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続編のない短編達。

初恋相手が大変だと聞いたので、駆けつけます!

作者: 池中織奈
掲載日:2026/11/06

「ごきげんよう、突然押しかけてしまって申し訳ございません。お久しぶりですわ。レグザック様にまたご挨拶が出来て嬉しい限りですの」



 私、ユレネッタはそう言って初恋の相手であるレグザックへと挨拶をする。

 呪術によって本来のお姿からかけ離れてしまっているレグザック様は、戸惑った様子を見せた。



「君は……?」

「ユレネッタ・サルファーナですわ。お会いするのは四年ぶりですから分からなくても仕方がありません。この度、恐れ多くもあなた様の前に姿を現したのは、呪術にかかったというのをお聞きしたからですわ」



 私はそう言ってレグザック様のことを見る。



 呪術の影響で美しかった顔は、おぞましい異形へと変わっている。ぎょろりっとした目は、人によっては悲鳴をあげてしまうだろう。

 だけど、私は……見た目がどうであれレグザック様ならば構わない。


 私はそれよりも、これから申し出ることに緊張している。でも意を決して口にする。




「……私はレグザック様をお慕いしております。この思いに答えて欲しいなどという烏滸がましいことは思っておりません。ただ、あなたの呪術を解くために口づけを許してくださらないでしょうか」



 ――私がこんな申し出をするのには理由がある。

 それは彼にかけられた呪術が、彼を愛する気持ちのある者からの口づけで解けるというものだからである。

 そもそも私がいつから彼に恋焦がれているのか、そしてなぜ彼がこんな呪術をかけられるにあたったのかというと――……。






 *





 私がレグザック様と出会ったのは、十年も前のことだ。


 六歳の私は男爵家の次女として、とあるパーティーに参加した。レグザック様の家である公爵家が主催されたものだった。

 そして子供達が集められて、交流をした。




「レグザック・ハイシージェだ。よろしく」



 初めて挨拶をされた時に、私はレグザック様に見惚れてしまった。



 その当時から、彼は美しい人だった。柔らかな金色の髪に、明るい橙色の瞳。

 なんて綺麗なお兄さんなのだろうと思った。公爵家の産まれだというのに驕りの一つもなく、下位貴族の子供にも優しくしてくれていた。

 その優しさに私は惹かれた。



 三歳年上の、優しくてかっこいいお兄さん。そんな人が目の前に現れれば初恋をしてしまうのも無理のない話だろう。

 私はレグザック様に憧れた。



 その頃の私は少しだけ引っ込み思案な部分があった。だけどレグザック様に会いたくて、積極的にそういった集まりに参加するようになった。

 そしてレグザック様と話したくて、色んなことを学ぼうと思った。レグザック様の気を引きたいなんて、気持ちがあった。

 だけれどもレグザック様と結ばれることは無いというのは分かっていた。




 そもそも男爵令嬢でしかない私にとって公爵家の跡取りであるレグザック様は手のとどかない方だった。

 公爵家の跡取りで、素晴らしい魔法の実力を誇っていて、聡明で。それでいてかっこよくて。

 レグザック様は完璧な方だった。

 眩しくて、キラキラしていて、私はずっと惹かれていた。




 ただ恋焦がれていただけだった。レグザック様には侯爵家の御令嬢の婚約者が居た。




 大好きな人に婚約者がいる事には胸が痛んだけれども、お二人が並ぶとまるで絵画か何かのようで見ていて幸せな気持ちにもなった。

 ただ年を重ねるにつれて欲が出てきた。

 好きだなという気持ちがあふれ出して、胸が苦しかった。

 なので私は四年前――十二歳の時に他国の親戚の元へと向かった。元々魔道具に興味があって勉強をしたかったというのも大きな理由だった。




 レグザック様への恋心を抱き続けていたからこそ、私は彼から離れた。次の恋を経験し、レグザック様が婚約者の方と仲睦まじい様子を見ても胸が痛まなくなったら帰国しようと思っていた。

 だけどどれだけの出会いがあっても、私の心はずっとレグザック様でいっぱいだった。

 会わないようにしようと思ったくせに、レグザック様の情報は家族経由で聞いていた。



 ――そして祖国を離れた四年目の今年。



 レグザック様が呪術を受けて苦しんでおられるということを聞いた。そして婚約も解消され、彼の未来に暗雲が立ち込めることになった。

 私はその噂を聞いていても立っても居られなくなった。他国に居たから情報が手に入るのが遅かったのが悔やまれる。



 帰国の道中に詳しい情報は集めた。



 その結果分かったのは、レグザック様に呪術をかけたのは王女殿下であるということ。なぜ、王女殿下が? と疑問に思うだろうが、聞いた話では王女殿下はレグザック様に恋慕したらしい。




