「オイラ……ね……ただ、皆と忍に……なりたかっ…………た」
「もういい、しゃべるな」
「何を……間違え……た……かな…………」
緩やかに手は崩れ落ちて
「……姉……さま、ごめ……んね」
日向の目から涙が落ち、そのまま動かなくなる。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
血にまみれた両腕をかかえ俺はうずくまる。
まただ…………
また、俺から全てを奪うのか?両親を俺から奪ったように
俺達が他人の命を奪ってきたように……?
「起きろよぉ、何であんな優しかったオメェが抜け忍なんて……」
知りたい事があった、聞きたい事があった。
「俺がもっと早くに……気づいてやれれば……」
殺すんじゃなくて、救ってやりたかったんだ。
また、仲間が死んだ、俺の甘さのせいで……
所詮、この世は
奪い合いなのかぃ……?
「ふふっ……」「これが、゛あの゛白眉かぁ……」
千里離れた山の果て、屋根の上にてガラス玉を眺め゛それ"はクスクスとあざ笑う。
「ふふっ、可愛いなぁ」
「あ〜あ、泣いちゃって……楽し〜ぃ♪」
両足をバタバタとさせ、ケラケラと笑った。
「でもさっきのバレちゃったよね、姿見せるの早かったかな……」
と、少し考え込む。
「ま、いっか、逢いたかったし……゛ひぃ"が悪いんだからね、抜けたいなんて言うから……」
残念そうに呟き、月を見上げ目を見開いた。
「でもまだまだだよ……白眉さん。次はそぉだなぁ……貴方の大切な人を奪ってあげるよ」
シナリオの布石は出来たね。
苦しむのは、こ・れ・か・ら♪
…………クスクス。
火邑は未だ気付かない、大きな落とし穴へと導かれている事、そして……
日向の死の本当の結末に……
黒幕と日向の物語は、――まだ先の話。