プロローグ:雨男と灰被り
初投稿です
「うわああ!雨やっべええ!!」
あまりに突然だった。
雨男たる僕にとって突然の豪雨というのはそれなりに身近なものだったが、突風と雷を伴ったそれは、ゲリラ台風とでも呼ぶべきそれは、流石に珍しい出来事だった。
雨雲レーダー的なものでは本日の安全は確保されていたはずだが、年々強くなる僕の雨男力を前に、そういった予想は意味をなさないようだ。
「うおおお!!『マジ⭐︎マキ』の第十話だああ──!!」
雨で服が重くなる不快感や、突然の嵐への怒り、それに好きなアニメを彷彿とさせる空模様へのほんの少しの興奮とが合わさって、何だか不思議なテンションになっている。雨音で大声を出しても周囲に聞こえない環境なのも、この変なテンションを助長していた。そんな謎テンションの中、自転車を爆走させる。
「!」
と、そんなところで、別の“突然”に僕は出会ってしまったわけである。
「──」
灰色の長髪を一つにまとめて、真っ黒なワンピースで身を包んだ少女。
正面の姿を見れば、銀縁の丸メガネに、真っ直ぐぱっつんに切り揃えられた前髪。驚くべきことに瞳も灰色。どうやら信号待ちのようだ。傘も持たずに、細い両足で雨風に耐えている。
灰髪灰眼。銀と表現する方が良いイメージに繋がるだろうが、何だか色味に曇天の空のような汚さを感じて、灰と表現してしまった。ちょうど今日の空のような色である。野生のコスプレイヤーか何かだろうか。
というかこんな道にこんな天気なのに、人が居たのか。しかも結構可愛いじゃないか。思わず惚れそうになってしまう。いや、心まではいかずとも、すでに瞳は、視界はその大部分を奪われてしまっている。これは一目惚れルートだろうか。うん、そうなるとさっきの謎テンションの大声はいささか恥ずかし───
「ガっ──!!」
閃光。
またしても突然の、衝撃。
頭部に岩石のような何かが全速力でぶつかったみたいな痛みと、あたり全てを飲み込む光。それを直視したことによる眼球の痛み。
遅れてやってくるのは、脳内で鳴り響くパチパチという音だ。
頭部のいろんな何かが次々と破裂する。その破裂をきっかけにまたいくつかの何かが破裂する。水風船の破裂で飛び出すのは当然水なわけだが、脳細胞風船から飛び出したのは、ビリビリした異様な感覚。
まるでポッピングなシャワーみたいだな、と思った。いや、実際に“食らった”のは、そんなキュートな響きのものじゃない。もっとかっこいい系の、そう、例えば───雷撃。
自覚してからは早いものだ。
すぐに全身から力が抜ける。パチパチという音もいつの間にか消え失せ、徐々に視界がブラックアウトする。
「大丈──これ───救急車──っ!」
何か聞こえるが、脳が機能していないからか意味は把握できない。耳もどうにかなっていそうだ。
視界はどんどんブラックアウトしていく。
──いや、思考も視界も、さっきまで真っ白だったから、何だか灰色なブラックアウトだったが。
「はっ、ここは…」
知らない天井。僕は天井の記憶に脳の容量を割くほど、メモリの無駄遣いをする方じゃないけど、民家にはない感じの真っ白い天井だったから、多分知らない天井だ。
あたりを見回すと、予想通りというか、病室だった。
体が強い方の僕はあんまり目にしたことのない、でもアニメではよく見る感じの、長く入院する用の病室みたいだった。いったいどれほど寝ていたというのか。
「しかし、重症だった風なのに周りに誰もいないのが僕らしいというか…」
そういえば僕はどうしてここにいるんだったか。記憶を探ってみる。
ああそうだ。突然の台風に襲われて、大声で走り回ってたら美少女と出会って。そしてたしか、雷に打たれたんだったか。美少女との出会いもあって二重の衝撃だったな。
