第六話◆陰謀◆
藤乃と一夜を共にし、遊里を後にした火邑は、早速任務に取り掛かる事にした。標的は、依頼人が欲している情報を握る長州の間者。だが、何者かが現れて……?
村外れにある古びた地蔵の前で、男は立ち止まった。
季節は秋になろうかと言うのに、枯れ葉舞う木々の下に人が居たからだ。
身なりは藍色の着物に、ほんのりと緋い髪……。
珍しいその髪に見合った白い肌と、色素の薄い瞳に思わず目を奪われる。
『兄さん、村の人かい?』
「あ、あぁ……」
男は驚いた。話し掛けられた事にでは無く、女だと思った相手が童だったからだ。
おはしょり姿に胡座姿を見ても、やはり女子にしか見えない。
「ここで何してる?」
『……ん?あぁ、ちょいと人を待っててね』
地蔵のある木の下で座り込む少年は、頬杖をつきながら答える。
「……人?こんな所でか?」
男は辺りを見渡した。この辺は田畑が広がるばかりで、村も町も遠い。
此処を通り道としている自分がいうのも何だが、こんな所で待ち合わすなど何とも珍しい。
『兄さんは漁師かい?』
「え……あぁ。分かるか?」
その言葉に少年はニコリと笑う。
『腕っぷしで分かるさ』
「はは、そうか」
何だか立ち去る気にもなれず、男は少年の前で足を止めた。
「相手は来るのか?」
『……さぁね』
少年はそれだけ答えると、遠くを見つめる。
「おめぇ、名は?」
『…………』
今しがた出会ったばかりの……もう会う事も無いかもしれない少年の名前を聞く等、可笑しな行動かもしれない。
分かっていながらも口をついて出たその言葉は、きっと、吸い込まれそうなこの瞳のせいだろう。
言うなれば、まやかしに似た感覚を覚える
『……名乗る程の者じゃねぇよ』
少し押し黙った後、男の心内を読み取ったかのように、少年はケラケラと笑った。
その無邪気さに、何故か安堵を覚える
「いいじゃねぇか、名は?」
『…………』
その言葉に、少年は小さく息を吐き、静かに口を開いた。
『……式だ』
「へぇ。変わった名だなぁ」
『へへ、覚え易いだろ?』
と、悪戯っぽく笑ってみせる。
「待ち人って……女か?」
田畑の続く小道に目線を遣りながら、男は続ける
『……いや、女は嫌いでね』
と、雅た表情で見上げられ、男は思わず口をつぐんだ。
「……そうかい」
相手が男とはいえ、女子と見紛う程の美童からそんな言葉を聞き、気を悪くする男は居ないだろう。と、男は思った。
男色や念約(※男同士の恋愛、契り)など当たり前。そんな時代だったから。
「……また会えるか?」
『え?』
「――あ、いや、いい。忘れてくれ」
こんな童相手に何を考えてるのかと我に返り、立ち去ろうとした男を、少年が呼び止める
『……明日』
「……??」
『またこの場所で』
「……分かった」
そう短く返事をし、あすの約束をした男はその場を後にした。
男が遠くに消えたのを確認すると、少年は草の上にゴロリと寝転がり、大きな溜め息をつく
『はぁ、疲れた』
――余談だが
“式”と云う名は、呑馬の任務時に使う、彼、火邑の偽名である。
火邑は、自分の気持ちとは間逆に晴れ渡る空を睨んで、大きく溜め息をついた。
……一方その頃
「ちょいと待ちなよ」
「――!?」
先ほど火邑と別れたばかりの男は辺りを見渡した。
目の前には人影等は無く、草木が広がるだけだからだ。
「だ……誰だ!?」
「まぁ、そんな警戒するなよ」
と、声が頭上から響く。
「姿を見せなくて悪いね。なに、ちょいと忠告に来ただけさ」
「忠告……だと?」
男は警戒しながらも、聞き返す。
「あぁ。さっきの男とは会うな」
「男?――何の事だ?」
と、とぼけてみせた。勿論それは、この声の主を信用出来ないからだ。
「…………式と言う名は偽名。任務の為の名だ」
「任……務だと??」
「そうだ。あの男は忍びでな。
アンタ、殺されるよ」
「――!!!!」
「信じる信じないはアンタの勝手だ。まぁ好きにするがいいさ。ただし、アンタが間者だと知る者の依頼だと云うのは確かさ。じゃあそろそろ消えるよ」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!!何故それを俺に?」
「…………上からの命令。アンタに死なれちゃ困るんでね」
そう呟くと、声の主は気配を消した。
(……罠……か?)
ハッ、と我にかえった男は、急いでその場を後にしたのだった。