第三話◆道化◆
振り返ったジキルの目に飛び込んで来たのは、これまで見た事もない姿だった。奴の目的とはいかに……
震える彼女を庇うように、前に立ち剣を抜く。
(何だ……コイツは)
俺は愕然とした。
目の前に立っていたのは、人の姿に近い悪魔のような、見た事もない姿……
黒い姿に、ピエロのような白い顔。
髪は腰程に長く、縁取った目は奇抜で
言うなれば“道化”という表現が相応しいだろう。
まさか、コレがモンスターって奴なのか……?
こんな奴を見るのは初めてだったが、何故か人間では無いと感じた。
大きな剣を手にしたまま動けない俺を見て、黒を塗ったような色をしたソイツの口元が、ニィッと歪む。
「初めまして……」
薄気味わるく笑いながら胸に手をあて、ソイツは俺に向かってお辞儀する
それだけなのに、俺はゾクゾクとした。
鳥肌と嫌な冷や汗が止まらず、剣を握り締めた手がカタカタと震える。
(震え……止まれ)
「ククッ」
『何が可笑しい!!』
俺はカッとなり、声を張り上げた。
「クククッ……クッ」
「――――別に」
それまでの不気味な笑顔が消え、ソイツの顔つきがみるみる変わる。
それは酷く醜く、恐ろしい。
「……死んでいただこう」
『…………ッ!?』
あまりの殺気に、俺は怯んだ。ブワッと、強い風が吹く。
出来事は一瞬。
ソイツは立ち尽くす俺を通り過ぎ、おびただしい風と共に彼女を目指した。
(しまっ……た……)
慌てて振り返るも、もう遅い。目にも止まらぬ速さ……間に合わない!!
「きゃぁぁぁ!!」
静寂を破る彼女の声
我に返った俺は彼女の元へ走る。目に飛び込んでくる腕から流れる鮮血に、
理性を失った俺は、無我夢中でそいつの背後を、勢い良く斬った
が……
(手応えが――無い!!)
『なっ……』
血の付いていない剣を見て、更に混乱する俺。
奴はまた、ククッと薄気味わるく笑うと
「岩山でお待ちしております」
とだけ言い残し、ユラリと影のように姿を消した。
(岩山……だと?)
確か、森の先に在る山をそう呼んでいた気がする
何故そんな所に……
『!!!!』
そうだ、彼女は――
慌ててその姿を捜す。
少し離れた場所で彼女は腕を押さえ、うずくまり、しゃくりあげるように泣いていた
――ズキン
と、心臓をもがれたように心が痛む。
俺がついていながら……守ってやれなかった
(何が親衛隊だ……)
俺は急いで駆け寄り、彼女の腕を見る。
幸いにも傷は浅く、押さえると直ぐに血は止まった。
『ごめん……』
震える彼女にそっと手を伸ばす。
『ごめん……な』
泣きやまない彼女の体をきつく、きつく抱きしめる。俺は祈るように、高い夜空を見上げた。
(ヨシュア……守ってやれなかった、ごめん)
なぁ、
早く帰って来てくれよ
その後の事はあまり覚えていない。
ただ、城へと戻った途端、傷に障ったのか彼女は熱を出した。
そんな中、俺に課せられたのは“謹慎”という軽い罰だけだった……
そして――
この後俺は、
岩山で全てを知る事となる。
今になって思えば……
この時、あの道化に命を取られていれば良かったのに、と思う。
それならきっと、あんなに苦しまずに済んだだろう……
今となっては、本気でそう思う。
〜* 道化 *〜