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本物の道化師は誰?

「伊藤伊藤伊藤っ、遊びいかねぇ!?」

 終礼と同時に駆け寄ってくる姿に確かにデジャヴは感じていた。だがしかし、ここまでとは……。

「あのね、菅谷、あんたは毎度いきなりすぎる」

 その誘いに毎回一喜一憂させられるこちらにも問題があるのだが、好きな人に誘われればやっぱり嬉しくもないはずがなくて、それでも菅谷を諦めようと思ってる身としては、やはり本人にこの急な誘いをやめていただくほかない。

「第一、今回は清水さんには断ってあるわけ?」

 呆れた声色で、どうせ断ってないのだろうと思いながら告げた言葉。しかし、返答は予想外のもので……。

「おう!! っていうか今日は李亜に用事があって遅くなるって言われたんだし。なっ、だから遊びに行こうぜ!?」

――清水さんに用事があるなら仕方がない。

 以前の私なら、そこまで言われれば諦め悪く乗ってる誘い。



 だが、今は。

「悪いけど、私も用事あるし」

「はぁ!? またかよ!!」

「またも何も……菅谷が毎回急すぎるのが悪いんでしょうが。こっちは先約なんだから」

「っていったって、俺ら最近全然一緒に出掛けてねーぜ?」

「おバカ。あんたに彼女が出来たんだからしょうがないでしょうが。友達なんてそんなもんでしょ」

 伊藤は冷たいと喚く菅谷をおいて、私は帰り支度を始める。

「つったってさ……すれ違い多すぎじゃね? なぁ、伊藤、俺のことわざと避けてたりしないよな」

 思わず手を止め、見上げた先の菅谷の顔は思いがけないほど真剣なもので一瞬、息が詰まった。

 何分、最近わざと相手の誘いを断ることは多かったのだ。


(本当、変な時だけ頭がまわるんだから)


「……バーカ」

「なっ!? おまっ、さっきっから俺にバカバカ言いすぎだろ!!」

 喚き散らす菅谷の広いでこに指をつき、思いっきりデコピンを決めてやる。「痛い」と目じりに涙をためて叫ぶ菅谷はこの際無視だ。痛くしてるんだから、痛くないはずがないんだし。

「私があんたを避ける理由があるわけ? ないでしょ。だから、変な勘繰りをしないでよね」

「……そう、だよな」

 間を開けて、額を押さえながら納得したように呟いた菅谷。一度納得すればその素直で真っ直ぐな性格はすぐに安心したらしく、ニパッと眩しい笑顔を浮かべる。

「だよなだよな!! 俺ら親友なんだもんな」

「そうそう。……ということで、サヨナラ」

「おう!! って、伊藤おぉぉ!!」

 馬鹿な菅谷に流れに乗って手を振り背を向ける。

廊下に出た頃に菅谷の迷惑な大声が聞こえたが、そんなの振り返るもんじゃない。

(っていうか、菅谷、声大きすぎじゃない?)




 好きな人からの誘いにあまり揺れることなく、また核心に近いところを突かれても冷静に対応できたのには理由がある。それは――

「中西先輩!!」

「おう、伊藤ちゃん~」

「もしかして、待たせました?」

「いや、俺も今来たとこだし全然」

 実際に、今日は先輩とケーキを食べに行く用事が入っているから。


 実際に予定が入っていれば、なんとなく心苦しさを覚えずに菅谷の誘いを断ることが切る。それに、さっき誘われたとき、先輩との用事と菅谷からの誘いを天秤にかけたとき、天秤はどちらにも上がりも下がりもしなかった。同じ位置を留めたのだ。片方は、好きな人からの誘いだというのに。

(もしかして、私大分揺れてる? ……いやいやいや、ケーキが魅力的だった、んだよ。きっと!!)


 自分の至った考えを頭を思いきり振って振り切る。

 先輩には不思議そうに見られたけど、そんなの関係ない……!!



「中西先輩、お店紹介してくれてありがとうございました!! 美味しかったです!!」

「よかったなぁー。あそこは俺もお気に入りだし、また来ような。ってか伊藤ちゃん相当食ったよね」

 ふはっと口元を手で覆いながらも吹き出すようにして笑う先輩。自分の食欲の多さに笑われたとなったら、女子としてはそれは恥ずかしいもので、当然私の頬も羞恥心で赤く染まる。

「はははっ、悪い悪い」

 拗ねてそっぽを向いた私を笑いながら宥めてくる先輩の方をチラリと見たとき、先輩の向かい側の道路が目に付いた。

「――伊藤ちゃん?」

 先輩も不思議そうに私の視線の先を見て、口を噤む。

 先に居たのは、菅谷と清水さんが楽しそうに談笑している姿――


「伊藤ちゃん、」

 遠慮がちに声を掛けてくる先輩。

 その顔を見上げたら、私を心配するその表情に何処か寂しさが混じってるような気がした。


(――あれ……? この感情って。私が、菅谷に抱いているものと……)


 告白は、出会った瞬間にされた。

 それでも、その告白は私を面白いと感じたからのもので、恋愛感情が混じってはいなかったはず。

 それなのに、今その表情に現れているものは? ――間違いなく、恋愛感情だ。


 その感情を目の当たりにして、相手の気持ちに気付かないほど私も鈍感ではない。

 いつの間にか、一緒に時間を過ごしているうちに、先輩は私のことを意識するようになっていたらしい。なのに、そのことを私に告げるではなく、ただ菅谷と辛いことがあったときなんのお礼もなしに頼る私を受け入れてくれる、その包容力。

 私が望んでいた道化師に、先輩は完璧になりきっていた。


「全然平気ですよ? 菅谷たちは付き合ってるんだから、あれは当然の光景じゃないですか」

 その言葉は本心からのもの。

 多少は驚きもあったし、傷ついたとはいえ、分かっていたことだ。


 それよりも驚いたのは、自分の感情よりも先に先輩の感情を配慮して、気にしてないと答えた自分自身。

「……そっか? ならいいんだけどさ」

「はい、大丈夫ですよ」

 相手の安心したような笑顔を見て、自分も同じ気持ちで安堵する。




 口にはしないけれど。

 確かに私は、先輩と菅谷の間で揺れている――


伊藤は菅谷ほど鈍くないので、恋情を向けられれば気づきます。

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