第7話:100円スリッパと極上ステーキ
『今の崩落でサハルの「20万円のスーツ」の資産価値が、埃と泥で急落したよ。対して、リエのカーゴパンツは一振りで汚れが綺麗に落ちる。コスパの勝利だね』
老朽化していた床板に開いた『大穴』の下、ジヴがノー天気な知らせを寄越す。俺は早春に詰め寄った。
「で? どうするんスか?」
『インフレに困窮する庶民から巻き上げた血税50万を投じて、救助隊を召喚しちゃう? 大バズリ間違い無しの炎上案件だけど』
まだショックから立ち直り切れず、震える手を握り締めながら早春が口を開く。
「救助要請は必要ない。私は職務を遂行する」
「そうですか。……レナさん、二人の靴をそこから落としてください。このまま階段へお連れします」
頭上から玲那さんの返事が微かに聞こえた。
大量の埃と木材の破片が散乱する職場を見回し、大きな溜め息を吐いてフライパンを振りかざした。
「おい、待て! 落とすだと!? あれは、……ただの革靴じゃない。イタリア製の特注品だ。もし……」
お気に入りの静かなプライベート空間を荒らされた苛立ちを込めて、俺は大ネズミに重い一発を叩き込む。硬いものが割れるような鈍い音がして、ネズミは動かなくなった。
「この高さで壊れるならコスパ最悪、ダンジョン向きじゃないスよ」
『500円の魔石獲得おめでとう、リエ。でも、今のは力み過ぎだよ。15円分の体力を無駄にしたね』
「人を殴って発生する賠償額からすれば、むしろ大儲けだぞ?」
『……申し訳ございません。現在、要求に応答できません。しばらくしてから、もう一度お試しください』
相棒AIに、倫理フィルターと論理飛躍によるエラーを訴えられ、ちょっと反省して深呼吸を挟む。
そんなギリギリの空気感が漂う中へ、野郎二人の靴がレジ袋に収められ、100均のビニール紐に縛られた状態で、スルスルと降りてきた。こんな時も玲那さんは冷静で気が利く。
「ジヴ、索敵」
『了解。崩落音に反応して接近してきた敵を探るよ』
汚れが移るのを嫌った早春が、泥まみれの靴下を脱ぎ、苦い表情で革靴に素足を突っ込んだ。
『警告。魔獣をおびき寄せる特殊な「誘引剤」に酷似した匂いを検知。発生源は、革靴だ。最高級の子牛革の匂いは、大ネズミにとって極上ステーキと同じだよ』
「そんな馬鹿な! これは一流の職人が……」
「一流の餌の間違いじゃないスか?」
俺は安全靴の先で地面の石を蹴り、瞼を擦る愁さんの前に立ち、霧吹きでミント水を散布した。ポーションよりもエナドリが必要な場面だが、あるもので補うしかない。
「これで乗り切ってください。早春さんは、……汚れが怖いなら縮こまって、震えててください。高級スーツの賠償額を思うと、手元が狂いそうなんで」
俺は、「高撥水ライトデイパック」から予備の「耐切創手袋」を取り出し、愁さんに預けた。26センチのテフロン加工フライパンを正眼に構える。
人付き合いという煩わしさがないプライベートオフィスと、平穏な夕食を勝ち取るために。
次回:大ネズミに囲まれた野郎どもの共闘戦が始まる。
投稿時間は、本日19時50分です。
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