「よく生きてたな…」
四肢は違和感なく動く。多分頭も正常。動きが遅いのは元の仕様。
あとは見た目が大きく変化してる可能性があるが、まあ生きているならどんな姿でもかすり傷。元々良い方ではなかったから、上振れに期待だ。
「喉が渇いた…。こういうの勝手に歩き回ってもいいのかな」
運良く点滴のチューブみたいなのは繋がっていなかったから、自由に動き回れそうだ──と、立ち上がって歩こうとしたところ。
「あ」
枕元の右側の、お見舞いコーナーみたいなところにあった水の入ったコップに、手が当たってしまった。異常はないと思っていた右手が、雷撃に打たれたあの時みたいに痙攣して、大きく跳ねたところで当たったのだ。
小さな木の机に、水が広がる。
てか、果物とかなかったんかい。
「い、いだっ、いてて」
継続的に右手が痙攣して、感電時のビリビリした感覚が右手を襲う。止まっていた血が解放されて手足が痺れるあの痺れとは一線を画す強烈な痺れ。右手も四方八方に暴れている。おい、寄生虫とか宿ってないよな。
慌てて正常な左手で右手の肩を抑える。
異能力系ラノベの主人公の能力発動時みたいなポーズになってしまった。
「いや、案外雷に打たれた衝撃が脳に作用して超能力に目覚めてるやも…!」
少しすると右手の異常行動はおさまり、倒れたコップに手を伸ばすことができるようになる。
一安心だ。超能力に目覚めていたら、調子に乗って使いまくった挙句、能力を暴走させて自爆するタイプだから、僕。
「ま、超能力、サイキックなんかフィクション。現実はそんな風には──」
倒れたコップから溢れた数十ミリリットルの水が、操り糸で引っ張られるみたいに一人でに動き出し、手元に集まる。
「──なる、んだ…。雷パワーえぐ…」
私の前で起こった出来事は、あまりに突然だった。
というかその日は、突然続きの不幸続き、シンデレラの最初の方みたいな一日だった。
まずペンキが降った。文化祭準備中の事故である。まだ、許せる。
次に雨が降った。これはちょっと許せない。
文化祭で使う用の服を、ウキウキで着ていたところなのに。ペンキ塗れになった髪を認められそうになっていたところなのに。真っ白ペンキは真っ黒髪と混ざって、どろどろの灰色になった。黒ワンピは雨に濡れてまだら模様に。雨が強くなってからはまあ全部濡れて一色になったから許すけれど。透けなくてよかった。ほんとに。
それでいうと大雨大風の中自転車を走らせていた不幸な少年。彼に透けたワンピを見せる訳にはいかなかった。
いやでも、次に降ったものを考えると、彼には最後にそれくらいの幸せあって然るべきだったのかも。透けてもきっと下着までだろうし。
「ちょっと大丈夫⁉︎待ってこれ、え、どうしたら…?救急車??でも、でも即死じゃないこれ」
明滅する視界の中、確かにわかったのは、彼が雷に直接、打たれたということ。
結構近くにいたのに、私には被害が何一つない。雷の周辺被害って意外に少ないものなんだ。
「えとえと、まあいいや救急車で。もしもし──はい、はい、それが、雷に──え?あ、はい。私じゃなくて」
焦りながらも、どうにか正気を保って119に電話。
状況を説明する。
「ここ、どこだろ…えっと、××さんって人の家が近くに──あ、はいよろしく────え?」
最後に降ったのは、槍。
ありえない出来事が起こったとき、明日は槍が降るね、みたいに言うけれど。
ちょうど私の目の前数センチを3本の槍が通過。地面を、粉砕。
「嬢ちゃん、そりゃあ、キミの能力かい?」
背後から声がしたとわかって、振り返ろうとして、その予備動作として顔をあげたら。
雨の中に、水の塊みたいな人影が一つ、あった。
それが雨男との最初の出会いである。




