第五話◆対峙◆
平和だった世界が、急速に変わっていく……。剣を取り立ち上がったジキルだったが、彼もまた、運命に翻弄されていく。
頭の中に響くのは、けたたましい、奴の笑い声。
うるさい……うるさい、うるさい、うるさい!!
『うるせぇ!!!!』
耳を塞ぎ、思いきり叫んだ俺は、剣を取り立ち上がった。
『――!?』
不意にグラリと歪む視界……思わず片膝をつく。
(クソッ!!こんな時に……)
俺は頭を振り、立ち上がると、長く続く螺旋階段を一気に駆け降りた。
塔を出て城のエントランスへと走り、人が居ないかと必死に捜す。
何故か城内はガランとしていて、俺の足音だけが響いた。
(皆逃げたのか……?)
暫く走り回り、人が居ない事を確認した俺は、街に出ようしたが
玉座がある部屋の前で何故か足が止まった。
理由なんか無い。ただ、そこから“嫌な感じ”がしたから……
ゴクリ、と唾を飲み、剣を手に勢い良く扉を開ける。
息を切らせた俺の目に飛び込んできたのは、またあの姿。醜い……道化
「ククク……お待ちしておりました」
と、お辞儀する奴を見て、俺の中の何かが弾けた。
『き……さまぁぁぁ!!』
俺は奴目掛け走り、一気に剣を抜いた。
シュッ!!と、風を切るような音はするが、やはり手応えが無い。
(馬鹿な……不死身か?)
俺は真っ直ぐ構え直し、奴の体目掛け、一気に突き刺した。
ググッ、と、剣が飲み込まれる。
――――っ!?
(抜けない!!)
「おやおや、穏やかではない……」
剣が刺さったまま、奴が薄ら笑う。
『当たり前だ、化け物!!!!』
その言葉に、奴の口元が醜く歪んだ。
「いい目だ……」
『――――!?』
次の瞬間、奴の体からは剣が抜けた。
「彼もいい目をしてた……」
剣を紙一重でユラリと交わしながら、奴が言う
「蒼い瞳が綺麗でね……」
『!!!!』
“――まさか!?”
『……アイツに……ヨシュアに何をしたっ!?』
怒りに奮える俺の声に、奴の口元は一層緩む。
「クク……さぁね。
おや?そろそろ時間だ」
奴の体がユラユラと陽炎のように消え始める。
『待て!!まだ聞きたい事が……』
必死に手を延ばすも、奴の体は影のように消えてしまった。
一人残された俺に、静寂が訪れる。
俺は思わず、ガクン。とその場に膝をついたが
頭の中にはまだ奴の笑い声が聞こえていた。
「あぁ、そうそう。いい事を教えてあげましょう」
(…………?)
玉座にこだまする、実体の無い声に、俺は顔をあげた。
「彼なら、死にましたよ」
『――!!!!』
ドクンッと、俺の心臓が波打つ。
な……ん……だと?
ヨシュアが……死んだ?
『嘘だっ!!』
俺は叫んだ。だが、答えは返ってこなかった。
『嘘だ……嘘だろ?』
床に伏せったまま、体を支えていた両手を強く握り締める。
『ヨシュア……』
――ドサッ
そして……そのまま俺は深い深い闇に堕ちていった。
……どこかで、水のしたたり落ちる音がする。
どこだ?ここは。
何も見えない。
(――これは、夢?)
だが次の瞬間、暗闇の中にはヨシュアが立っていた。親友は俺に向け、何かを言っている。
でも、声が聞こえない。まるで音声の無い映像のようだ……
(何だ?何を言っている?)
ゆっくりと、親友が暗闇へと遠ざかり消えていく。
待っ……待ってくれ!!ヨシュア!!
必死に手を伸ばした俺が掴んだのは……
『……ここ……は?』
「貴方の部屋よ、良かった。ジキル」
俺が掴んだのは、心配そうに見守る彼女の手だった。
『――皆は!?無事か?』
俺は慌てて起き上がった。だが、そんな俺を彼女は不思議そうに見る
「無事って?」
『えっ?街が火に……』
「……火?何の事?……夢でも見たの?」
そう言って、彼女は笑った。
そんな馬鹿な……
あれが夢だと?
(――どういう事だ?)
〜* 対峙*〜