なんでそんなに優しいんですか?
「伊藤、今日どっか寄らない?」
「へっ?」
私の机の方に向かってくるなぁと眺めていたが、やっぱり菅谷が用があったのは私のようで。
切り出されたのは、思いもよらなかった放課後の誘い。
好きな人からのそれは他のものすべてが色褪せてしまうほど、魅力的で。勿論、「YES」と答えたいところ。――けれど、それは相手が自分と同じように『フリー』ならばでの話で。
自分の感情に対してはピエロに、菅谷に対してはキューピッドにならなければいけない立場の私には……。
「無理ー。私この後用事あるし。忙しいのよ、誰かさんと違ってねぇ」
「用事って……伊藤、俺との仲だろ~。優先できないのかよ? ……ってこれじゃあ相手に悪いか」
(なんで、そんな期待させるようなことばかり言うかなぁ?)
揺れそうになった答えを、軸に戻させたのは視界に入ってきた可愛らしい女の子の姿。
「バーカ。第一、あんた清水さんに断ってないんじゃん。ほら、迎えに来てるよ、このぉ彼女もちがっ!! とっとと帰った帰った!!」
相手、自分が傷つくような「彼女もち」という言葉を使って、菅谷を追い払う。
私に促されるままに教室の入口のところへ視線を向けた菅谷は蕩けそうな顔を浮かべ、それからバツが悪そうに私を振り返る。
「今度は李亜にも断っとくから。絶対、遊びに行こうなっ!? 俺たちの友情は、どっちかに恋人が出来たとかで壊れるもんじゃないだろっ!?」
そんなクサイ台詞を吐いて。
言った自分が恥ずかしくなったらしい菅谷は耳まで真っ赤にして、笑顔で、おしとやかそうに微笑んで待っていた彼女のもとへと駆け寄っていく。
そんな二人の間に入る隙なんてこれっぽっちもない。
「――逆に、二人の間に入ろうとしたら馬に蹴られそうじゃん」
「おー。本当、あの二人仲いいんだなぁ。流石、噂のカップル」
「……っつ!?」
耳元で呟かれた言葉と、すぐそばに感じた気配に驚いて振り返れば何故か、二年の教室に自然な状態で佇む……不意なことで屋上で知り合ったばかりの中西先輩。
「何でいるんですか?」
「お前が呼んでる気がしたの」
その場に溶け込んでる姿に、驚きのままに問いを投げかければ、返ってきたのは聞いてるこちらが恥ずかしくなりそうな科白と、菅谷に似た例の笑顔。
「……馬鹿、じゃないですか?」
頬が朱色に染まったのが自分でも感じられて、相手が年上だと分かりつつも悪態をつく。
だが相手は、そんな私の態度を気にしたそぶりもなく、ただ優しい手つきで私の頭を撫でてくる。
「ところで、俺と甘いもんでも食いにいかない? 友人の恋路を頑張って応援してる伊藤ちゃんには俺が奢っちゃるよ?」
奢るなんて、そんな言葉に食いつくほど子供でもない。
でも、その言葉には先輩の優しさが感じられたから――
伊藤ちゃんなんて、呼ばれたこともない呼び方をされてるとか全然気にならなくて、ただその誘いに乗ってもいいかなぁなんて揺れてて。
「中西先輩は、私と一緒で楽しいんですか?」
「ん? ――そんなのまだ分かんないよ」
返された言葉はひどくあっけらかんとしたもの。
思わず……本当に、この人私に交際申し込んだのかと疑問に思っちゃうほど。
「でも、このやり取りをしてる時間は楽しいって感じてるし、これから一緒に甘いもんでも食いに行くのかなぁって考えたらワクワクはしてるな」
歯を見せてニカリと笑われながら言われた言葉は、もの凄く正直な感想なんだろうなと思わせるような稚拙で、それでいて真っ直ぐなもので。
「なら、甘いもの……食べに行きますか?」
自然とそんな言葉も口から零れていた。
私の言葉に一瞬目を丸くさせた先輩はすぐにその端正な顔をクシャリと崩すと、「おう」と弾んだ調子で返してくる。
「お前、可愛いなぁー」
そう言って、自分の頭に伸ばされた大きな手を私は何故か受け止めていて、その手をくすぐったいと感じることは合っても嫌悪感を感じることはなかった――
ちょっとずつ揺れてもらって。