第212話:【閑話】地獄の出前教導録と、世界に放たれた『美食の怪物たち』
### 第212話:【閑話】地獄の出前教導録と、世界に放たれた『美食の怪物たち』
アルカディア王国の外れに、各国の精鋭たちが「この世の地獄」と呼んで恐れる特殊訓練施設が存在する。
その名も、絶対同盟直属・『合同デリバリー(出前)特訓キャンプ』。
かつては世界を裏から操っていた二大諜報機関、エルドリア帝国の『影歩く者』とアルカディア王国の『夜梟』。彼らを率いる最強の暗殺者サイラスとファルコンは、今や世界中から集められた騎士や兵士たちを「究極の配達員」へと鍛え上げる【鬼の教官】として君臨していた。
#### 【地獄の出前特訓:スープ一滴の重み】
「(甘いッ! 貴様のその右足の踏み込み、コンマ数ミリのブレが生じている! その振動で、鍋の中の『トウヤ殿特製・極上コンソメスープ』の香りが飛んだらどう責任を取るつもりだ!!)」
訓練場に、サイラスの怒号が響き渡る。
泥まみれになりながら、頭の上に「なみなみと注がれた熱湯入りの寸胴鍋」を乗せて丸太橋を渡っているのは、先日まで「中立国」としてふんぞり返っていた小国の近衛騎士団長である。
「(ひぃぃぃッ! も、申し訳ありませェェェンッ!!)」
「(謝る暇があったら膝のクッションを使え! ファルコン、次の中継ポイントへ『ファイアボール』を放て! スープの温度(65度)を魔法で死守しながら回避させるのだ!)」
「(了解した。……ほら、よそ見をするな新人。殺し合いなどという生温い訓練ではないぞ。これは【出前】だ。貴様らの無能で、トウヤ殿の飯が冷めることこそが世界の終わりと知れ!)」
ドッカァァァンッ!!
ファルコンの容赦ない魔法が炸裂し、訓練兵たちが悲鳴を上げながら「無振動歩法」の習得に命を削る。
かつて「要人の暗殺」や「国家転覆」を生業としていたサイラスとファルコンだが、彼らの現在の誇りとアイデンティティは完全に【トウヤの飯を完璧な状態で運ぶこと】に書き換えられていた。
彼らが掲げる『出前部隊・三ヶ条』は以下の通りである。
* **第一条:【命より鮮度】** 己が腕を失おうとも、食材の入った保冷バッグは死守せよ。
* **第二条:【無振動の誓い】** 走るな、飛ぶな、滑るように移動せよ。振動は極上スープの最大の敵である。
* **第三条:【温度管理は魔法の極致】** 常に己の魔力をサーモスタット化し、適温を維持し続けよ。
「(……ふぅ。しかしサイラスよ。最近の新人たちは覚えが早いな。かつての排他的だった大帝国の連中も、すっかり『出前の虜』だ)」
ファルコンが、ストップウォッチ(スープの配達目標時間)を見つめながら肩をすくめる。
「(ああ。彼らもトウヤ殿の『牛丼』や『出汁巻き卵』の味を知ってしまったからな。もはや元の『ただの騎士』には戻れまい。……そろそろ、第一期生たちを祖国へ帰還させるとしよう)」
こうして、地獄の特訓を生き抜いた各国の精鋭たちは、それぞれの国に新設された「10階層規模の迷宮」を攻略すべく、祖国へと帰還していった。
……しかし、帰還した彼らは、各国の王が期待していた「誇り高き勇者」ではなく、完全に【未知の怪物】へと変貌を遂げていたのである。
#### 【帰郷した怪物たち:排他的帝国の憂鬱と歓喜】
絶対同盟に最後に加盟した、旧・排他的大帝国の帝都。
皇帝は、アルカディア王国での特訓を終えて帰還した自国の誇る「帝国第一騎士団」を閲兵し、絶句していた。
「(……お、お前たち。その背負っている巨大な『四角い箱』はなんだ? なぜ全身の重装甲を脱ぎ捨て、そんなペラペラの機能性インナー一枚になっているのだ……?)」
騎士団長は、かつての猛々しい表情を完全に消し去り、凪いだ湖面のような「無」の瞳で答えた。
「(陛下。重装甲は『足音(振動)』を生むノイズに過ぎません。我々の使命は、迷宮で狩った極上の肉を、ストレスホルモンを分泌させることなく瞬殺し、この保冷バッグで王都へ持ち帰ること。……これより、我が国の第10階層のボスを【収穫】してまいります)」
