第16話:暴君の蟷螂と、勝利の宝箱、そして新たなる力
第16話:暴君の蟷螂と、勝利の宝箱、そして新たなる力
第4階層の最奥。むせ返るようなジャングルを抜けた先には、鬱蒼と生い茂るツル草に覆われた、巨大な石造りの両開き扉がそびえ立っていた。
「……この奥が、第5階層へ続くボス部屋か」
「ああ。扉の向こうから、これまでの雑魚とは比べ物にならない濃密な魔力が漏れ出しているな」
ガレスが大盾を構え直し、ゴクリと息を呑む。
トウヤは自身のステータスボードが「これ以上の成長はない」と告げていることを再確認し、愛用の短剣と弓の異常がないかをチェックした。クロもまた、耳をピーンと立てて低い唸り声を漏らしている。
「いくぞ。……俺たちの連携なら、絶対に勝てる」
トウヤが両手を扉にかけ、力一杯押し開く。
ギギギギッ……と重々しい音を立てて開いた先は、ドーム状になった広大な古代の闘技場のような空間だった。
踏み入れた瞬間、背後の扉がバコンッ! と自動的に閉ざされる。ボスの討伐か、挑戦者の死か。どちらかを満たさない限り決して開かない、迷宮の絶対ルールだ。
闘技場の中央。天井の隙間から差し込む一筋の光の下に、『それ』は待ち構えていた。
「ギチィィィィィッ……!!」
金属が擦れ合うような不快な鳴き声。
身の丈は優に二階建ての家屋ほどもある。エメラルドのように鈍く光る強靭な外殻と、無数の複眼。そして何より、両腕に備わった巨大で鋭利な『死神の鎌』。
第5階層の門番たる中ボス――『タイラント・デスマンティス(暴君蟷螂)』である。
「来るぞ! ガレス!」
「任せろ!! 【挑発】!!」
ガレスが腹の底から咆哮を上げ、マンティスの視線を強制的に自身へと釘付けにする。
その瞬間、マンティスは巨体に似合わぬ異常なスピードで地を蹴り、残像を残しながらガレスの目の前へと肉薄した。
振り下ろされる、ギロチンのような右の巨大鎌。
「【鉄壁】ッ!!」
ガァァァァァンッ!!!
凄まじい轟音が闘技場に響き渡り、衝撃波で周囲の石畳が粉々に吹き飛んだ。
「ぐぅぅっ……! さすがに、重いな……ッ!」
ガレスは一歩たりとも下がらなかったが、その顔は苦悶に歪み、大盾を支える両腕の筋肉がはち切れんばかりに隆起していた。階層の限界までレベルを上げたガレスの耐久力を以てしても、ギリギリで耐えうる凶悪な一撃。
しかし、ガレスが耐えきったことこそが、このパーティーの『勝利の絶対条件』だ。
「ナイスだガレス! クロ、視界を奪え!」
「グルァッ!!」
ガレスの背後の影から、クロが【影渡り】で飛翔する。
狙うはマンティスの無数にある複眼だ。しかし、中ボスは伊達ではない。360度の視界を持つマンティスは、空中のクロに向かって左の鎌を薙ぎ払う。
クロは空中で瞬時に【影分身】を3体同時展開した。
シュンッ! と本体が分身と入れ替わり、左鎌が空を切る。その一瞬の隙を突き、クロの本体がマンティスの顔面に張り付き、鋭い爪で複眼のいくつかを無惨に引き裂いた。
「ギシャァァァァッ!!」
視界の一部を奪われ、痛みに狂乱したマンティスが両鎌をデタラメに振り回す。
「そこだ」
その時、トウヤはすでに【暗殺者の歩法】と【無音連殺】を併用し、マンティスの懐、死角となる腹部の下へと潜り込んでいた。
どれだけ強固な外殻を持っていようと、関節や装甲の繋ぎ目には必ず隙がある。第3階層のカニ漁で培った『甲殻類の弱点を見抜く目』と、【共鳴連撃】による味方との完璧なタイミングの同期。
「シッ!」
弓を捨て、両手に構えた二振りの短剣が、マンティスの胸部と腹部を繋ぐ最も柔らかい関節部分へと突き立てられる。
ただ刺すのではない。【急所突き】のスキルを乗せ、内部の神経束を完全に破壊する致命の一撃。
「ギ、チ……ェ……」
巨体がビクンと跳ね、振り上げられた両鎌が力なく地面に落ちる。
タイラント・デスマンティスは、信じられないといったように腹下のトウヤを見下ろした後、地響きと共にゆっくりとその場に崩れ落ちた。