 美しくかっこいいレグザック様に惚れるのも無理はない。王女殿下は見る目がある。

 ただやり方を間違った。レグザック様は婚姻を控えていた。だからか焦った王女殿下はその婚姻を阻止し、レグザック様を物にするために魔女の力を借りたらしい。

 その魔女から注意事項をいくつも受けたのだという。それでも、王女殿下は呪術を行使した。

 その呪術は、愛しい者の顔を異形へと変えてしまうというもの。その異形に変わった者を愛する者の口づけで呪術は解けるというもの。



 ――自身で呪術をかけたにも関わらず異形の姿に変わったレグザック様に耐えられなかったらしい。悲鳴を上げて倒れて、そして口づけはもちろん出来なかったと。そもそも異形に変わったぐらいで悲鳴をあげるぐらいだから、その時点で“愛する者”の条件から外れているだろう。



 恐れがあれば、魔法は解けないだろうと魔女は口にしていたらしい。心から愛しているなら口づけをすればいいと簡単に言っていたのだと。

 そして元々のレグザック様の婚約者だった御令嬢も見た目の変わってしまったレグザック様を恐れ、逃げたのだという。口づけをし、呪術をとけるものは居ないだろうと囁かれ、『化け物公爵子息』などと言われているのだというのだから苛立つ。



 これまでレグザック様のことをもてはやしていたはずなのに見た目が変わっただけでそんなことをするなんてと許せない。



 それに勝手に呪術をかけて責任も取らない王女殿下やレグザック様の婚約者という立場だったにもかかわらず逃げた御令嬢にも何とも言えない気持ちだ。

 王家は賠償金を過分なほど与えたと聞くけれど、レグザック様のことをなんだと思っているのだ!!

 だから誰もレグザック様に口づけをしないというのならば、私がしようと思った。



 私は初恋相手とキスが出来て幸せだし、レグザック様は呪術が解けるのだから素晴らしいことだと思った。

 ただ好きな人がこのまま大変な思いをするのが嫌なだけなので、見返り何て求める気はない。





 そういうわけで私は押しかけたのである。

 ……私がレグザック様の元へ辿り着いた頃には、呪術にかかって二か月経過していた。



 *






「……こんな姿の私に口づけなど出来ないだろう? どのような思惑があるのか分からないが、無理はしなくていい。誰かから無理強いされているというのならば私が力を貸そう」




 そして今に至る。

 口づけを許してほしいといった私に、レグザック様は信じられないといった様子だった。



 それはレグザック様だけじゃなくて、傍に居る執事もそう。レグザック様の見た目は確かに異形だ。人の形をしていない。顔がとけているような、どろっとしている。



 それもあってお世話をする使用人も側に寄らなくなったらしい。この場に居る執事はとても忠誠心があるのだろう。

 ……警戒されるのも無理はないと思う。そしてレグザック様はこんな見た目になった自分を愛して、口づけをしてくれる相手が居ないと思っているが分かる。




 ああ、なんて優しいのだろう。こんな時でも私のことを思いやってくれている。そんなレグザック様だから――私は好きなのだ。

 見た目が変わったところで、レグザック様ならば私はときめいている。



 ドキドキしているなんていっても、信じてもらえないだろうか。



「ふふっ、レグザック様は本当に相変わらず優しいですわ。でもご安心ください。私は心からお慕いしております。無理強いはされていません。その呪術は私がレグザック様を愛していたら解けるのでしょう? だから試させてください」



 私が笑うと、レグザック様も執事も驚いた表情だ。呪術による顔の変化したレグザック様の前で微笑む令嬢が居なかったのだろうか。



「……出来るのならばやってみればいい」



 諦めたようにレグザック様は言った。やっぱり私の本気が分かっていないみたい。でも許可は出た。

 私は手を伸ばす。

 その顔に触れただけでびくりっと表情が固まる。目がぎょろりっと動いている。でもそれは驚いているからなんだろうな。



「失礼します」



 私はそう言ってそのまま口づけをした。そうすればみるみる変化があった。



 異形の顔が、少しずつ変わっていく。真っ白な肌に、美しい金色の髪に、優しい橙色の瞳に。

 ああ、こんなに至近距離でレグザック様のことを見ることが出来るなんて!!

