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Truth Over  作者: 柊 天音
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第五話◆それぞれの気持ち◆

遊里の一角にある郭屋にて、火邑は藤乃と云う遊女に出会い、ひょんな気まぐれから二人は一夜を共に過ごす事となる。だが、藤乃は自分を殺してほしいと火邑に頼む。そんな中、彼が見出だした気持ちの変化とは……?一方、火邑の知らぬ所にて、小さな歪みは生じていくのだった。

            

 ……うちを殺して

            

 そんな台詞を聞く羽目になるとは思いもしなかった。


 俺はただ、先刻出会ったこの妓“藤乃”に興味が湧き、渋る女将に無理を通し、買ったのだ。

 後から聞けば、あの時藤乃は相手に手水(※トイレ)だと言い、逃げるように階段を駆け降りてきたのだと言う。

 この段階ならば、大層肝の据わったじゃじゃ馬なのだろう。と、誰でも思う筈だ。


 なのにどうだ?いざ部屋に入りゃあ会話もねぇし、酒もすすまねぇ

 当たり前の話だが、若い男女が部屋に二人きりだぜ?

 女子に見紛うナリとはいえど、流石に俺も男だ。

 甘く漂う香に、屏風の直ぐ向こうには布団が一組

 据え膳食わねばなんとやら……。ま、俺は武士じゃないけどね。



 なのに……この展開。

 何この空気……由弥といい、藤乃といい、女ってのは本当に理解不能だ。


 チリ……ンと、小さく鈴が鳴り、俺はゆっくりと目を開けた。

            

『残念だけど、俺はそんな人間じゃねぇよ』

 笑いながら、“よっ”と足に勢いをつけて上半身から起き上がる。

 あ、藤乃を抱き寄せた形になったのは、俺の上に被さったたままだったから。


 不可抗力ってヤツ。            


 そんな人間じゃない……


 その答えに、ふと自問自答する。



 ……いや、違うな。

 そう思いたいだけだ。

 自分は正常だ、と。

            

 俺は異常なのかもしれない。血の匂いさえ今は心地いいんだから


 ――だけど


 今日は何か変だ。なんだろこの感じ

 あぁ、あれかな……


『緋寒桜』

「……え?」

 女は俺に体を預けたままの形で、顔を上げた。

 初めてまともに見る藤乃の顔……

            

 涼しげだが、幼さの残る色素の淡い瞳は涙に濡れて、黒髪が映える白い肌に目鼻立ちのハッキリした顔。

 燐としたそれが、どこか妖艶な雰囲気をも醸し出す。

            

『ちゃんとした名は知らねぇから、勝手に緋寒桜って俺は呼んでんだけどよ……

 どっかの寺にはさ、秋から春まで咲く桜があるらしいんだ』



「……狂い咲き?」

『いや、そーいうもんらしい』

 何気ない会話に、ふ、と笑い合う


「へぇ、綺麗やろね」

『あぁ。寒さに負けずに咲き誇って、潔く散る……』


 煌々と光る月が、柔らかく笑う藤乃の横顔を照らす。



 あぁ……、そうか。

 ムズムズが似てんだ


 見てみてぇ気持ち。


 まだ見ぬ桜……燐と咲き誇るそれは、きっと美しく


 きっと


 アンタに似てる



「え……」


『――え』


 あん?

 俺いま何て言った?


 ていうか声出てた?



「うちが……」

『――ッ、もう寝る』

 ガバッと立ち上がった俺は、すぐそこに在る布団に倒れ込むように潜り込んだ。


「…………」


 う……


『ぉ……思った事言っただけだからな』

 と、背を向けたまま小さく呟いた彼からは、すぐに小さな寝息が聞こえた。


「…………」

『アンタに何があったかは知らねぇよ、でも、咲く前に散ろうなんざ考えるなよ

アンタは一等キレイなんだから……』


 耳まで赤く染めながらのその行動に、思わず溢れるのは小さな笑みと、頬を伝うさっきとは違う暖かな雫。


「……ありがとう」


 そう小さく呟く声を、火邑は夢心地に聞いた気がした。





 一方その頃……


            


「やば」            

「ぇ……何どすのん?」

           

 静かな廊下に響くドタドタとした足音に気付き、雪定は“行為”(※表現自粛)を中断した。

            

「嫌な予感……先に謝っとく、ごめんね。」



「え??」

            


 ――スパンッ!!と、勢いよく開く襖に、思わず女は布団を引き上げ身を隠した。


「きゃ〜っ!!」


「雪定っ!!帰るぜ……って、悪ぃ」

 謝罪の言葉を吐きながらも、悪びれる様子無く、襖を両手で押し開けたまま笑う十夜。

 まぁ、いつもの事である。


「……十夜、悪いと思うなら閉めてくんない?俺“途中”なんだけど……」

 苦笑いしながら妓に目線を送る。


「なんだお前、線香一本(※およそ一時間。遊興での時間は線香で一切、二切と計る)で終わらねぇのか?不調だなオイ」

「なッ、違うってコレは……」

「はぁ、まだ若ぇのに不敏なこって」


「だから――」


「とうとう坊主の仲間入りか……達者でな。あ、因みに俺にゃ男色趣味ねぇから勘弁な」

 哀れむような顔を向け、言いたいだけまくし立てた悪魔は、満足したのか勢い良く襖を閉めルンルンと部屋を後にしたのだった。


 いつもの事ながら、今しがた過ぎ去った台風に、ぽかーんとする二人。


「あんの馬鹿っ」

 雪定はコブシを握りしめた



「……コレは2回目だぁーーーー!!!!」

            

            

 

 **** ****


「クスクス」

「どうしたんだ、お幸?」

 盃に酒を注ぐ手を止め笑う幸を、阿修羅は不思議そうに見た。



「十夜はんたら……相変わらず面白い人」


「……筒抜けなの理解してないんだろうね」 と、笑い合う。


 だが――



「仲が宜しいんやね」

 幸がその言葉を発した瞬間、阿修羅はピクリと体を震わせ、顔を強張らせた。



「どないしはったん?」

「あ……いや、何でもないよ」

「せやけど――」

(泣きそうやないの……)

 決して喜怒哀楽を顔に出さない彼の、こんな表情は初めてだ。



「本当に何でも無いんだ。今日はもう遅いし、休もう」

「……わかりました」

 幸の言葉を遮りそう促す彼の顔は、何事も無かったかのようないつもの穏やかな笑顔で、幸はそれ以上踏み込めなかった。



 余談だが


 この事は後に、後悔の念として、深く深く幸の胸に残る事となる。


 それはまだ、先の話しだが。



 虫の声も静まる夜更け、だが眠る事は出来なかった。

 考えまいと彼は必死に目を閉じる……


 頭をよぎるは


 あの日交わした、忌まわしい、やり取りだけ……


 (お頭……やっぱり俺には……出来ません)



 穏やかで、誰よりも仲間想いであるこの少年、阿修羅。


 だが皮肉にも


 火邑達の平穏な日々は、そう遠くない未来

 この少年の手によって


 終わりを告げる事となる


 小さな胸を傷める少年の苦悩に気付く者は

 未だ居ない…………










            

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