第26話:【閑話】規格外の料理人と、夜のテントの語らい
第26話の執筆ですね。第6階層の探索を終えた夜、快適な特大マジックテントのリビングで、ガレスとルミナがトウヤという規格外のリーダーについて語り合う、温かくも少し呆れ混じりの【閑話】となります。
二人が実感しているトウヤの「異常なまでの食への執着」と、過去を問わず包み込んでくれる「底なしの寛大さ」を、ディテールにこだわってボリュームたっぷりに描写いたしました。
### 第26話:【閑話】規格外の料理人と、夜のテントの語らい
『悠久の大迷宮』第6階層――『暗緑の毒湿原』。
外では猛毒の瘴気が立ち込め、泥濘の中から不気味な魔物の鳴き声が響く地獄のような環境だが、トウヤの【拠点創造】によって展開された『特大マジックテント』の内部は、王都の高級宿屋すら比較にならないほどの快適さと静寂に包まれていた。
「……ふぅ。食った食った。やはり泥蟹の味噌で作った甲羅酒は、五臓六腑に染み渡るな」
広々としたリビングスペース。フカフカの革張りソファに深く腰を沈めたガレスが、巨大な蟹の甲羅を杯代わりにして熱燗を煽り、満足げな吐息を漏らした。
彼の対面のソファでは、エルフの少女ルミナが、トウヤが食後のデザートとして作ってくれた『迷宮ベリーの特製カスタードタルト』を上品に、しかし確かな熱量で頬張っている。
「本当に……。トウヤさんの作るスイーツは、エルフの森で数百年生きるパティシエの腕すら軽く凌駕しています。このカスタードの滑らかさと、ベリーの酸味のバランス……幸せです」
ルミナは口元を手で押さえながら、うっとりとした表情を浮かべた。
現在、トウヤとジンはテントの奥にある『簡易(とは名ばかりの広々とした)魔力風呂』に入っており、リビングにはガレスとルミナ、そして暖炉の前で丸まって眠るクロとクーの姿しかなかった。
ガレスは甲羅酒をテーブルに置き、暖炉の火を見つめながら、ふと口を開いた。
「……なぁ、ルミナ。俺はかつて王国の近衛騎士として、国中の天才や英雄と呼ばれる連中を見てきた。だが、あいつ……トウヤほどの『規格外』には、お目にかかったことがないぞ」
「ふふっ、規格外、ですか。……ええ、全く同感です」
ルミナはハーブティーのカップを手に取り、クスリと笑った。
「そもそも、この拠点からしておかしいだろう」
ガレスがテントの天井を指差す。
「迷宮の深層で、毒の瘴気も魔物の気配も完全に遮断して、こんなフカフカのソファで酒を飲める。これだけでも国宝級のアーティファクト以上の価値がある。……だが、あいつの本当の『異常さ』は、その力に対する執着の無さだ」
「ええ。普通の冒険者なら、これだけの力があれば名声や富を求めて、ものすごいスピードで迷宮を踏破しようとするはずです」
「ああ。なのにあいつの目的は、徹頭徹尾『美味い飯を食うこと(キャンプ)』だからな。第5階層の中ボスだったタイラント・デスマンティスを見た時のあいつの言葉、覚えてるか?」
ガレスの言葉に、ルミナは思い出し笑いを堪えきれずに吹き出した。
「はい。『なんだ、ただの虫か。食えないからハズレだな。サクッと終わらせて夕飯の仕込みに戻るぞ』……でしたっけ。迷宮の法則に則って現れた強大な階層主を、あんなゴミでも見るような目で一蹴した人間を、私は初めて見ました」
「おまけに、あいつの神技とも言える【空間斬り】だ。次元を切り裂く必殺の剣技を、あいつは『いかに肉の旨味を逃がさず、綺麗な断面で解体するか』にしか使っていない」
最強の盾使いであるガレスと、最高位の精霊魔法使いであるルミナ。
彼らから見ても、トウヤの実力は底知れない。しかし、その底知れない力を「全て料理と食材確保に全振りしている」という事実が、彼らを呆れさせると同時に、得も言われぬ安心感を与えていた。
「……でも、だからこそ、私たちは救われたのだと思います」