 そう思いながらも近づきすぎだと、慌てて離れる。




「なっ……」

「ほら、解けましたでしょう? レグザック様の呪術が解けて良かったですわ。本当によかった……!! またその美しいご尊顔を拝見することが出来て幸せですの。お礼はいりませんから、私は失礼しますね!」

「ま、待て! 帰る気なのか?」

「え。だって呪術が解けたのですから、これからレグザック様はお忙しいでしょう? 私に構うよりやることがあるはずですわ。最初にお伝えした通り、私が勝手にお慕いしているだけなので、レグザック様は何も気にしなくていいのですよ! 私はあなたと口づけ出来ただけでも一生の思い出になるので」



 私はそういってその場からずらかろうとする。



 だって目的は達成した。私はレグザック様の呪術を解ければそれで良かったのだ。そして呪術が解けたレグザック様には沢山の人が近づいてくるだろう。私はレグザック様の輝かしい未来を邪魔する気はなかった。



 だけど――、


「駄目だ。この屋敷にいてくれ」


 なんて懇願をされた。



 私はなんとか断ろうとしていたけれど、「私のお願いを聞いてくれないのかい?」と言われて陥落した。いや、だって好きな人からのお願いを断れないもの。

 


 そのまま気づけば公爵家の屋敷に留まることになった。






「ユレネッタ、ほら、これも美味しいよ」

「ええっと、レグザック様、一人で食べられます……」



 呪術が解けた後のレグザック様が、なぜだか凄く優しい。何だか私にお菓子を食べさせようとしたりする。

 私が甘い物が好きだと気づかれてから、沢山のお菓子をいただいている。




 呪術が解けたことで屋敷内は大騒ぎだった。私はただレグザック様の呪術を解いてずらかろうと思っていた。感謝されなくてもいいって思っていた。

 それなのに屋敷に居る者達全てが、私に感謝していてなんだか落ち着かない……。

 私の家にはレグザック様から連絡を入れてくれたらしく、レグザック様の家に泊まってしまった。

 こんな幸福があっていいのだろうか?




「そんなこと言わずに、私が食べさせたいんだ」

「は、はい」



 駄目だ。好きな人からこんなことを言われたら手ずからクッキーなどを食べさせてもらってしまっている。

 幸せだけど、なぜ、私が公爵家に留まることに……?



「レグザック様、あの、どうして私が此処に留まることに……?」

「ユレネッタは嫌?」

「嫌ではないです! 寧ろ、嬉しいですけれど」

「なら良かった。幾らでもいて?」

「えっと……それはご迷惑では……? 外聞というものがありますし」




 だって年頃の令嬢がずっと屋敷に留まっているのは、レグザック様にとっては良い事ではない気がする。




「それは気にしなくていいよ。君は私の呪術を解いた功績でとどまっていると広まっているから」

「え。私が呪術を解いたの、広まっているのですか? それはやっぱり迷惑じゃ……」

「大丈夫。寧ろ私が広めたんだ。ユレネッタが逃げてしまわないように」

「え」



 逃げてしまわないようになんて言われて、びっくりする。

 だってこんなことを言われるとは思わなかった。




「ユレネッタはすぐに帰ろうとするだろう? 私はそれが嫌だったから、なんてこんなことを言う私には幻滅したかい?」




 そう言いながら悲し気な表情を浮かべるレグザック様。




「いえ!! 幻滅なんてするはずないです!! 知らなかったレグザック様の一面を見れて嬉しいです」

「そう、それは良かった」



 そう言ってレグザック様は笑った。



 笑顔の破壊力が凄い。こんなに満面の笑みを浮かべられるとドキドキする。ああ、好きだ。好きだからこそこんなに至近距離に居るのは心臓に悪い。




「あ、あの」

「どうしたの?」

「で、出来ればなるべく笑顔をおさえてくれると助かります」

「どうして?」

「……わ、私はレグザック様をお慕いしているので、そんな笑みを向けられたら勘違いしてしまいます!!」



 私がそう言ったら、レグザック様はくすくすと笑った。



「勘違いしていいよ」

「え、何を言って……」

「寧ろそのために留まってもらったんだ。ユレネッタ、私と結婚しようよ」


 軽い調子でそう言われて、固まる。



 何を言われたのか理解が出来なかった。レグザック様が私にそんな感情がない事を知っているから余計にだ。



「どうして、そのようなことを? レグザック様は……私のことなんてその、覚えていないぐらいだったじゃないですか」

「呪術のかかった私に躊躇なく口づけをして、慕っていると笑ってくれる君が好ましくなったという理由じゃ駄目?」

「だ、駄目じゃないですけれど。呪術が解けたレグザック様は選び放題じゃないですか!! わ、私は男爵家の娘でしかなくて……」



 レグザック様の言葉にきゅんっとした。ときめいてそのまま頷きそうにはなったけれども、ちゃんと話はしなきゃならない。だって流されてレグザック様のためにならないのは嫌だもの。




「私は君がいい。どんな姿の私でも好きだといってくれたユレネッタだから、結婚したいと思ったんだ。それに家柄は気にする必要はないよ。母上と父上にも一報は入れているし、反対どころか後押ししてくれているから」

