安らげる香り
女子は女子のグループで、男子は男子のグループで固まり、食事するというのは自然なこと。勿論、恋人同士は例外だったりするけれど。
そんな食事風景の中で異質だったのが私と菅谷だ。
お互いに、固まるグループはあるのに、なぜか食事は二人きりで食べていた。そんな私たちを皆が好奇心の目で見てこなかったのは、菅谷の真っ直ぐな性格のため。常日頃から「伊藤は俺の親友」と豪語するものだから、自然と「あぁ、親友同士で食べるのね」という雰囲気があったのだ。
そんな日常は、菅谷に彼女が出来たことで壊れた。
――まぁ、当然と言えば当然なんだけれど。
「悪い、伊藤!! 俺、明日から李亜と一緒に食べてもいいかな?」
突然言われた、そんな言葉。
「……へ? いいけど、なんで急に?」
恋人同士で食べるというのは不思議なことではないから、言われるかもしれないと覚悟していた言葉。だけど、菅谷は清水さんと付き合ってからいつまでたってもその言葉を言ってこなかったから、いつの間にかこのまんま二人で食事をすると思っていた。だからこそ、理由が聞きたいと思ったのだ。
「ん~、それがさ、李亜、俺らのことで不安になってるみたいで。本人は言ってこなかったけど、なんか俺らが二人でいるの凄い泣きそうな目で見てるしさ。なんか、勘違いしてんじゃねーかなって」
『勘違い』
その言葉に、間違いはない。だって、私たちの関係は、親友だから――
でも、直接それを菅谷の口から言われるのはとてつもなく辛いものがあって、一瞬箸を持つ手を止めてしまう。
「……勘違いしてんならさ、俺、あいつのこと安心させてやりてーんだ」
そう続けた菅谷のひどく優しい顔を、二年生になって、親友の位置に居る私も、初めて見た――
先ほど以上の、苦しさ。
思い知らされてしまった。どれほど、二人のきずなが強固であるのかを……。
そして、私の気持ちに、清水さんがハッキリとか無意識とかはわからないが気づき始めていて、不安になっていて……私が二人の仲のキューピッドになれていないということを自覚させられる。
やっぱり、ピエロがキューピッドになろうとするのは、不可能なのかもしれない。
「って、伊藤?」
「……ん、あぁ、ごめん。なんかおなか痛くなってきたや。保健室行くね? あ、ちなみに昼食の件は了解したから。彼氏なんだから、清水さんのことちゃんと安心させてあげてね? あんたとの仲誤解されてるとか、寒すぎて無理だから」
「んだよ伊藤。つれねーなぁ。ってか腹大丈夫かよ?」
私の気遣いに気付いた菅谷はつまらなさそうに頬をふくらまし、それから真剣な表情でこちらを気遣うように窺ってくる。
(こういう優しさが、諦められない要因……なんだよなぁ)
大丈夫だからと答えても、保健室まで送ろうかと続けてくれる菅谷に「清水さんのこと」と一言言えば固まる身体。
――これが恋人と親友の差だ。
自らにそう言い聞かせ、教室を出るも無性に涙が零れ落ちそうだった。
実際に具合が悪いわけではないから、保健室になんて行けるはずもなく(追い返されるのが関の山)ぷらぷらと屋上に向かって歩いていく。
いつもの習慣でポケットからヘアピンを抜いて、鍵を開けようとして、扉が僅かに開いていることに気付く。
(誰か、こんなところに来るような人居るのかな)
自分のことを棚に上げてそんなことを考えていれば、押そうとしていた扉が自動的に……いや、反対側から引かれ開けられた。
「へっ」
「お、伊藤ちゃん」
現れたのは中西先輩で。
先輩はいつもどおり朗らかな態度で「偶然だなぁ」なんて微笑む。
「中西先輩は……帰るところですか」
教室にと続けようと思って、止める。
――当たり前だ。先輩は受験生。昼休みを屋上で過ごすなら理解もできるが、授業までサボろうと思うはずがない。予冷もなろうとする時間、今から向かうところなんて教室以外ありえない。
「んー、伊藤ちゃんは5限サボるの?」
そう率直に尋ねられれば答えづらい質問なのだが、まぁと曖昧に頷いて見せれば、先輩は一人納得したようにそっかと頷き、私の腕を引いて屋上に逆戻りする。
「じゃ、俺もサボろ」
私の手を掴んだまま地面に座ったかと思えば、そんな軽い口調で問題発言をする先輩に思わず「はぁ!?」と返してしまう。
「先輩、受験大丈夫なんですか……?」
「ん、1限くらいサボったって大丈夫だよ。それより、今は未来の恋人を慰めてあげないといけないからね」
(未来の恋人って、馬鹿じゃないですか)
相変わらず可愛げのない悪態をつこうとした私の口からもれたのは、予想もしてなかった嗚咽で……自分でも予想してなかった突然の動作に本人さえ驚いていたのに、先輩はそうなることを予期していたように私の背中をやさしく擦ってくれる。
今までにない近距離のために香ってくる微かな柑橘系の香水。その香りがなぜだか私を安らがせてくれた――
菅谷君には悪気はないです。もちろん。