第四話◆藤乃◆
仲間に引きずられ遊里へと足を運んだ火邑達。カガリは待ち侘びた恋人との逢瀬を果たす。一方、火邑は一人の不思議な妓と出会い……?
目の前に聳えるは開け放たれた大きな門。
京ならではの丸い屋根は所狭しと犇めき、軒並み並ぶ店の格子からは客引きの妓がちらほら見える。
足を踏み入れ歩けば、香の匂いを焚きしめた男と妓が簡単に擦れ違う。
目に留まるのは、ガランゴロンと下駄を鳴らし凛と歩く大夫や
(※遊女の一番上のランク。以下天神と続く)
頭の飾りこそ派手では無いが、品のある天神。
人通りが多く、表向き此処はきらびやか。
一歩足を踏み入れりゃあ、まるで別世界。
もの珍しいとばかりに刺さる視線にも、慣れたもんさと俺達は歩く。
茶屋を曲がった水路の柳の下、俺達は立ち止まった。
「っしゃあ!!イクぜ」
「がってん承知!!」
と、野郎共が騒いでるのは、俺達がちょいと前から贔屓にしてる店、郭屋の前。
と言っても、俺や阿修羅なんかは滅多に足を運ばない。
俺には馴染みの妓が居ないし、阿修羅は宗家出身だからか(※宗の人間は衆道※男同士の恋愛)を好む人間が多い)
好い人の噂は聞かない。
勿論、そんな話は本人から聞かないが。
『つーか、寒っ。……おめぇ達、気合いはいいから早く入……』
「うっしゃあ、突撃〜!!」
『・・・・あっ』
毎度の如く俺の言葉を遮り、皆勢い良く、わーわーと店に入っていった。
たくっ、こんな調子だから一緒は嫌なんだ。
俺の言う事なんざ、皆聞きやしないんだからな。
「クックッ……」
そんな俺の後ろには、堪えるように漏れる笑い声が刺さる。
『・・・・笑うな』
「クッ……んん。失敬」
『チッ。さっさと入るぞ』
阿修羅め、楽しんでやがるな……
「クスクス」
『なんだよ?』
「はは。俺、火邑にだけはなりたくないなぁ」
笑いを含んだ声で皮肉めいた台詞を言いながら、阿修羅も暖簾を潜る。
『うるせぇ、早くしろ』
「はいはい。でも、火邑は優しいね。私は好きだなぁ」
『なっ……』
クスリ、と笑顔を向ける阿修羅に戸惑う俺。
「ははは。本当面白い人だなぁ」
そう言い残し、阿修羅も皆の後へと続く。
『・・・・はぁ』
まぁ遊里なんざ滅多に来れないから仕方がないか。
と、溜め息を漏らし、俺も後に続く。
「あら火邑はん、お久しゅう」
暖簾を潜ると、女将が俺に声をかける。
『女将さん、久しぶり。あれ?皆は?』
「皆さんなら早々に……」
女将の目線の先には、今しがたつけられた線香が三本。
――早っ!!!!
『って……あれ?三本だけかい?』
「へぇ?なんや阿修羅はんとカガリはんは仕舞(※翌朝まで借り切る事)や言うて……」
……仕舞?
あぁ、成る程。あいつらしい
「火邑はんはどないします?」
『え、……あぁ、俺ぁいい――』
そう断ろうと口を開いた瞬間
「女将はん、女将はん!!」
『――――??』
俺と女将の間に、ドタドタと階段を駆け降りる足音が響く。
「ちょっとすんまへん、何やのん藤乃!?」
女将は俺に頭を下げると、足音の主に体を向ける。
「もぉ、うち耐えれへん!!あんお人、乱暴なんやもん!!」
「あんたいい加減にしぃ、お客はんの前やで」
今にも泣き出しそうな藤乃とやらに、女将が声を高くする。
「あっ……本間や、すんまへん」
その言葉でやっと俺に気付いたのか、女は裾を直し奥へと入って行く。
『へぇ、元気な女だな』
俺は笑いを堪え、女将に言った。
「へぇ。なんや訳ありらしゅうて、今日身ぃ売ったんどすけど……」
『けど?』
「見ての通りあんな調子やさかい……」
『成る程』
ま・・・・有りがちだな。
そんなやり取りをしながらも、自然と俺はあの女を目で追っていた。
*****
「千・代・梅さんっ」
「――あっ」
此処は店の中の一室。
殺風景な部屋には小さな灯りがともり、屏風の向こうには布団が一組。
自分の名を呼ばれ振り返る目線の先には、焦がれた待ち人の姿。
途端、勢い良くその胸へと飛び込む。
女の名は千代梅。
出会ってもう一年になるだろうか。
それは、仲間も知り得ない一つの恋模様。
「カガリはんっ」
そう頬を寄せれば、大きな腕に包まれる
それは、遊女である“千代梅”が唯の女へと戻る、唯一の場所。
千代は、この瞬間が一番好きだった。
「ごめんね、なかなか逢いに来れなくて……」
優しい笑顔を見せながら着物の帯を外し、いつものように楽な恰好に着替えるカガリ。
「もうっ、待ちくたびれて忘れてしまうとこやったんえ?」
嬉しい筈なのに突っぱねてしまうのは、女子特有のいじらしさか。
「あはは、酷いなぁ」
プイッと頬を膨らませる恋人を、カガリはそっと抱き寄せる。
「…………嘘。ご無事で何よりや、ずっと逢いたかった……」
「俺もさ。だから泣かないで?」
「……後生や」
そう涙を拭き笑顔を見せる千代梅に、カガリも笑う。
「千代……」
そう名を呼んでは、何度も口づける。
そうして、
言葉は途切れ、灯りは落ちて……
囁やかな逢瀬に心は濡れて――――
**** ****
『なぁ、藤乃はこっちの生まれかい?』
「…………」
『故郷ってどんな感じなのかな』
「…………」
し〜ん。
『はは、すっかり嫌われちまったな』
と、返事の無い相方に話しかけながら、俺は渇いた喉に酒を流し込むと、ゴロリと寝そべった。
大きく開いた窓にはチリンチリンと風鈴が靡く。
雲一つ無い空には、金色に輝く満月。
そして――
『――おめぇには無理だよ』
首筋を這う舌に目を閉じながら、俺は呟く。
「血の……匂いがする……」
『はっは、家畜捌いたからかな』
俺はいつものように笑いとばし、ごまかす。
「――して」
『…………』
女の髪を撫でる俺の着物に、小さな雨粒の染みが広がってく
「後……生や」
俺が大好きな月
けど、人はそれを不吉だと言う。
キレイなのに……
「うちを……」
所詮
満月は人を狂わす物でしか……無いのだろうか
「殺して――――」
だけどそれがもし、人って奴を惑わす“まやかし”になるんなら
そんな物、
壊れちまえばいいのかもな