「え」

「それに私が呪術を解いてくれた君に夢中だって噂も流しているから大丈夫だよ。外堀を埋めてごめんね?」



 ……私が公爵家に留まっている間に早急に噂を広めたようだ。凄い。レグザック様にこんな一面だったのだと驚いた。

 仕事が早すぎる。



「だから気にせずに頷いてくれ。私は君を好きになったんだ。だから、結婚して?」

「は、はい」



 結局私はレグザック様の懇願に断れずに頷いた。それにレグザック様に好きになってもらえたのならば嬉しいから。

 ただもしかしたら吊り橋効果というもので、いつか飽きられるかもとは思った。でもそれでもこれだけ結婚してほしいと望まれているのならば、頷いてしまうのもしょうがないだろう。



 だってレグザック様は私の初恋だ。

 でもそれでもいい。そうなったそうなったで良い思い出だったとなるだけだから。




 そんな気持ちの私とレグザック様の婚約はすぐさま整えられた。レグザック様はすぐに結婚したいとおっしゃっていたけれど、私がまだ十六歳で、他国で学園に通う学生なのもあり、卒業後という話になった。




 その後にお会いした公爵夫妻は、私のことをとても歓迎していた。レグザック様のことをくれぐれもよろしくとお願いされた。

 ……公爵夫妻もレグザック様が呪術にかかって大変だったのだろう。



 それに多くの人達は呪術を解いた私とレグザック様の仲を祝福してくれた。ただし王女殿下とレグザック様の元婚約者の御令嬢に関してはレグザック様のことを諦めてないようだった。



 呪術をかけて責任を取らなかった王女と、呪術にかかった彼を見て婚約者を解消した御令嬢。

 ……なんでそんな二人がどうのこうの言ってくるのかしら?

 関わるのも面倒なのでしばらく私の通う学園のある国へとレグザック様と赴くことになった。




 公爵夫妻も呪術で大変だったからレグザック様にしばらく休んでほしいと思ったようだ。あとはレグザック様が「ユレネッタと離れたくない」などと可愛らしいことをおっしゃったため、そういうことになった。

 婚姻は私が卒業をする三年後。祖国に戻って結婚式を行おうということになった。



 ――正直それまでにレグザック様に飽きられてしまうのではないかと思ったりもした。

 だけど予想に反してずっとレグザック様は私に甘かった。……いや、寧ろ溺愛が加速していた。



 こんなに幸せでいいのだろうか、なんて思いつつあっという間に三年が過ぎ、私は幸せな結婚式を迎えたのだった。







 ――呪術を解くこと。それだけをただ目的にしていた。

 見返り一つ求めていなかった。だって初恋のあなたが幸せになればいいと思ったから。

 だけどそれをきっかけにレグザック様は私を愛してくださった。




 私とレグザック様が帰国した頃には私達のことが物語として広まっていて恥ずかしかったけれど、祝福された幸せな結婚式だった。

 そして私は世界一幸せな花嫁になった。



口づけで解ける呪い系の話でシリアスほぼなしな感じの話もいいなぁと書いたものです。

真っすぐな女の子も好きです。気が向いたら続きや関連した話を書くかもしれないです。



ユレネッタ・サルファーナ

男爵家の次女。十六歳。レグザック様に対して十年前に初恋を抱く。好きすぎて婚約者と親しくしている様子を見るのは辛いと他国へ行く。他国で魔道具の勉強をしている。魔法も得意。成績優秀。レグザックと結ばれなかったらおそらくそのまま他国で王宮勤めとかしそうなぐらい優秀な女の子。

元々は引っ込み思案。でも初恋を抱いてからとても前向きになった。今のユレネッタが居るのはレグザックのおかげ。行動力の化身。呪術のことを聞いて押しかける。でも見返りは求めていなかった。


レグザック・ハイシージェ

公爵家の跡取り。十九歳。金色の髪と橙色の瞳の美形。なんでもそつなくこなす。これまで順風満帆な暮らしをしていた。

結婚相手として優良物件すぎて王女に目をつけられる。呪術をかけられて、解くすべもないと嘆いていた可哀想な人。そんな中、ユレネッタが押し掛ける。呪術が解けた後、そのまま帰ろうとするユレネッタを逃がすわけもなく抱え込んだ。自分のことを慕ってくれていて見返りも求めない可愛い年下の女の子であるユレネッタに当然のように好意を抱き、向こうも自分の事が好きならこのまま外堀を埋めてしまおうと動いた策士。呪術の一件以降、ユレネッタのことは可愛くて仕方がなくなっていて溺愛している。



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