言うが早いか、騎士団長はスッ……と気配を消し、文字通り「風のように」迷宮へと滑っていった。
「(ま、待て! 第10階層のボス『クラッシュ・ブル(突進猛牛)』は、軍隊を率いて数日がかりで討伐するバケモノだぞ!?)」
皇帝の静止も聞かず、騎士団は迷宮の奥深くへと消えていった。
**そして、わずか数十分後。**
迷宮の最下層。
巨大な突進猛牛が、侵入者に向けて咆哮を上げようとした、そのコンマ一秒前。
「(――目標捕捉。肉質は極上の霜降り。……散開しろ)」
騎士団長の静かな号令。
かつては盾を構え、大声で魔法を詠唱していた帝国騎士たちが、今は一切の音を立てずに猛牛の死角へと潜り込む。
「(猛牛に『死の恐怖』を与えれば、肉の味が落ちる。……サイラス教官直伝、無振動・延髄突き!)」
スブッ。
騎士団長の一撃が、猛牛が痛みすら感じる前に脳幹を破壊した。
巨体が崩れ落ちるより早く、待機していた副団長が巨大なボウルを構え、完璧な角度で首の動脈から「極上の生き血(ソースの材料)」を一滴もこぼさずに回収する。
さらに後続の魔法兵たちが、瞬時に【恒温結界】を展開し、肉の鮮度をマイナス2度で固定化するチルドルームを迷宮内に構築した。
「(解体開始。刃筋の振動は許されん。トウヤ殿が笑って肉を受け取ってくれるよう、完璧な柵取りを行え!)」
「(「「ハッ!!(いただきます!!)」」)」
それはもはや、戦闘ではなく【狂気を孕んだ生肉加工ライン】であった。
かつての誇り高き騎士たちは、血の涙を流すような特訓の末、魔物を「ただの美味い肉」として完璧に処理する【美食の暗殺者】へとクラスチェンジを果たしていたのだ。
#### 【迎賓館への直通便】
その日の夕方。
帝国の玉座に、騎士団長が帰還した。その背中の四角い箱からは、極限まで鮮度を保たれた霜降り肉が放つ、えも言われぬ冷気と芳醇な香りが漂っている。
「(へ、陛下……討伐、完了いたしました。こちらが、我が国の迷宮が誇る『クラッシュ・ブルの極上リブロース』です)」
騎士団長が箱を開けると、そこには宝石のように輝く真紅の肉塊が鎮座していた。
「(な、なんという美しい肉だ……! しかも討伐から数時間経っているというのに、この圧倒的な鮮度はなんだ!?)」
皇帝が震える手で肉に触れようとする。
「(あっ! 陛下、触らないでください! 手の熱で脂が溶けます!)」
騎士団長が、思わず王のパチンと手を叩いた。
「(なっ!? き、貴様、皇帝に向かって……!)」
「(申し訳ありません! しかし、この完璧な状態の肉を、一秒でも早くアルカディアのトウヤ殿に【出前】し、極上のステーキに調理していただかなければならないのです!! 陛下、すぐに物流ゲートを開いてください!! スープが、いや、肉が温まってしまいます!!)」
皇帝は、血走った目で「出前」という使命に殉じようとする騎士団長の姿に圧倒され、無意識のうちにゲートの開通許可を出してしまった。
そしてその夜。
アルカディア王国の迎賓館には、各国の「怪物と化した元騎士(現・超一流デリバリー部隊)」たちが、己の国で完璧に【収穫】した極上食材を次々と持ち込み、トウヤの手によって調理された『世界合同・超絶美味いものフェア』が開催されることとなる。
「(……おいサイラス。お前たち、あの中立国や帝国の連中を、一体どうやってこんな『出前ジャンキー』に育て上げたんだ……? 肉の切り口が完璧すぎて、俺の包丁入れる手間が省けたぞ)」
厨房で、トウヤが呆れたように笑う。
「(ふふっ。彼らもようやく『真の使命』に目覚めただけですよ、トウヤ殿)」
サイラスとファルコンが、ワイングラスを傾けながら誇らしげに微笑む。
神の与えた迷宮すらも食材庫に変え、世界中の軍隊を「出前ネットワーク」へと変貌させてしまった最強の美食パーティー。
彼らの非常識な『食への執念』は、間違いなく世界を一つに束ね、平和と狂気(飯テロ)をもたらし続けているのであった。




