第十一話◆背徳の果て◆
「そなたに頼みがある」
嫌な予感がした。
「――ってほしい者がおるのだ……」
「……」
月夜の晩、それは人を狂わせる。
「――っても構わん」
「御意」
そう短く返事をし、俺は縁側に出ようと立ち上がる。
「……いつもすまぬな」
その言葉に小さな笑みを作った。
「全ては里の為」
こんな夜は空が霞む。何もかもが遠く、現実味を帯びない。
そんな感覚は嫌いじゃなかった。
「不満は……」
一瞬…………
ズキリと胸がきしんだ。そんな言葉はいらない。聞きたくない。
「不満は無いのか?不服では無いのか?本来ならば火邑の任務なのだ。なのにお前は昔から……」
「――お頭。有り難き幸せにございます。今宵は冷えます故、お風邪などひかぬよう……」
「…………あい分かった」
――優しくするな。
****
「火〜邑っ」
晴れ晴れとした空の下、お日様のような笑顔で俺を呼ぶ。
『日向か』
「何してる?」
しゃがみ込む俺の顔を覗き込む。
「わぁ、懐かしいなー、笹船か」
屋敷の裏には大きな竹林があって、たまに一人足を運んでは、こうして懐かしい物を作った。
『珍しいな、おめぇが此処に来るなんざ』
「そぉ?たまに来てるよ。風を起こしにね」
『――風?』
その言葉に、日向は目を閉じ、指で印を結んだ。
「…………見てて」
徐々に、その足元には風が集まる。
それはどんどんと増し、赤や茶に染まった紅葉達を舞い踊らせた。
『へぇ、綺麗なもんだ』
そう言うと、日向は笑った。とてもとても嬉しそうに。
それは、誰よりも術が不得意な日向にとって、精一杯の成長の証。
小さな頃から、手管を引き出してきた俺にとっても、嬉しい出来事だった。
だが
静かに風は止む
いつかは……。
**** ****
「火……邑?」
『気づいたか?』
弱々しい笑顔にも、ホッと胸を撫でおろす。
「ずっと付いててくれたの……?」
『あぁ』
手拭いを硬く絞り、額にそっと乗せた。
「ありがとう……」
目を閉じた安堵の表情からは、直ぐに小さな寝息が聞こえた。
「すまない、火邑……見失った」
『……そうかい』
障子の向こうからあった報告に、俺の胸はざわついた。いや、これは安堵なのか。
『俺達に斬られたんだ、逃げた所で長くはないさ……』
壮絶な最後を思い、熱くなる目頭を必死で押さえた。
追い込まれた後、四方から斬り込まれ傷を負いながらも、逃げ延びまいと引きずり、崖下へと落ちて行ったその体。
息絶える瞬間を看取らず、俺はそれを許した。
大切な仲間の最期なんか見たくはなかった。
何事にも理由がある。日向が斬られた事も。手にかけた事も……
何事にも理由がある。
“火邑は優しいね、私は好きだなぁ”
『なぁ……、おめぇが裏切ったのも理由はあったのかい?』
今宵は何もかもが霞む。
『真実が知りてぇよ……なぁ、俺はどうすればいい……?』
滲んで見えない朧月に想いを馳せるも、時間は戻らない、届かない。
“面白い人だなぁ”
思い出すのは、笑顔ばかりだ。
『誰か……教えてくれよ……』
頭を埋めた時、胸のあたりで何かがカサリ、と音を立てた。
それは由弥から受け取った、まだ未開封の文。
『――これは』
……その三日後だった
日向が姿を消したのは。
そして更に半月後、彼は息絶えた。
俺の手によって……。