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今だけ泣かせて

 バタバタと徐々に大きくなる忙しない音。キュッという上履きの擦れる音がしたかと思うと、忙しかった足音は止み、目の前に興奮した様子の友人の顔が現れる。

「伊藤、聞いて聞いて!!」

「菅谷。それここでしていい話?」

「あー……いや、じゃあさ、放課後いつもの場所でいいか!?」

 微笑めば了承と理解した菅谷はパァッととても高校生には見えぬ笑顔を浮かべ、スキップで自分の席へと戻っていく。ナイスタイミングというべきか、教師が教卓の前に立ったのを見て私も席へと戻る。ふと横の窓に視線を向け、そこに映る緩む頬を必死に押さえる菅谷の姿を見とめ、苦笑と共に溜め息を吐き出した。


「で、何の報告? 彼女でも出来たのかな?」

 授業の終わりを告げるチャイムと同時に席を立ち、私の腕を引っ張って屋上に連れてきた菅谷。

 どう話そうかと顔に書かれている様子を見てこちらから屋上の策に肘をつきながら話を切り出せば、菅谷は驚愕に満ちた顔を持ち上げた。

「伊藤何でわかったの!? そうなんだよ!! 俺、昨日ついに彼女が出来たっ」

「なんでも何もないでしょ。そんな興奮してんだからちょっと考えれば分かるよ」

 苦笑交じりの私の答えに菅谷は「そっか」と納得した様子で呟き、深く頷くと、笑みのこぼれる顔を持ち上げた。

「そうだよなっ!! 伊藤、俺のこと一番理解してるからな」

「あ……当たり前じゃん!! 何てったって菅谷の大親友ですから?」

「なっ」と楽しそうな口調で同意する菅谷に曖昧な笑顔を返し、気持ちを切り替える。


「それで彼女って? 同じ学校の子?」

 あえて相手が食いつきそうな話題を振れば、菅谷は目論見通り、今まで以上の笑顔で簡単に応じる。

「そう!! クラスは違うんだけど。一組の清水っつーんだけど知ってる?」

 発せられた名前に驚きを隠せず頷く。

「知ってるに決まってんじゃん。学年で一番可愛い子」

 素直な感想を漏らした私に、目の前の菅谷はまるで自分のことを言われてるかのように、はにかみながら頬を朱色に染め、耳をかいて見せた。

「……そっかぁ、よくそんな子捕まえたね。ほんと、信じらんないくらい」

 揶揄う口調で言えば、菅谷は鋭く反応した。

「何を言うかっ!! まっ、今なら幸せだから許せるけど」

 一瞬だけ怒ったふりをしてすぐに笑顔に戻った菅谷はおどけた口調で続けたかと思うと、急に真剣味を帯びた表情になった。その顔のまま――いつもの態度からは到底想像できない、真面目な状態で――黙り込む菅谷に戸惑いを覚える。

「どうしたの?」

「伊藤は、好きな奴居ないの?」

「……はっ? 何、急に……」

 突然のことに言葉が詰まるも、菅谷はそのままの表情で続けた。

「だって俺、伊藤のこと本当いい奴だと思ってるから。もし居るんなら精一杯応援するからさ」

「とか言って、変な人だったら邪魔するんでしょ」

 菅谷の言葉に内心では泣きそうになりながらも平常を保ち、唇を尖らせて言えば、菅谷も真面目な顔を崩し、笑顔で「あぁ、勿論。大事な親友ですから?」などと答える。

「ありがと。でも、今は居ないから大丈夫。もし出来たら仲介頼むからねっ!?」

 力強い「任せとけっ」という返答を貰い、何とも言えない苦笑を漏らしたところで、ふと菅谷が首を捻り、私の手首に視線を落とした。腕時計を見る仕草に見やすいように文字盤を相手側に向けてやると、サンキュと言いながら文字盤を見た菅谷が「ゲッ」と小さく声を漏らした。

「何?」

「清水と帰り約束してたんだった」

「へっ!? ちょっ……何時に約束してたの!?」

 慌てて訊ねる私に、菅谷はばつが悪そうな顔で「四時……?」などと疑問形で答える。私が自分の腕時計を確認すれば短針は既に四を少し過ぎたところを指している。それでも、長針が指すのは二の部分で。

「馬鹿っ、急げば間に合うでしょっ。早く行きな」

 申し訳なさそうな顔をして何度もこちらを振り返る菅谷の背中を無理やり屋上から押し、追い出してから一息つく。


(まだ……。まだ、泣けない。)


 予想では、清水さんはまだ菅谷のことを待ってる。きっと二人は一緒に帰るだろう。そのとき、きっと菅谷は外からこっちを振り返る。変に勘がいいあいつのことだから、見えてなくたってこっちの仕草で泣いていたらバレてしまうだろう。だから、泣けない……。唇をかみしめ、零しを握ってさっき菅谷と話していたときに立っていた位置に戻り、柵に両肘をついて校庭を見下ろした。

 そして、見事に予想通り。十分ほど経った頃に、菅谷だと思われる人物と決して体格がいいわけでもない菅谷を横にしてもかなり小さく見える女子を連れ立った男女の二人組が昇降口を出て銀杏並木を歩いているところが見えた。談笑してる様子が窺える二人をぼうっと眺めながら、初めての彼女に夢中になってるはずの菅谷が振り返るかもなんて、自意識過剰の思い上がりだったかと溜め息を吐いたまさにその瞬間、菅谷がこっちの方を振り返ったかと思うと、明らかに屋上に居る私に向かって大きく手を振って来た。

(あぁ……もう……。)

 菅谷に向けて小さく手を振り返し、不思議そうに、菅谷に続いてこちらを振り返って私の姿に驚いた感じで軽く頭を下げた清水さんにも小さく手を振り、再度菅谷の方に体の向きを変えると追っ払う仕草をして、二人を見送った。二人の背中が見えなくなったのを確認して、固く握っていた拳を解き、身体の力を抜いた。その途端、堰き止めていた涙が零れだす。誰も傍に居ないことを確認した今、ようやく言える。ずっと堪えていた科白を宙に向かって吐き出した。

「好き……っ。ずっと、好きだよ……菅谷っ!!」

『俺と伊藤は男女とか関係なく親友だ!!』

 そう豪語する菅谷本人にはとても言えなくて、それでいて、今の関係での居心地良さを守るために告白すらしなかった自分が菅谷に彼女が出来たことに対して何かを言えるはずもなかった。

――菅谷、ごめんね。シンユウなのに、心の底からあんたの幸せを祝えなくて。

「今だけ……今だけ泣かせてっ!!」

 気が済むだけ泣いたら、今度は本心から、清水さんと付き合えて幸せそうにしている菅谷を祝福するから。

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