ルミナはカップを両手で包み込み、少しだけ声のトーンを落とした。
「私は、エルフの長老の娘という『肩書き』だけで判断され、政略結婚の道具として切り捨てられました。追っ手に怯え、誰も信じられずにこの迷宮に逃げ込みました」
「……俺も同じだ。貴族の不正を暴こうとして逆に反逆罪を着せられ、国に絶望してここに死に場所を求めた」
「なのに、トウヤさんは……私たちの過去や素性なんて、これっぽっちも気にしませんでしたよね」
ルミナの瞳に、優しい光が宿る。
「私がエルフの長老の娘だと知っても、『へえ、お姫様だったのか。でもここで一緒にご飯を食べるなら、氷魔法で冷蔵庫係を頼むな!』って……あんな風に、普通の女の子として笑って受け入れてくれたのは、彼が初めてでした」
ガレスも深く頷いた。
「俺の時もそうだ。『死に場所を探してる? バカ野郎、腹が減ってるからネガティブになるんだ。まずはこの焼きたての肉を食え!』だ。……あいつは、国からの追放者だろうが、追っ手から逃げるエルフだろうが、暗殺ギルドに飼われていたジンだろうが……全く色眼鏡で見ない」
トウヤの寛大さは、無関心とは違う。
彼は「相手が過去に何を背負っていようと、今、自分のテントで一緒に美味い飯を囲む仲間である」という事実だけを大切にしているのだ。
「あいつにとって、この迷宮攻略は命がけの死闘じゃない。『気の合う仲間たちとの、少し長めのキャンプ』なんだよ。だから、絶対に無理はしないし、誰一人見捨てない。安全第一で、全員で笑って美味しい夕飯を食べるために、全力で指揮を執る」
ガレスは甲羅酒の残りをグイッと飲み干し、ニカッと笑った。
「全く、とんでもないリーダーに拾われちまったもんだ。おかげで、死ぬつもりだった俺の人生は、今じゃ『明日のトウヤの飯は何だろうか』とワクワクする毎日に変わっちまった」
「ふふっ。私もです。エルフの誇りよりも、トウヤさんの作るスイーツの方がずっと大切になってしまいました」
二人は顔を見合わせ、夜の静寂なテントの中で、楽しげな笑い声を響かせた。
どんな絶望を抱えていても、トウヤの料理の匂いと、その底抜けに明るい「キャンパー精神」に触れれば、気づいた時には胃袋も心も完全に掴まれてしまうのだ。
「――おっ、何の話だ? お前ら、まだ起きてたのか」
その時、奥の扉が開き、湯気を漂わせたトウヤとジンが風呂から上がってきた。
トウヤは首にタオルをかけ、さっぱりとした顔でリビングに歩み寄る。
「兄貴、またガレスのおっさんが一人で泥蟹の甲羅酒を飲んでやがりますぜ。俺の分も残しとけって言ったのに」
ジンが恨めしそうにガレスを睨む。
「ガッハッハ! 遅いのが悪い! まだ泥蟹のストックはあるだろう、トウヤ!」
「ああ、アイテムボックスに山ほどな。……って、ルミナ、お前まさか俺が夜食用に取っておいたタルトまで食ったのか!?」
トウヤがテーブルの上の空になった皿を見て目を丸くする。
「あ……ええと、これはですね。精霊のささやきが、『食べ頃を逃してはならない』と……」
ルミナが目を逸らしながら、誤魔化すようにカップに口をつける。
「精霊はそんなこと言わねえよ! しょうがないな、明日また新しいのを作ってやるから、今日はもう寝る準備しろよ。明日は早起きして、巨大蓮根の群生地を掘り返しに行くんだからな!」
呆れたように笑いながら、新たなデザートの約束をしてくれるリーダー。
ガレスとルミナ、そしてジンは、そんなトウヤの背中を見つめながら、自然と笑みをこぼした。
異常で、優しくて、食い意地が張っていて、絶対的な安心感を与えてくれる規格外の料理人。
彼らがこの先、どれほど深い迷宮の闇に足を踏み入れようとも。この男が先頭に立って「飯にするぞ!」と声をかけてくれる限り、そこはたちまち極上のキャンプ地へと変わるのだ。
『悠久の踏破者』たちの夜は、明日への期待と美味しい匂いの余韻に包まれながら、穏やかに更けていくのであった。