『中ボス【タイラント・デスマンティス】の討伐を確認しました』
『第5階層へのアクセスが解放されました』
システムのアナウンスが響き、マンティスの巨体が光の粒となって霧散していく。
後に残されたのは、極上の切れ味を誇りそうな二振りの『蟷螂の鎌』と、ソフトボールほどもある巨大な魔石。
そして――闘技場の中央に、眩い光を放つ豪奢な『宝箱』がゆっくりとせり上がってきた。
「……ははっ、終わった、な。無傷での完全勝利だ」
ガレスが緊張の糸を解き、大盾を地面に置いてドカッと座り込んだ。
「お疲れ、ガレス。お前が最初の一撃を完璧に受け止めてくれたおかげだ」
トウヤも息をつきながら、クロの頭を撫でる。
「ワフゥ!」
クロも「あんなの楽勝!」とばかりに尻尾を振った。実際、第4階層でレベルのカンスト(頭打ち)まで連携を磨き上げていなければ、誰かが重傷を負うか死んでいてもおかしくない強敵だった。スロー攻略の正しさが、完璧な形で証明された瞬間だ。
「さて……ゲームやファンタジーの醍醐味といこうか」
トウヤが宝箱の前に立つ。
白銀の装飾が施された、いかにも「特別な報酬」が入っていそうな宝箱だ。罠がないことを【気配察知】で確認し、トウヤはゆっくりと蓋を開けた。
パァァァッ……!
中から溢れ出した淡い光に、三人は目を奪われた。
宝箱の中には、それぞれの力を劇的に引き上げるであろう、三つの装備品が収められていた。
「おいおい……こいつは、とんでもない代物だぞ」
最初にガレスが手に取ったのは、深い緑色に輝く巨大な盾だった。
「『翠緑の金剛盾』……! なんて軽さだ。俺の鉄の盾の半分以下の重さなのに、魔力による絶対的な硬度を感じる。これなら、さっきのマンティスの一撃でもビクともしないぞ!」
大盾の重さから解放されることで、ガレスの取り回しは格段に上がり、タンクとしての性能は飛躍的に向上するだろう。
「ワゥッ!」
クロが鼻先でつついたのは、黒い革に美しい銀の装飾が施された首輪だった。
「『宵闇のチョーカー』か。……なるほど、装備者の敏捷性と、影属性のスキル効果を底上げするアクセサリーみたいだな」
トウヤがクロの首にカチリと装着してやると、クロの輪郭が周囲の影と溶け合うように僅かに揺らめいた。ただでさえ目で追えないクロの機動力が、もはや神速の領域へと突入するはずだ。
「で、最後は俺の分だな」
トウヤが取り出したのは、ミスリル銀で鍛え上げられた、美しい刀身を持つ一振りのナイフ。そして、夜空のような深い色合いの外套だった。
「『幻影の解体短剣』に、『迷宮踏破者の外套』……」
短剣を軽く振ると、一切の風切り音を立てずに空気が両断された。装甲の隙間を縫うトウヤの戦闘スタイルに完璧に合致するだけでなく、「解体」の名が示す通り、巨大な魔物の硬い肉や骨を捌く(料理する)のにも最高の包丁となりそうだ。
外套の方は、装備者の気配を極限まで薄くする隠密効果に加え、自動で体温を快適に保つ「温度調節機能」がついているらしい。
「温度調節機能……最高じゃないか。これでどんな過酷な階層でも、キャンプの快適さがさらに上がるぞ」
強大な敵を打ち倒し、最高の武具を手に入れた三人。
装備を新調した彼らの姿は、もはやギルドで嘲笑われていた初心者でも、死に損ないの騎士でもない。歴史に名を刻むべき『一流の探索者』の風格が漂っていた。
「よーし。ボスも倒したし、装備も一新した! ここは安全地帯みたいだから、今日はこのボス部屋のど真ん中にテントを張って、超特大の『祝賀会』を開くぞ!」
「おおおおッ!! 待ってました!!」
「ワォォォォンッ!!」
新たな階層への扉が開かれた闘技場。
しかし彼らが次にするのは、焦って進むことではなく、最高の仲間と、最高の武器を眺めながら、極上の飯を食らい尽くすことだ。
『悠久の踏破者』たちの祝宴の夜が、静かに、そして猛烈に美味しそうな匂いと共に幕を開けようとしていた。




